第三十五話 合流
「ふぅ……! 何とかなった」
二つになり、倒れた魔族の巨体。
その眼は白く濁り、異様な速さで腐敗が進みつつあった。
高位の魔族になればなるほど、その身体は魔力によって構成される部分が大きい。
そのため生命が失われると、すぐに形が保てなくなってしまうのだろう。
こうして魔族の死を確認した俺は、姉さんたちの方へと振り向く。
「みんな、大丈夫だった?」
「ええ、こっちは平気です」
「聖女様が結界を張ってくれたおかげで、何とか無事だよ」
元気そうに笑う姉さんたち。
姉さんが気を利かせて結界を張ってくれて、本当に良かった。
周囲を見渡せば、整然と並べられていた長椅子は吹き飛び、太い柱は穴だらけ。
聖堂自体がよくぞ持ちこたえてくれたというような状況である。
もし結界がなければ、みんな吹き飛ばされてしまっていたに違いない。
「あの凶悪な魔族を倒すとは。いつの間にか、腕を上げたようですね」
「あはは、姉さんの魔法が無かったら危なかったよ」
「ノアならば、あの魔法もすぐに一人で使えるようになるでしょう。戻ったらすぐに修行しましょう」
「いや……すぐに修行は、勘弁してほしいかな……」
「それはいけません。いつまた、あのような魔族が現れるのか分からないのですから。常に危機感を持って過ごすことは、戦う者として――」
つらつらとお説教を始めたファム姉さん。
しまった、変な方向に話を進めちゃったな……!!
俺はとっさに後悔するのだが、もう遅い。
一度こうなってしまうと、こっちの話を全然聞かないんだよな。
下手に話を遮ると、お説教が五割り増しになったりするし……。
俺がそう思っていると、すっかりぼろぼろとなっていた聖堂にとんでもない大音響が轟く。
「ジーークーーッ!!!!」
うわっ!? ライザ姉さん!?
どうやら、スカイドラゴンを降りてここまで走って来たらしい。
扉を乱暴に押し開けた彼女は、そのまま俺たちの方へと歩み寄ってくる。
「良かった、無事だったんだな!!」
「ええ、まあ」
「魔族はどこだ!? 私もだいぶ回復したからな、手伝おう!」
「……それならもう倒しましたよ。私たちで」
話を遮られたことが、どうにも気に入らなかったのであろうか。
どこか冷たい声で、ファム姉さんがライザ姉さんに告げた。
その妙に迫力のある声に、流石のライザ姉さんもわずかにたじろぐ。
「そ、そうだったのか。それは良かった」
「良かったではありません! ライザ、あなたがいながら何をしていたのですか!!」
「私は、その……他の魔族を倒すのに精いっぱいでだな……」
「もう! 剣聖たる者がその程度でどうするんですか!」
「なっ!! 言っておくが、私の倒した魔族は――」
ああでもない、こうでもないと言い争いを始めてしまう姉さんたち。
するとここでクルタさんが恐る恐ると言った様子で尋ねる。
「あ、あの!! ちょっといいですか?」
「……あら、何でしょうか?」
「その、さっきから話を聞いていると……聖女様はジークのお姉さん何ですか?」
「ええ、お姉ちゃんです」
「つまり、ライザさんとも姉妹?」
「その通りです」
ファム姉さんの返事を聞いて、クルタさんたちはひどく驚いたような顔をした。
彼女だけではなく、ニノさんやロウガさんまでもが戸惑った顔をしている。
そりゃそうか、剣聖と聖女が姉妹だってことはほとんど知られてないもんな。
姉さんたちも、普段は隠すようにしてるらしいし。
「ちょっと待ってくれ。シエルもジークの姉ちゃんだって言ってたよな? ということは……」
「ええ、私たちの妹ですね」
「おいおい、剣聖と賢者と聖女が姉妹なのかよ……」
「それだけで、世界の半分ぐらいを牛耳ってないかな」
「そんなことは……さすがにないですよね。姉さん?」
俺がそう問いかけると、姉さんたちは何故か意味深な笑みを浮かべた。
いや、ここでそんな顔されるといろいろシャレにならないよ!
我が家って、別に世界を影から操ってるとかそういう訳じゃないよね……?
姉さんたちなら本当にできそうなのが怖いのだけど。
「……それより、早く事の顛末をギルドに報告した方がいいな」
いつの間にか、騒ぎを聞きつけた住民たちが聖堂の外に集まっていた。
このまま放っておくと、街が大混乱に陥ってしまうかもしれない。
早いうちにギルドや領主様に連絡して、対応を取ってもらった方がいいな。
魔族が街の中、それも教会で暴れたなんて話が無秩序に広がったらとても厄介だ。
「ファム姉さんはどうします?」
「そうですね、何かあった場合は現地の教会に報告する手はずだったのですけど……」
「その教会が、この有様ですものね」
そう言えば、教会にいるはずのシスターさんたちはどうなったのだろうか?
まさか、この戦いに巻き込まれちゃったんじゃ……。
俺がそんなことを考えたところで、聖堂の脇にあったドアがガタッと音を立てて開いた。
そして中から、見慣れたシスターさんたちが現れる。
「……ほっ。もう終わったようですね」
「シスターさん! 良かった、避難してたんですね!」
「ええ。とんでもない魔力が発生したので、結界を張って籠ってました」
そう言うと、シスターさんはファム姉さんの顔を見て首を捻った。
どこかで見たことはあるが、名前を思い出せないといった状態らしい。
すると姉さんは、柔らかく微笑みながら自らの身分を告げる。
「初めまして。挨拶が遅れましたが、聖女のファムです」
「せ、聖女様!? 来訪されるとはお伺いしておりましたが、は、はひぃ!?」
「ああ、そんなに慌てなくても! 過呼吸になってしまいますよ!」
予期せぬ大物の登場に、動揺を隠せないシスターさん。
姉さんは彼女の肩に手を掛けると、やれやれと困ったように告げる。
「私はひとまずこの場に残りますから、皆さんは先にギルドへ」
「わかった。ファムも後で来てくれ、いろいろと聞きたいことがある」
「ええ、ではまたあとで」
こうして俺たちは、ファム姉さんを教会に残してひとまずギルドへと向かうのだった。




