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第三十二話 奥の手

「しかしこりゃ、ギルドに別料金貰わねーとかなわんな!」


 クルディオンの発する威圧的な魔力。

 それを大盾で防ぎながら、ロウガは冷や汗を流した。

 ヒュドラやグローリースライムと比較しても、この魔族はさらに一段格上だ。

 放たれる魔力が、寒々しいほどに研ぎ澄まされていたためである。

 クルタたちもそれを肌で感じているらしく、眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。


「皆さん、私に近づいて! 補助魔法を掛けます!」


 皆の不安を打ち破るように、ファムが勇ましく声を上げた。

 その指示に従って全員が距離を詰めると、すかさず彼女は聖杖で床をつく。

 たちまち光が広がり、白い魔法陣が展開された。

 金色の光が粒子となって噴き上がり、クルタたちの身体を包み込む。


「主に成り代わり、力なき羊に剣を与えん。デュエ・ソルダート!!」


 光の粒がクルタたちの身体へと吸い込まれた。

 迸る閃光、白に染まる視界。

 やがて光が収まると、クルタたちは思わず感嘆の吐息を漏らす。


「なにこれ……! 力がどんどん出てくる!」

「今なら魔王でも殴り飛ばせそうな気がするなぁ、おい!」

「流石は聖女様、えぐい威力の補助魔法ですね……!」


 手足を動かし、身体の調子を確かめるクルタたち。

 かつてないほどに身が軽く、そして充実感があった。

 クルタが軽く手を振ってみれば、手刀がビュンッと風を切る。

 ――これならば、あの魔族とも多少はやり合えるかもしれない。

 三人がそう感じたところで、クルディオンが笑いながら攻撃を仕掛けてくる。


「補助魔法を掛けたところで、元が弱ければ意味などないわ! 捻り潰してくれる!」

「なんの! どりゃああああっ!!」


 クルディオンが繰り出した拳を、ロウガの大盾が弾いた。

 予想外の反撃に、クルディオンの肥大化した身体が傾く。

 すかさずクルタが飛び出し、その背後を取った。


「そりゃっ!!」

「くっ!!」


 クルタの短剣を黒い翼が防いだ。

 白い骨格と短剣がぶつかり、激しく火花を散らす。

 キィンッと硬質な音が響いた。

 クルタはそのまま押し切ろうとするが、相手は魔族。

 そう簡単にはうまく行かない。


「はああぁっ!!」

「わっ!?」


 翼が一気に押し広げられ、クルタの身体を突き飛ばした。

 空中に放り出されたクルタは、猫のように身体を捻ってどうにかうまく着地する。

 しかしそこへ、黒い光の玉が襲い掛かった。


「消し飛べッ!!」

「お姉さま、危ない!!」


 ニノが飛び出し、クルタを庇った。

 抱き合うような形となった彼女たちは、そのまま床に倒れ込む。


「ニノッ!!」

「平気です、ポーションを飲めば治ります!」


 攻撃を躱しきれなかったニノの背中には、大きな傷が出来ていた。

 白い肌が赤く濡れて、眼をそむけたくなるほどに痛々しい。

 ニノは即座にポーションを取り出して飲むが、傷跡が残ってしまいそうだ。


「グラン・ギリエ!」


 ここですかさず、ファムが治癒魔法を使った。

 ニノの怪我はもちろんのこと、クルタやロウガの負ったかすり傷までもが一瞬で消失する。

 グラン・ギリエは上級の治癒魔法であるが、本来は一人にしか効果がない。

 それを複数人まとめて治療できるのは、ファムの膨大な魔力があってこそだ。


「ちっ、なかなかに厄介だな」

「死なない限りは必ず治します! 皆さん、存分に戦ってください!」

「そりゃ心強い!」

「聖女様の後押しがあれば、千人力だね!」


 心にゆとりができたせいか、三人の動きがさらに良くなった。

 ロウガが攻撃を防ぎ、その隙にクルタとニノが連携して攻撃を叩き込んでいく。

 実力ではクルディオンの方が圧倒的に上なのだが、速さではわずかにクルタたちに軍配が上がった。

 攻撃の軽さを手数で補い、二人は徐々にクルディオンを押していく


「ちょこまかと……!! 教会で戦い始めたのは油断だったな……!」


 教会という場所に於いて、魔族の力はいくらか制限される。

 それを考慮してもファムを葬れるとクルディオンは踏んでいたが、予想以上に手ごわい。

 いっそ教会そのものを破壊して、その効果を失わせようとも考えるのだが……。

 それをすれば、たちまち街中の冒険者たちが集まってくることになるだろう。

 そうなってしまうと、今以上に面倒だ。


「今ですね……! お三方、どうにか敵の動きを止めてください! 二十秒でいいです!」

「させるか!!」


 ファムは聖杖を高く掲げると、ゆっくりと眼を閉じて意識を集中させた。

 その足元に巨大な魔法陣が展開され、魔力がうねり始める。

 聖なる魔力が光に変わり、黄金色の風となって周囲に拡散した。

 これにはクルディオンも危機感を覚えたのであろう、どうにか打たせまいと猛攻撃を仕掛ける。

 だがそれを、クルタたち三人が連携して阻む。

 そして――。


「デュエ・ジュージモ!!」


 宙を裂く稲妻、轟く雷鳴。

 聖杖の先より放たれた雷は、クルディオンの身体に直撃した。

 青白い光が迸り、筋骨隆々の巨体がたちまち焼けこげる。

 その威力たるや凄まじく、石造の大きな聖堂が揺らいだほどであった。

 爆音によって鼓膜が破れそうになったクルタたちは、たまらず頭を押さえる。


「ぐおあああッ!!」


 雷鳴に遅れて、断末魔にも似た悲鳴が聖堂全体に轟いた。

 ――これは倒せたのではないか。

 ゆっくりと膝をついたクルディオンを見て、クルタたちはそう確信した。

 ファムの放ったデュエ・ジュージモは、並の魔物なら骨すら残さない威力だろう。

 加えて、神聖属性であるため魔族との相性は抜群だ。

 魔王級の魔族であろうとも、さすがに通用しないとは思えない。

 すると――。

 

「流石は聖女、まったく大した威力だ。この私が死ぬかと思いましたぞ。ですが、少し遅かったですな」


 全身から出血しながらも、ゆっくりと立ち上がったクルディオン。

 彼は手から魔力の塊を放つと、聖堂奥のステンドグラスを打ち破った。

 そこから降り注ぐのは、柔らかな月の光。

 いつの間にか陽はとっぷりと沈み、月が高く昇っていたのだ。


「うおおおおおおっ!!」


 クルディオンの傷が見る見るうちに癒えていった。

 それだけではない。

 魔力がみるみるうちに膨張し、全身の皮膚から黒い毛が伸び始める。

 やがてクルディオンの身体は黒い毛皮で覆いつくされた。

 顔も大きく変形しており、裂けた口元と鋭い牙は獣のようである。


「な、なんだ……!? このとんでもない魔力は!」

「ふははははッ!! 私は月狼族の血を引いていてな! 満月の夜、この身の魔力は三倍に達する!!」

「おいおい!! 三倍なんて、いくらなんでも無茶だぞ!!」

「……これは予想外でしたね。こんな奥の手があったとは」


 久々に恐怖を感じ、顔を強張らせるファム。

 獣へと変化したクルディオンの力は、彼女が今まで対峙したいかなる魔族よりも強大かつ邪悪であった。


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