十一話 ドラゴンゾンビ
遥か古の時代より、大陸の空に君臨してきたドラゴン。
その骨が長年に渡って瘴気に侵され、アンデッドと化したのがドラゴンゾンビである。
元が空の覇者と呼ばれる種族であるだけに、死してなおその力は凄まじい。
冒険者ギルドの基準で行けば、Ａランク――俗に災害級と呼ばれるクラスだ。
「なんてこったよ……！ とんでもねえもんが出たな！」
「逃げましょう！ あの巨体です、細い通路へ入ってしまえば……ああっ！」
いつの間にか、通路を塞ぐようにしてグールの大群が出現していた。
――お前たちを逃がさない。
何者かの悪意が、はっきりとこちらに伝わってくる。
まずいな、いくら弱いグールとはいえあれだけの数をすぐには倒せない。
手間取っているうちに、ドラゴンに追いつかれてしまう。
「これは完全に罠ですね。何者かが我々を殺そうとしている……？」
「この先に侵入されると、よほど困ることでもあるのかもな」
「とにかく、こうなってしまったからには戦うしかないですよ！」
俺は収めていた剣を再び引き抜くと、正眼の構えを取った。
ドラゴンゾンビは言わずと知れた強豪モンスター。
ブランシェでの浄化などもまず無理だろう。
しかし、ランク的にはクルタさんと同じＡランクだ。
彼女に勝った俺なら、ドラゴンゾンビにだって勝てるはず……！
そう、勝てるはずなんだ！
「ロウガさんはシスターさんを守ってください！ ニノさんは俺の援護を頼めますか？」
「任せとけ！ 指一本触れさせん！」
「癪ですけど、仕事はきっちりしますよ」
そう言うと同時に、ニノさんは懐から黒い十字型をした物体を取り出した。
あれは……手裏剣と呼ばれる武器であろうか。
東方の忍たちが好んで使う飛び道具だ。
軌道が読みづらく、剣で対応するのは面倒だとライザ姉さんから聞いたことがある。
「はっ！」
楕円の軌道を描き、骨に直撃する手裏剣。
――キンキンキンッ！！
火花が飛び散り、刃を打ち鳴らしたような音が響く。
ドラゴンゾンビの顔が、気だるげにニノさんの方へと向けられた。
「今だっ！」
地面を蹴り、一気に水路の上へと飛び出す。
ドラゴンゾンビの反応が、わずかながらに遅れた。
狙うは一点、アンデッドの命の源たる魔石のみ。
爪を間一髪で避けると、骨格の隙間を通り抜けて――。
「せやああっ！！」
気迫の一撃。
――キイィンッ！！
剣が骨格内部の魔石にぶつかり、脳天を貫くような高音が響いた。
こりゃ、思っていたよりもはるかに硬いぞ！
鋼をも切り裂くであろう斬撃が、魔石の表面で止まった。
どうやら、膨大な魔力によって結界が形成されているようだ。
「ちっ！！」
やがて力に耐えきれなくなった剣が砕けた。
しまった、負荷をかけ過ぎたか……！
元より、家を出た後に王都の店で買った量産品。
悪くない品ではあったが、ドラゴンゾンビとの戦いには力不足だったようだ。
「これを！」
すかさず、ニノさんが何かを投げてきた。
この黒い物体はいったい……？
手裏剣を細長くしたような形状の武器は、大陸ではおよそ見ないものだった。
「黒魔鋼のクナイです！ それならば、砕けることはないでしょう！」
「ありがとう！」
クナイと言う武器については知らなかったが、その使い方は直感的にわかった。
布の巻かれた柄を握ると、再びそれを魔石に突き立てる。
一点集中。
衝突したクナイの切っ先から、勢い良く火花が吹き上がった。
「だりゃああっ！！」
一発、二発、三発……！
同じ場所に向かって、寸分たがわずクナイを打ち込んでいく。
目に映らぬほど速く、正確に。
こうして十回ほど攻撃を繰り返すと、魔石を守る結界が悲鳴を上げた。
鋼が引きちぎれるような音がして、光が砕ける。
――ギガガガッ！
黒い刃が、青い魔石へと食い込んだ。
「グオオオオッ！！」
恐ろしい絶叫を響かせながら、倒れていくドラゴンゾンビ。
水底へ沈んでいった巨体は、そのまま動かなくなった。
ふぅ……！
一時はどうなることかと思ったけれど、無事に倒せたようだ。
「た、助かりましたね……！」
「ああ、もう大丈夫そうだな」
「……悔しいですがジークのおかげです。礼を言っておきましょう」
深々とお辞儀をするニノさん。
悔しいと言っている割に、その表情は穏やかであった。
俺のことを多少は認めてくれたのか、最初と比べるといくらか雰囲気が柔らかくなったな。
彼女に続いて、ロウガさんとシスターさんも俺に頭を下げた。
今回限りとはいえ仲間なのだし、そこまでかしこまらなくていいんだけどな。
ちょっとばかり照れくさくなってしまう。
だいたい、いくらドラゴンゾンビが相手とはいえ武器を砕いてしまうようではまだまだだ。
ライザ姉さんだったら、棒切れ一本でも折らずに勝っていたことだろう。
「しかし、いったい誰の仕業なのでしょうか。明らかに私たちを狙った襲撃でしたよね」
そう言って周囲を見回すシスターさん。
いつの間にか、出入り口をふさいでいたグールの群れも消えていた。
用が済んだから撤退させたと言ったところだろうか。
「ドラゴンゾンビを使えるとなると、並の術者じゃねえな」
「このまま先へ進んで、最深部に何があるのか確認したいところですけど……うーん」
砕けた剣を手に、唸る俺。
このような事態を想定していなかったので、あいにく予備の武器はない。
このまま未知の敵に挑むのは、さすがにちょっとリスクが高いよなぁ。
「ここは無理をせず退きましょう。そもそも、この依頼は調査依頼だったはずです。高ランクモンスターとの交戦は想定されていません」
「ニノの言う通りだな。ジークの剣も砕けちまったし、またあのクラスのモンスターが出たら今度は勝てるかどうか」
冷静に撤退を促すロウガさんとニノさん。
シスターさんも彼らの意見に賛成のようで、力強くうなずいた。
どうやら彼女自身、一刻も早くこの場から脱出したいようだ。
心なしか、身体が震えているように見える。
気になることはあるが、ここは素直に従っておこうか。
「じゃあ、素材を回収したらすぐに帰りましょう」
こうして俺たちは、ひとまず地上へ戻りギルドへ報告に向かうのだった――。
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