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第四話 迷宮の伝説

「緋眼の牡牛? 何ですか、それは」


 聞き覚えのない魔物の名に、俺はすぐさま首を傾げた。

 クルタさんたちも知らなかったらしく、不思議そうな顔をしている。

 迷宮限定のよっぽどマイナーな魔物なのだろうか。


「ま、知らないのも無理はないか。牡牛に関わるとろくな死に方をしないって言われてるからな」

「……まさか、呪いとか言うのではあるまいな?」


 いつになく緊張した面持ちで尋ねるライザ姉さん。

 心なしか、声が震えているような感じもした。

 そう言えば姉さんって、剣で切れないものは苦手だとか前に言っていたような……。

 意外と呪いとかは怖いのかもしれない。


「そういうのではないんだが……。そのなんだ、話せば長くなるぞ」


 そう言って前置きすると、ロウガさんは酒を少し口に含んだ。

 どことなく重い雰囲気を醸し出した彼を見て、俺たちは自然と静かになる。


「迷宮ってのはもともと、神々が邪神を封じ込めるために生み出したって言われてる。邪神の身体から少しずつ魔力を抜き取り、それを魔物に変えて浄化するんだそうだ」

「聞いたことあります。東方にも似たような伝承が残ってますね」

「それが今から千年ほど前、古代文明の時代にこのシステムを悪用した魔導師がいた。そいつは迷宮の魔力の流れを変えて、自分に従う魔物の軍勢を生み出したんだ」

「そう言えば、そんなような話を本で見たような……。確か、大魔導師バルクだったっけ?」

「そ、バルクだ。この魔導士は、迷宮の中に自分の宝物庫まで作っていてな。それを守護するために生み出された魔物が緋眼の牡牛ってわけだ」

「ということはつまり、牡牛ってのを倒せばそのバルクって魔導師の宝が手に入るってことですか?」


 俺の問いかけに、ロウガさんはゆっくりと頷いた。

 しかし……いくらロマン溢れる迷宮とはいえ、そんな伝説の魔物が実在するのだろうか?

 はっきり言って、どうにも胡散臭い感じがする。

 姉さんやクルタさんもそう思ったのか、いまいち納得のいかないような表情をしていた。

 すると俺たちの疑問を察したのか、ラーナさんが笑いながら言う。


「アタシたち探索者も、こんなのおとぎ話だと思ってたさ。けど、今から十年前の動乱期にね。迷宮内で牡牛を見たって目撃例が相次いだんだよ」

「え? でもそれって、普通のミノタウロスと見間違えたんじゃ……」


 迷宮に巣食う半人半牛の魔物、ミノタウロス。

 探索者ではない俺でも知っているほど有名な魔物だ。

 恐らく、生息数だってそれなりに多いだろう。

 瞳は青いとされているが、見間違えたとしても不思議ではない。


「最初はみんなそう思ったさ。けど、ごく浅い階層での目撃例もあってね。これは本物だって噂になったんだよ」

「で、その噂を聞いてヴェルヘンを訪れたのが若かりし頃の俺ってわけだな」


 過去を懐かしむように、どこか遠い眼をするロウガさん。

 散々な目に遭ったようなことを言っていたが、すべてが悪い思い出ではないのだろう。

 その表情は穏やかで、語り口も落ち着いている。


「昇格したばかりの俺は調子に乗っててな。噂の牡牛を倒してやろうって息巻いてたんだ。そこで偶然出会ったのが、こいつってわけだ」

「偶然ねえ? アンタ、アタシを見るなりいきなり『仲間になってくれ!』って言って来たんじゃないか」

「違うだろ? ラーナの方から言って来たんじゃねーか」

「あん? そんなわけ……」

「まあまあ、今更どっちでもいいじゃないですか」


 まったく、すぐにこうなるんだから!

 俺がやれやれとため息をつくと、ロウガさんは気を取り直すように咳払いをした。

 彼は先ほどまでとは違って、ひどく険しい表情をして語る。


「とにかくだ。そうしてペアを組んだ俺たちは、噂のあった四番迷宮へと潜った。そこで遭遇したんだよ、緋眼の牡牛とな」

「会ったんですか……!?」

「ああ、あの日のことは今でもよく覚えてるぜ。4番迷宮に潜った帰り道のことだった。その日は魔物の数が多かったから、いつもより早めに切り上げたんだが……そこで奴が現れたんだよ。あの血に濡れたみたいな眼は、今でも忘れられねえ」


 ロウガさんの声がかすかに震えた。

 それと同時に、彼の額から脂汗が噴き出す。

 

「俺たちは奴と戦ったが、はっきり言って勝負にならなかった。通常種のミノタウロスは、せいぜいDランクの上位ぐらいだ。当時の俺たちでも、余裕を持って倒せる範囲さ。だが奴は、力の底が見えなかった」

「今のロウガからしても、強いんですか?」

「ああ。いまだに勝てる気はしないな」

「そんなのから、いったいどうやって逃げたのさ?」

「……アタシが転移の宝玉を使ったのさ。それで命からがら、迷宮を出たってわけ」

「ま、その利用料をキッチリ請求されたせいで俺は破産寸前になったんだけどな」

「しょうがないだろう? あれは借り物だったんだから。アタシだって素寒貧になったよ」


 なるほど、そういうわけだったのか。

 当時のロウガさんたちに何があったのか、おおよその全体像が掴めてきたな。

 仕方のなかったこととはいえ、敗北と手痛い出費が仲違いの原因のようだ。


「その後も牡牛の目撃例は相次いだけど、奴はまったく痕跡を残さない魔物でね。ギルドの調査では存在する証拠を掴めなかった。そうこうしてるうちに動乱期が終わって、いつしか噂も消えちまったのさ。ギルドから商会に移る時に、資料とかもいろいろなくなっちまったみたいだしね」

「なるほど、痕跡を残さない魔物……」

「だが、奴は存在する。それだけは確かだ」


 そうつぶやくロウガさんの顔は、いつになく真剣な物であった……。


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