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第二十七話 辺境の街の聖女

 ジークたちが境界の森でアルカと対峙していた頃。

 聖女ファムたち一行は、とうとうラージャへと到着した。

 辺境とはいえ、冒険者たちの聖地とされる都市である。

 その規模はこれまで立ち寄ってきた街よりもずっと大きく、人々の活気にファムは圧倒される。


「思ったよりも大きな街ですねえ……」

「冒険者の聖地と言われるだけのことはありますな」

「武装している方たちは、みな冒険者なのでしょうか?」

「恐らくは」


 道行く人々の中に、時折、物々しく武装した冒険者たちが混じっていた。

 他の街では、あまり見受けられない光景である。

 一般に無頼漢と思われがちな冒険者は、市民から少し距離を取られることがほとんど。

 この街のように、風景に自然と溶け込んでいることなどあまりないのだ。


「ですが、意外と治安もよさそうですね」

「仕事があるからでしょうな。もっとも、最近は魔族の影響で冒険者たちも制限を受けているとか」

「彼らのためにも、早く解決しなければいけませんね」


 人間、きちんと食えるだけの仕事があればそうそう事件など起こさないものである。

 しかし、仕事がなくなり追い詰められれば何をし始めるか分からない。

 もし冒険者たちが自由に活動ができず困窮すれば、街の治安は急速に悪化してくことだろう。

 聖女として、それを見過ごすわけには行かなかった。


「さっそく、ギルドへ参りましょう。クメール、道はわかりますか?」

「ええ。こちらです」


 こうしてファムとクメールは、揃って冒険者ギルドを訪れた。

 見慣れない美女の登場に、たむろしていた冒険者たちがにわかに湧き立つ。

 しかし、その喧噪もすぐに治まった。

 依頼人という形で、良家の令嬢が使用人を伴ってギルドを訪れることはたまにあるのだ。

 だが一組だけ、ファムたちのことを他とは違った目で見ているグループがあった。

 聖女の護衛を依頼されていた、クルタたちである。


「たぶん、あの人たちだね」

「マスターから聞いた特徴とも、完全に一致しています」

「流石は聖女様、大した美人だぜ」

「ロウガ、聖女は禁句」

「おっと! すまねえ」


 そう言うと、ロウガは周囲を見渡した。

 幸いなことに、誰も彼の言葉を聞いてはいなかったようである。

 ロウガはほっと胸を撫で下ろすと、やれやれと頭を掻く。


「こういう任務はどうにも慣れなくてな」

「まったく、ロウガは脳筋過ぎますよ」

「ニノだって人のことは言えねーだろ?」

「私はもともと忍びですから、慣れてます」


 食事をとりながらも、視線は常にファムの方を見続けているニノ。

 本人の言う通り、こういう仕事に慣れているようであった。


「シノビって、確か東方のスパイみたいなものだっけ?」

「ええ、だいたいそのような解釈であってます」

「そう言えば、前々から気になってたんだけどさ。どうして、ニノってこっちに来たの?」

「はい?」

「だって、東方からこっちに出てくる人ってめちゃくちゃ少ないからさ。気になって」


 大陸の東側に浮かぶ大小さまざまな無数の島。

 俗に東方と呼ばれるこの一帯から大陸に出てくる者は、相当にまれである。

 凶暴な海獣が住み着き、気候も荒い海域を何週間もかけて越える必要があるためだ。

 東方にはいくつかの貴重な産物があるため、それでも物品の出入りはあるのだが……。

 人の出入りはとにかく少なく、特にニノのような少女はあまり外には出ない。


「……いろいろありまして、ええ」

「そっか」


 明らかに何か隠している様子であったが、クルタはそれ以上は尋ねなかった。

 仮にもお姉さまと慕っている自身が隠すのである。

 それなりに重い事情があるのだと察したのだ。


「……お、出てきたぞ」


 それから数分後。

 カウンターの奥に入っていたファムたちが、ギルドマスターを伴って表に出てきた。

 マスターはそれとなくロウガたちの方を見ると、あとは任せたとばかりに頷く。

 いよいよここからが、護衛任務の開始であった。

 彼らは手早く食事を片付けると、目立たないようにそれとなく席を立つ。


「気づかれないように、ですよ」

「俺にだけ注意をするなって!」


 ひとまずは、各所へ挨拶をするつもりなのだろう。

 ギルドを出た聖女ファムは、真っ先に町の南東にある領主の館へと向かった。

 そして挨拶を済ませると、今度は食事のためレストランへと立ち寄る。

 流石に聖女だけあって、忍びの旅でも利用するのは超一流店であった。

 

「今日のところは、特に何もしないつもりか?」

「長旅をした後だからね。疲れを取ってるんじゃないかな」

「……いえ、それだけではないみたいです」


 早めに食事を終えた聖女は、席を立つと足早に店を出た。

 その歩みはなかなかに早く、クルタたちも小走りになって後を追う。

 マスターの話によれば、街にはクルタたちの他にも冒険者が配備されているとのことなのだが。

 そうだとしても、聖女を見失えば大変なことになってしまう。

 クルタたちは少しばかり緊張しながら、人ごみをかき分けていく。


「どこに向かってるんだ?」

「この方向にあるのは……教会ですね」

「なるほど、ここの教会と連携してさっそく行動を起こそうってわけか」


 ファムの行動にそれとなくあたりをつけた三人。

 そしてその予想通り、ファムは教会に辿り着くとその中へと入っていった。


「俺たちも入るしかないな。目立つなよ」

「分かってるって」

「戦友の墓参りに来た、という体でいきましょう」

「……とっさによくそんなシチュエーションが思いつくよな」


 半ば呆れつつも、ロウガとクルタはニノの言ったイメージに従った。

 冒険者が教会を訪れる理由として、一番自然だったからである。

 彼らは肩をすくめてそれとなく重苦しい雰囲気を出しながら、教会の中へと入っていく。

 すると――。


「そろそろ、詳しいお話をお聞かせ願いましょうか。クメール」

 

 聖女の象徴ともされる聖杖。

 その先端をクメールの喉元に突き付け、凄惨な笑みを浮かべるファムの姿であった。


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