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第十九話 ちょっとした寄り道

「これが……迷宮の中?」


 長い階段を降りてたどり着いた迷宮の第一層。

 そこは俺の想像していた場所とは大きく異なる有様であった。

 広々とした空間が広がり、天井からは淡い光が降り注いでいる。

 そして地面には、やや黒みがかった草が一面に生えていた。


「草原みたいですね」

「ええ。あの天井は、ヒカリゴケでも生えてるのかな? それにしても……」


 第七迷宮とは全く違った雰囲気に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 建造物のようだった第七迷宮に対して、この第十三迷宮は地上の自然を再現したかのようである。

 迷宮の環境は、場所によってさまざまだと聞いてはいたが……。

 ここまで違うとは、流石に予想外だ。


「こんなのまだ序の口だぜ」

「え?」

「迷宮の中には、湖があるようなとこまであるからな。これぐらいは慣れて行かねえと」

「そうなんだ。迷宮ってすごいなぁ……」


 改めて、迷宮の神秘を体感する俺。

 そうしていると、周囲を見渡したニノさんがつぶやく。


「ラーナさんの姿は見えませんね」


 牡牛を倒しに来た。

 そう告げて迷宮へと入っていったラーナさんだが、その姿は草原にはなかった。

 どうやら、彼女は既にどこかの階層のボスを倒していたようだ。

 転移門を使って下のフロアからスタートしたようである。


「しかし、牡牛を倒すってどうするつもりなんでしょうね」

「さあな、俺たちには……おっと、何か来たぜ!」


 現れたのは、黒い水牛のような姿をした魔物だった。

 巨大な角が特徴的で、もし刺されたら人間などひとたまりもないだろう。

 しかも、好戦的な性格らしく俺たちを見て鼻息を荒くしている。


「ブラックバッファローか! 気を付けろ、跳ね飛ばされたらヤバい!」


 ロウガさんが警告すると同時に、大地を蹴って走り出すバッファロー。

 俺たちは急いで散開すると、どうにかその突進を回避した。

 しかし、バッファローはその後もしつこく追いかけてくる。


「しつこいですね!」


 懐から何かを取り出し、ばら撒くニノさん。

 あれは、東方の忍びが用いるというマキビシであろうか。

 黒い棘が次々とバッファローの足に食い込み、流れ出した血が草を濡らす。

 これには流石のバッファローも耐えかねたのだろう。

 雄叫びと共に前足を持ち上げ、天を仰ぐようにして動きを止める。


「今だ! そりゃあッ!!」


 俺はマキビシを回避しながら、一気にバッファローとの距離を詰めた。

 そしてその首元を狙って、剣を抜き放つ。

 ――スルリ。

 黒剣はバッファローの毛皮を音もなく切り裂いた。

 どうやらこいつ、攻撃力は高いが防御力はさほどないな。

 俺がそう判断すると同時に、バッファローの巨体が崩れ落ちる。


「ふぅ……」


 周囲に他に敵がいないことを確認すると、俺は額に浮いた汗を拭った。

 一階層に出る魔物としては、ずいぶんと手ごわい相手である。

 この分だと下層にはかなり厄介な敵が出そうだな。


「魔物の質は結構高そうだね」

「ああ。この分だと、高位の魔獣系が出そうだな」


 渋い顔でつぶやくロウガさん。

 魔獣系の魔物は、何よりも強靭な肉体を特徴としている。

 ライザ姉さんが抜けた今の俺たちにとって、あまり相性のいい相手ではなかった。


「ま、少しぐらいは骨があった方がいいと思うよ。それに……」


 何かいいことでも想像したのか、実にいい笑顔を見せるクルタさん。

 彼女は腰の短剣を抜くと、ゆっくりバッファローの亡骸へと近づいて行った。

 そして瞬く間に肉を切り裂き、適当な大きさのブロックにしてしまう。


「ブラックバッファローの肉って、めちゃくちゃ美味しいんだよねえ」

「へえ……。俺、食べたことないです」

「結構レアな魔物だからね。霜降りですっごく柔らかいんだよ」


 本当に好きなのだろう、頬を緩ませて心底幸せそうな顔をするクルタさん。

 確かに、彼女の手にしているお肉は見事なサシが入っていて見るからにおいしそうだ。

 きちんとした処理すれば、きっとすっごくおいしいステーキができるな。

 そう思ったところで、腹の虫がぐるぐると鳴き始めた。


「あはは……」

「そう言えば、飯がまだだったな」

「せっかくだし、これを料理して食べない? マジックバッグがあれば、お弁当は明日でもいいし」

「いいですけど、迷宮でそんなことして襲われません?」

「いや、休憩所なら平気だろう。あそこは何があっても魔物が入らないようになってる」


 休憩所というのは、迷宮の各階層にある安全な領域のことである。

 結界によって守られていて、その中には魔物が決して入ってこないようになっていた。


「でも、料理なんてして場所を取ったら迷惑じゃありません?」

「そのぐらい普通だよ。迷宮探索なんて、基本は泊りがけだからな。今までの俺たちみたいに、ボスの間まで一直線に進んで日帰りしてる方が変なんだよ」

「あー……」


 ライザ姉さんがいたおかげで、攻略に詰まることなんてほとんどなかったからなぁ。

 一日のうちに次のボスの間まで進んで、転移門を利用して帰るというのが基本だった。

 けど、普通に考えたらそんなのできないもんな。


「せっかくだ、ある程度進んだところで今日は泊まろうぜ。迷宮泊の基本を俺が教えてやる」

「いいね、これぞ冒険って感じがする!」

「私も賛成です。問題の隠し通路は深層ですし、そのうち泊まりになるでしょうから」


 そう言われて、特に反対する理由がなかった。

 こうして俺たちはボスの間の手前、五階層の休憩所で夜を過ごすこととしたのだが……。

 この判断が、思いがけない結果を招くとは誰も予想していなかったのだった。

 

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