第十九話 五女の提案
「すまん、俺のせいだ」
俺たちに向かって、深々と頭を下げるロウガさん。
結局、エクレシア姉さんから逃げることはできなかった。
ロウガさんが動けなくなっている間に、回り込まれてしまったのである。
街の人々のほとんどが姉さんに協力的であったため、俺たちに逃げ場はなかった。
「まったく、困ったものです」
「仕方ないですよ、そんなに気にしないでください」
「……エクレシアとは、いずれ話さねばならなかっただろうしな」
ライザ姉さんがそう言ったところで、エクレシア姉さんが近づいて来た。
彼女は俺の顔を見据えると、無表情のままに告げる。
「ノア、冒険はおしまい。もうおうちに帰る」
「……それはできないよ。俺は、ラージャの街に残りたいんだ」
「どうして? 家に帰ってくれば、安全なはず」
「みんなを置いて、俺だけ戻れませんよ。それに……」
俺はそう言うと、あえて一拍の間を置いた。
そしてこれまでの冒険を思い浮かべながら、しみじみと語る。
「家を出てから、本当にいろいろなことがあったんだ。それで俺、まだまだ自分が未熟だって思い知って。もっともっと、外の世界で成長したいんだ」
「あの家でも、まだ学べることはあるはず」
「それは分かってるよ。でも、外じゃないと学べないこともあるんだ」
俺がそう強く言い切ると、エクレシア姉さんの顔つきが変わった。
いつも気だるげで無表情な姉さんから、はっきりと怒りが感じられる。
……これは、ちょっとヤバいかもしれない。
小刻みに震える肩を見て、俺は悪寒を覚えた。
エクレシア姉さんがここまで感情を出すことは、かなり珍しい。
「……だったら、条件がある」
「え?」
「エクレシアも、みんなと同じように条件を出す。これをクリアできたら、冒険を続けてもいい」
「わかった。受けて立つよ」
どんな条件かはわからないが、断るわけにもいかなかった。
今まで、ライザ姉さんをはじめとして無理難題を乗り越えてきたのである。
ここで引くわけにはいかない、俺にだってプライドがある。
こうして俺の意志を確認したエクレシア姉さんは、周囲のギャラリーたちを見渡して言う。
「じゃあ、私と絵で勝負して。審判はこの街の人たち」
「いっ!? そんなの、いくらなんでも勝てるわけないじゃないですか!!」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
万能の天才とも称されるエクレシア姉さんであるが、一番得意とするのは絵画である。
俺も姉さんの手ほどきを受けているので、ある程度は描ける。
けれど、いくら何でもエクレシア姉さんには及ばない。
ギリギリお金を取れるとかそのレベルの話だ。
「条件を飲まないなら、帰ってくるべし」
「そんな横暴な……」
「まあ、致し方あるまい。私にだって勝ったのだ、勝てるだろう?」
そう言って、俺の肩をポンポンと叩くライザ姉さん。
彼女に続いて、クルタさんたちもまあまあと声を掛けてくる。
「ここはもう、やるしかないんじゃないかな?」
「そうだぜ、今までだって乗り越えてきただろう?」
「まあ、ジークですからね。大丈夫ですよ」
最後のニノさんの言葉は、果たして励ましの言葉だったのだろうか?
一瞬そんなことを思ってしまったが、俺はすぐに振り払った。
……そうだ、俺はライザ姉さんとの勝負にだって勝ったのだ。
シエル姉さんとの勝負にも勝ったし、ファム姉さんの試練も乗り越えた。
アエリア姉さんにだって認められている。
エクレシア姉さんとの勝負にだって、勝てない道理はないはずだ!
「……わかりました。その条件でいいですよ」
「二言はない?」
「ええ」
俺は深々と頷きを返した。
それを聞いたエクレシア姉さんは満足げに笑みを浮かべる。
たちまち、周囲のギャラリーたちも歓声を上げた。
きっとみんな、エクレシア姉さんが新作を描くということで喜んでいるのだろう。
「こりゃあすごい、見ものだぞ!!」
「エクレシア様の新作だ!!」
「あの男の子も、エクレシア様と勝負するんだろ? きっとすごいに違いない!!」
次第に熱を帯びて行くギャラリーたち。
やがてエクレシア姉さんはサッと手を上げると、軽く咳払いをして彼らを制した。
そして静かになったところで、坦々とした口調で告げる。
「なら、三日後の正午にこの場所で。仕上げてくる絵の大きさや題材は問わない」
「わかりました」
「ん、じゃあ私はいく」
そう言って、エクレシア姉さんはその場から歩き去っていった。
彼女の後に続いて、ぞろぞろとギャラリーたちも続いていく。
うーん、エクレシア姉さんがちゃんと宿に泊まれるかちょっと不安だけど……。
この分なら、誰かが何とかしてくれそうだな。
「さて……どうしたものか……」
「ひとまず、題材を探しに行くべきじゃない?」
「そうだな。着想が良ければ渡り合えるかもしれねえ」
割と現実的なアドバイスを投げてくれるクルタさんたち。
確かに、エクレシア姉さんに勝てるかもしれない点といったらそこぐらいだろう。
うーん、絵の題材か……。
これは美術品をたくさん所蔵しているであろう、レオニーダ様に相談すべきかもしれない。
「さっき出たばかりですけど、いったん城に戻りますか」
こうして俺たちは、ヴァルデマール家の城に戻ろうとした。
しかし、城門の前にたどり着くと――。
「あれ、誰もいない? というか、封鎖されてる?」
先ほどまで開け放たれていた巨大な城門が、固く閉ざされていたのであった。




