第三十四話 姉弟喧嘩
「かたっ……!!」
特殊な液体金属と言っていたので、微妙に柔らかいんじゃないかと思ったのだけど……。
実際はまったく逆で、物凄い硬度だった。
ダイヤモンドの壁でも殴ったら、きっとこんな感じじゃないかと思うほどだ。
衝撃が骨に響いて、手がわずかに痺れる。
こりゃ、傷が回復したばかりの身体では結構厳しいかも……。
「何をするかと思えば、殴りつけてくるなんて。そんな攻撃、このゴーレムには通用しませんわ!!」
繰り出される尻尾。
――早い!
俺がギリギリのところでそれをよけると、今度は爪が突っ込んでくる。
そしてそれを回避すると、今度は口から魔法弾のようなものが飛んできた。
こいつ、ドラゴンみたいな見た目してるだけあってそんな機能まであるのか!
このままでは避け切れないと悟った俺は、とっさにそれを蹴って直撃を避ける。
――熱い!
魔法弾には火属性が込められていたようで、たちまち熱気が肌を焼いた。
「ジーク!!」
「平気です! みんなは人が近づかないように見張ってて!」
俺と姉さんの勝負に、みんなを巻き込むわけには行かない。
とっさに駆け寄ろうとするクルタさんたちを、俺は慌てて手で制した。
「ノア。今のうちに戻ってくるならば、これ以上は何もしませんわ」
「嫌だ。姉さんの方こそ、もう諦めてよ」
「絶対にあきらめませんわ」
「だったらこっちも、絶対に戻らない」
こうなったら、もはやお互いの意地のぶつけ合いである。
規模は大きくなってしまっているが、簡単に言えば姉弟喧嘩だ。
どちらかの心が折れるまで、収まらないだろう。
「言うことを聞きなさーーい!!」
「嫌だ!!」
アエリア姉さんの心情を反映してか、徐々に早まるゴーレムの攻撃。
俺はそれをギリギリのところで回避しながら、どうにか攻撃を入れていく。
関節などの壊れやすい箇所を狙って、できる限り集中的に。
しかし、そう簡単には壊れない。
「無駄ですわ! このゴーレムを破壊することなど、できませんことよ!」
「だったら……」
ひとまず逃げに徹する俺。
ゴーレム自体はきわめて強力だが、操縦しているのは素人のアエリア姉さんである。
どこかに必ず隙が存在するはずだ。
そこを突くことができれば、勝機は存在するはずなのだが……。
ゴーレムは驚くほどの機動性で、逃げる俺についてくる。
「逃げても無駄ですわ! このゴーレムは空も飛べる設計ですのよ!」
「なっ!?」
暴風が巻き起こると同時に、ゴーレムの巨体がふわりと浮き上がった。
あれほど大きな金属の塊が宙に浮くとは……。
翼に風の魔法陣が仕込まれているのだろうけれど、物凄いことである。
「いきますわ!!」
げっ、突っ込んできた!!
いくら頑丈なゴーレムだからって、そんな無茶苦茶な!
俺が攻撃をどうにか回避すると、たちまちゴーレムの頭が地面を穿った。
小さなクレーターが出来上がり、地面に大きな亀裂が入る。
「まだまだ!!」
「やばっ!」
再び突っ込んでくるアエリア姉さん。
このままだと、俺よりも先に広場がめちゃくちゃになりそうだ。
俺は攻撃を回避しながらも次の手を必死で考える。
人間が造ったゴーレムだ、必ず弱点はある。
考えろ、考えるんだ……!!
「いい加減にしなさい!」
「だから、姉さんの方こそめちゃくちゃ言わないでよ!」
もう何度目か分からない攻防戦。
するとここで、わずかにだがゴーレムの動きが鈍っていることに気付いた。
もしかして、燃料切れか?
いや、この感じはもしかして……。
「はぁ、はぁ……しぶといですわね!」
風の魔道具を通じて、アエリア姉さんの荒い息遣いが伝わってくる。
そうか、ゴーレムは疲れ知らずでも姉さんは違う。
あの巨体をあれほど機敏に動かしているのだ、きっと操縦はかなりの重労働だろう。
アエリア姉さんはあくまで一般人、動きが鈍くなってくるのも当然だ。
「そうか……ということは……!」
別にゴーレムを倒す必要なんて、ないじゃないか!
ピンと閃いた俺は、ゴーレムの周囲を円を描くようにして走り始めた。
その動きに対応するため、ゴーレムの巨体がその場でぐるぐると回りだす。
「こっちこっち!!」
「わたくしを、おちょくるのは、やめなさい!!」
素直にこちらを追いかけてくるアエリア姉さん。
ヒートアップしていて、俺の思惑には気づいていないらしい。
いや、単純にゴーレムの性能を過信しているだけなのかも。
これをもし、ライザ姉さんが操縦していたら対処法は思いつかなかった。
……まあ、ライザ姉さんならそのまま戦っても強いけどさ。
「そりゃあっ!!」
「待ちなさい!!」
こうしてある程度走ったところで、俺は最後の仕上げとばかりに空高く飛び上がった。
風の魔法を使って、可能な限り高く。
雲を追い越すような勢いの俺を見て、姉さんもまたゴーレムを飛翔させる。
「あなたの魂胆はわかってますわ。どうせ、このまま地上に落ちて私を地面にぶつけるつもりでしょう?」
やがて高度が限界に達したところで、アエリア姉さんが語りかけてきた。
彼女の問いかけに、俺は黙って頷きを返す。
「しかし甘いですわね! このゴーレムは、その程度では壊れませんことよ!」
落下を始めた俺を、猛追するアエリア姉さん。
このまま地面にぶつかるつもりのようだ。
恐らく、俺がうまく直撃を避けることは計算済だろう。
だがそれでも、落下の衝撃でいくらかダメージを与えられると踏んでいるに違いない。
そして――。
「ジ、ジーク!!!!」
「ほんとに落ちた!! マジかよ!!」
ゴーレムの巨体が広場に墜ちて、破壊が巻き起こったのだった。




