第二十話 迷宮の楽しい夜
「うわ、結構にぎわってますね!」
ボスの間を目前に控えた九階層。
そこの休憩所は、多くの探索者たちが集まって迷宮らしからぬ賑わいを見せていた。
驚いたことに、食材や調理器具を売る出店のようなものまである。
「まるで観光地だな」
「だね。まさかこんなことになってるとは思わなかったよ」
「見つかったばかりの新迷宮ですからね。混んでるのも仕方ないですよ」
「けど、これは逆に好都合かもしれない。肉を焼いても浮かないでしょうから」
ボス戦前の景気づけであろうか。
宴を催している探索者たちの姿を見て、ニノさんはそうつぶやいた。
確かに、張り詰めた雰囲気の中で俺たちだけバーベキューを楽しむなんてできないしな。
これぐらい騒々しい方が、いろいろやりやすいかもしれない。
「ん? あんたひょっとして……ロウガか?」
野営するのに適当な場所を探していると、ふと近くの探索者が声をかけてきた。
ロウガさんの昔の知り合いであろうか、ずいぶんと親しげな様子だ。
彼に対して、ロウガさんも笑みをこぼす。
「おお、バンズじゃねえか! 久しぶりだな!」
「そっちこそ、十年ぶりか? よく生きてたもんだ」
「お前も、この迷宮目当てに戻って来たのか?」
「まあそんなとこだよ」
朗らかに笑いあう二人。
やがて彼らは、俺たちの方へと視線を向けた。
「この子たちが、ロウガの新しい仲間か?」
「その通りだ。紹介しよう、俺の古い知り合いのバンズだ」
「よろしくお願いします」
俺たちは揃ってバンズさんにお辞儀をした。
彼は俺たちの顔を見渡すと、少し驚いたような顔をする。
「なかなかいい子たちじゃないか。お前にこんな仲間ができるなんてなぁ」
「はっはっは、俺の人望のなせる業だな」
「よく言うぜ、しょっちゅう女に騙されて不貞腐れてたくせに」
「おいおい、今更昔のことを言うなって」
困ったような顔をするロウガさん。
ラーナさんも話していたけれど、昔からそういうとこは変らないんだなぁ……。
「そうだ、バンズさんもお肉食べていきませんか? ブラックバッファローのがあるんですよ」
「お、一階層のかい? そいつはいいな!」
そう言うと、バンズさんは背負っていたリュックから大きな葉を取り出した。
まだ露が滴るほどみずみずしいそれは、どうやら迷宮で採取したものらしい。
きっと、たれでもつけて宴の伴にでもするつもりだったのだろう。
「これは七階層でとってきたタスの葉だ。こいつで肉を巻くとうめえぞ!」
「おお、いいねえ! 口の中がさっぱりするんだよな」
「じゃあ、さっそくご飯にしようか。もうお腹すいちゃった!」
そういうと、急いで準備を始めるクルタさん。
彼女もすっかりお腹を空かせていたのだろう、普段の三倍ぐらいの早さで手を動かしている。
こうして敷かれた鉄板の上で、俺たちは薄く切った肉を焼き始めた。
「んー、いい香り!」
「やっぱ肉の焼ける匂いはたまらねえな!」
表面をサッと焼いたところで、口に肉を放り込む。
んんーー、おいしい!!
口いっぱいに肉汁が溢れ出して、何とも贅沢な味わいだ。
触感も柔らかで、舌の上で崩れていくかのようである。
「次は、言われたとおりにタスの葉で巻いて……おお!!」
思った以上の味の変化に、俺は思わず唸った。
タスの葉の味わいが爽やかながらも、驚くほど肉の旨味とマッチしている。
脂のしつこさが打ち消されて、いくらでも食べられそうだ。
こりゃ、バンズさんに感謝しないといけないな。
「すごいおいしいです! ありがとうございます、バンズさん」
「別に礼を言われるほどじゃない。俺だって、肉食べてるしな」
「ははは、違いねえ!」
こうして、和やかな雰囲気で食事を続ける俺たち。
そうしているうちに、次第に周囲が暗くなってきた。
見上げれば、天井から発せられる光が次第に弱くなっている。
どうやらこの迷宮には、昼夜の変化が存在するらしい。
「……そろそろ、失礼するかな」
「おう、また会ったらよろしくな」
「ああ。……ところでロウガ、お前はもうラーナにはあったか?」
ふと、ラーナさんのことを口にするバンズさん。
不意に思いがけない名前が出てきたことで、ロウガさんははてと首を捻る。
「ああ、会ったが。どうかしたのか?」
「いや、最近いろいろと妙な噂を聞いてな。元気にやってるか気になって」
「妙な噂? あいつまた、ギャンブルで借金でも作ったのか」
「そうじゃない」
鋭い声を発するバンズさん。
その声色に俺たちはのっぴきならないものを感じた。
ラーナさん、何かよっぽどヤバいことにでも巻き込まれているのだろうか?
魔石の件でお世話になっただけに、これはちょっと放ってはおけないな。
「いったいどんな噂だ? 詳しく聞かせてくれ」
「……実はな。あいつ、コンロン商会に出入りしてるって噂があるんだよ」
コンロン商会と聞いて、引き攣った顔をするロウガさん。
彼だけではなく、ニノさんやクルタさんも嫌そうな顔をした。
何だろう、そんなにヤバい組織なのだろうか?
俺はすかさず、隣にいたクルタさんに聞いてみる。
「コンロン商会って、何ですか?」
「知らないの? コンロンと言ったら、大陸で一番やばい闇商人だよ」
……これは、思ったより大ごとになるかもしれないぞ。
俺は思わず息を呑むのであった。




