十三話 剣を買いに
「おおぉ……!!」
カウンターに山と積まれた金貨。
燦然と輝く金色の山に、俺はうっとりとため息をついた。
ドラゴンの売却益と情報料、すべて合わせて約一千五百万。
普段は見ることのない大金に、得体の知れない魔力のようなものまで感じてしまう。
「金額が合っているかどうか、お確かめください」
「は、はい! えーっと……」
金貨を十枚ずつ積んで並べていく。
ついでだから、もうそれぞれの分に取り分けておこうか。
シスターさんが十枚、ロウガさんが十枚、ニノさんが二十五枚……。
「全部で百五十組、間違いないです」
「良かったです。これだけの大金となりますと、渡すこちらも緊張しますからね!」
「受け取る方はもっとですよ! ……じゃあ、さっそく分けましょうか」
「おっしゃ!!」
「ふふふ、大切に使いますね」
金貨を渡されて、顔をほころばせるロウガさんとシスターさん。
ニノさんも、普段よりいくらか緩んだ顔をした。
「さぁーて、何に使おうかな……。そうだ、ジーク。今日ゆっくり休んだら、明日は一緒に水路通りへ行かねえか? お前さんも、明日は依頼を受けないだろ?」
「ええ、剣も折れちゃいましたからね。いいですよ」
体力的には頑張れないこともないが、無理して体を壊してもな。
剣も買いなおさなきゃいけないし、街へ行くお誘いは大歓迎だ。
まだラージャへ来たばかりだし、いろいろ案内してもらえたりしたらとても助かる。
「……うわぁ」
「ジークさんって、その……見た目に寄らず……なのですね。否定は致しませんが、聖職者としてあまり感心しません……」
「え? 何がです?」
急に渋い顔をしたニノさんとシスターさんに、たまらず聞き返す。
今のやり取りで、特に引かれるようなところはあっただろうか?
原因がわからず戸惑っていると、受付嬢さんが笑いながら言う。
「あー、ジークさんはこの街に来たばかりですもんね。水路通りがどういう場所か、ご存じない?」
「……ええ、存じ上げないです」
「水路通りって言うのは、娼館の集まる悪所ですよ」
「げっ!? ロウガさん、なんてところに誘うんですか!」
驚いた俺が抗議の声を上げると、ロウガさんは腰に手を当てて豪快に笑った。
まったく悪びれた様子はなく、それどころか「わかってないな」とばかりに得意げな顔をする。
「冒険者と言ったらよ、稼いだ金でパアッと遊ぶもんだぜ! 初めてだったらちょうどいい、おじさんがいい店の選び方を教えてやろう」
「いやいや、結構です! そんなことしたら、後で姉さんたちが!」
「姉さん?」
あ、いっけね……!
憤怒に歪む姉さんたちの顔が思い浮かんで、つい口走ってしまった。
今は一人暮らしをしているのだから、何をしても怒られないはずなんだけども。
やっぱり俺にとって、姉さんたちの存在は大きいんだろうな。
「あ、いや。故郷に置いてきた姉さんたちが怒るかなーって……ええ」
「ほう……何だかすごい顔してたが、そんなに怖い姉さんなのか?」
「ええ、まあ……。俺を育ててくれたので、そのことは感謝してますけどね」
「ふぅん……。ま、そういうことならやめておくか」
どことなく寂しげな顔をするロウガさん。
別に、彼も悪気があって誘おうとしたわけではないだろうしなぁ……。
このまま何もなしに断ってしまうのも、少し悪い気がした。
どこか代わりに――。
「あ、そうだ! ロウガさん、俺を鍛冶屋に連れて行ってくれませんか?」
「剣を買いたいのか?」
「ええ。お金も入ったことですし、うんといいやつを」
「それなら私もついていかせてください。手裏剣の補充をしたいです」
そう言えば、ドラゴンゾンビとの戦いで使った手裏剣は下水に落ちて回収できてなかったからなぁ。
たくさん売っているような武器でもないし、早めに注文しておくのは大事だろう。
俺とニノさんの頼みを聞いたロウガさんは、自信ありげにドンと胸を叩く。
「そういうことなら任せておけ。俺がラージャでも指折りの職人を紹介してやるよ」
「おおお!」
「ニノにもまだ教えてない名匠だ。値段は張るし、常連の紹介じゃないと仕事を受けてくれねえんだが……今回は特別だぜ?」
「ありがとうございます」
こうして俺たちは、ロウガさんの紹介で名匠と呼ばれる鍛冶屋を尋ねるのだった。
――〇●〇――
夜もすっかり更けた頃。
営業を終えた冒険者ギルドのカウンターで、受付嬢のルメリアは一人、仕事に励んでいた。
マスターに言いつけられた仕事が、まだ残っていたのだ。
「うーん、なかなか手の空いている人がいませんねぇ。参ったなぁ」
――Sランク冒険者で動ける者がいるか調べてほしい。
こんなマスターの命を受けて急ぎ資料を取り寄せてはみたものの。
案の定、余裕のありそうな者はいなかった。
もとより、Sランク冒険者はギルドの最高戦力として引っ張りだこである。
加えて、既に十分な名誉と財産を得ているせいか仕事熱心ではない者も多い。
文句を言われないギリギリの量だけをこなしているなんてザラ。
ひどいと、半ば消息不明状態になっている者までいるのだ。
「こうなると、やはりあの人を呼ぶしかないですか……」
とある人物の顔を思い浮かべながら、ルメリアはつぶやく。
あの人ならば、ほぼ確実に自宅にいて連絡が取れるだろう。
家を離れたくないという理由で、冒険者になることを断り続けているぐらいだから。
腕に関しても問題はなく、何ならSランク冒険者たちよりも強い。
しかし、いかんせん冒険者ではなく外部の人間である。
いくら実力があるとはいえ、そのような人物に簡単に頼ってしまっていいものかどうか。
冒険者ギルドの面子にも関わってくる問題だ。
マスターから連絡を取ってもいいと許可は貰っているが、少し悩むところだ。
「……まぁ、決断するなら早い方がいいですしね。お呼びしますか」
その人物が住む場所からこのラージャまで、ギルドの快速馬車でも約二週間の道のり。
万が一の事態が起きてから呼ぶのでは、間に合わない危険性が高かった。
受付嬢は意を決したように手を叩くと、さっそく通信用の魔法球を取り出す。
「あ、もしもし。ラージャのルメリアです。ライザ様のご予定について――」
剣聖ライザ。
当代最強の剣士として知られる彼女は、冒険者ギルドの手伝いのようなこともよくしていた。
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