第一話 オリハルコンの在処
「こいつが……」
ヴェルヘンでの事件が終わった数日後。
ラージャへと戻った俺たちは、さっそく聖剣をバーグさんの店に持ち込んだ。
流石のバーグさんも、これほどの剣を見るのは初めてなのだろう。
いつになくその眼は真剣で、興奮しているように見える。
「ひどく劣化しているが、元は間違いなく名剣だな。この腐食は恐らく、呪いによるもんだ」
「呪い?」
「ああ。魔族を切った時にでも掛けられたんだろう」
「つまり、呪いを解けばこの剣は元に戻るってことか?」
「いや、解いたところでこのままだ。そもそも、呪い自体は風化して消えちまってるよ」
バーグさんの返答に、俺たちは軽く肩を落とした。
呪いを解くだけなら、最悪、ファム姉さんにでも頼ればどうにかなるのだけど……。
剣自体が劣化しているとなると、やはり打ち直してもらうよりほかはない。
「……直せそうですか?」
「俺を誰だと思っている? 三日で何とかしてやるよ」
「さすが、ラージャで一番の鍛冶師だぜ。伊達にドワーフやってねえな!」
「おうよ。だが、流石の俺も材料がないことにはどうにもできん」
お手上げ、とばかりに両手を上げたバーグさん。
ううーん、バーグさんでもやっぱりそうなってしまうか。
「材料と言うと、オリハルコンですよね?」
「正確には、オリハルコンをベースにした合金だな。俺たちドワーフが生み出した最高の金属さ」
「それが、どのぐらいいるんです?」
「最低でも、こぶし大ぐらいの塊がいるな。一応、オリハルコン以外は俺の伝手でどうにかなるが……」
俺たちの沈んだ顔を見て、それとなくフォローを入れてくれるバーグさん。
しかし、残念ながらまったくフォローになってはいなかった。
この世で最も希少な金属とされるオリハルコン。
それをまとめて手に入れるのは、困難というよりも不可能に近い。
「……こうなると、やっぱりカナリヤ鉱山に潜るしかねーか」
「やめとけ。新たに採掘されたオリハルコンなど、俺でもここ十年は見ていない」
「マジかよ……」
「どこかの城の宝物庫でも漁ってくる方が、現実的だろうよ」
バーグさんにそう言われ、俺たちはいよいよ困ってしまった。
こうなると、どこかからオリハルコン製の武具を調達してくるしかない。
そんな武器の在処を知っている人物となると……。
俺たちの視線が、自然とライザ姉さんの方に向く。
「うーん、オリハルコン製の剣は何本か知っているが……。いずれも国宝だぞ」
「あー……」
「いや、ちょっと待てよ。ひょっとすると……」
ふと、何かを思い出したように考え込み始めるライザ姉さん。
やがて彼女は、声を弾ませて言う。
「ヴァルデマールという貴族を知っているか?」
「ええ。エルマールの領主ですよね」
エルマールというのは、大陸南部の湖畔に位置する大都市である。
古くから交通の要衝として栄えていて、芸術都市としても知られている。
そこを治めるヴァルデマール家もまた、大陸屈指の美術品コレクターとして有名だ。
エクレシア姉さんの絵をよく落札していたので覚えている。
「そう言えば、あの家でオリハルコンのナイフを見た覚えがあってな。あれならば、材料として使えるかもしれない」
「なるほど、確かにヴァルデマール家なら持っていても不思議じゃないですね」
「でも、オリハルコンのナイフなんて持ってたとしても譲ってもらえるかな?」
首を傾げて、疑問を呈するクルタさん。
確かに彼女の言う通り、そう簡単に譲ってくれるとは思えない。
お金か、もしくはそれに準ずる対価が必要になってくるだろう。
「しかし、他に当てもありません。行ってみる価値はあると思います」
「おう、すぐに出かけようぜ!」
手を振り上げ、俺たちに号令を掛けるロウガさん。
……理由は分からないが、ずいぶんと乗り気である。
それを見たライザ姉さんが、少しばかり呆れた顔をして言う。
「そう言えば、ヴァルデマール家の当主は大陸一の美女だとか聞いたことがあるな」
「……ロウガ、あなたまさかその女当主が目当てですか?」
「おいおい、失礼な奴だな! 別にそんなのは大した理由じゃ……ねえよ……」
ニノさんに睨まれて、ロウガさんの眼が泳いだ。
……ある意味でブレない人だなぁ。
俺がやれやれと呆れていると、ロウガさんはこちらを見て助けを求めるように言う。
「ジークだって、大陸一の美女って聞いたらグッとこねーか? なぁ?」
「え? まあ……興味がないわけではないですけど」
「む、そうなのか?」
「へえ……」
急に、ライザ姉さんとクルタさんの顔つきが険しくなった。
……な、何でそんな顔をするんだ?
俺、別にそこまで変なことは言ってないように思うけど。
「まったく、女は顔じゃないぞ」
「そうだよ! 美女に飛びついてたら、ロウガみたいになっちゃうんだから!」
「俺みたいってどういうことだよ、俺みたいって!」
「……いや、そういう二人も美人じゃないですか。大陸一かはともかくとして」
俺がそう言うと、二人の動きがにわかに止まった。
そして何故か俺から視線を逸らすと、妙に早口で告げる。
「ま、まあそうだね! うん、なかなかわかっているじゃないか!」
「姉の美しさを素直に認められるとは、ノアもなかなか成長したな!」
「え、ええ……」
「さあ行くぞ、目指すは芸術の都だ!」
サッと俺の手を握ると、そのまま引っ張りだすライザ姉さん。
その後に続いて、クルタさんたちもバーグさんの工房を後にする。
こうして俺たちは、一路エルマールを目指すのであった。
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