十話 水路に潜むもの
「ふぅ……」
シスターさんを先頭に、水路脇の通路を進んでいく俺たち四人。
石組で出来たトンネルの中は非常に暗く、湿ったぬるい空気で満ち溢れていた。
おまけに、下水から立ち上る臭気がなかなかに強い。
サンクテェールの効果で瘴気や毒素は防いでいるが、それでもかなり過酷な環境だ。
「さすがに参りますね……」
立ち止まり、額に浮いた汗をぬぐうシスターさん。
その息は荒く、ひどく疲れた様子である。
地下水路に入ってから、そろそろ半日ほどにはなるだろうか。
たまに休憩を取っているとはいえ、疲労がたまってくる頃だ。
蝙蝠やネズミといった小物とはいえ、魔物との戦闘も既に何回かあったしな。
「大丈夫か? 顔色が良くないぜ」
「ちょっと、疲れてきちゃいました……」
「ここから先は、私が先導しましょう。ランプと地図を貸してください」
そう言って、シスターさんから荷物を預かるニノさん。
さすがはBランク冒険者というべきであろうか。
シスターさんよりもさらに小柄で華奢な体格をしているにもかかわらず、彼女の顔には余裕があった。
しかし、女の子ばかりに荷物を持たせるのはさすがに気が引ける。
「俺も、少し持ちましょうか?」
「結構です。私は鍛えていますから」
「いや、でも……」
「あなたは聖域の維持に全力を注いでください。瘴気がだんだんと濃くなってきていますから」
やれやれ、取り付く島もないな……。
けど、言っていることはごもっともだ。
地下水路を進むにつれて、少しずつではあるが瘴気の濃度は増している。
即座に身体を害するレベルではないが、聖域の維持は生命線だ。
「赤い印が書いてある場所へ行けばいいんですね?」
「はい。そこが地下水路の最深部と言われています。ただそこまでかなり距離があるので、途中で野営するのがいいでしょうね」
「そろそろ、外は暗くなってくる頃だしなぁ」
懐中時計を取り出し、つぶやくロウガさん。
ここからさらに歩くこと三十分ほど。
急に通路が広くなり、一気に視界が開けた。
どうやらここは、町中の下水が合流するポイントのようだ。
地底湖のような広々とした空間に、俺たちはたまらず息を呑む。
「広いなぁ!」
「ちょうどいいですね。今日はここで休むとしましょう」
「はい! 私、そろそろ足が限界で……」
「む……! 何かいますよ、気をつけて!」
わずかながら周囲に妙な気配を感じた。
これは、ネズミや蝙蝠といった小動物の類ではないな。
俺は皆に警戒を促すと、即座に剣を抜いて構えを取る。
「きたっ!」
「ちっ、下からかよ!」
下水からいきなりグールが五体も飛び出してきた。
俺たちがここを通りがかるまで、水底に姿を隠していたようだ。
まったく、厄介なことを!
俺はグールの頭を切り飛ばすと、即座に蹴りを入れた。
クリーンヒット。
腹に強烈な一発を貰ったグールは、そのままバランスを崩して下水に落ちていく。
「おらあぁ!!」
雄叫びとともに、ロウガさんのシールドバッシュが炸裂した。
残っていたグールのうち、三体がまとめて吹っ飛ばされる。
おお、すっげーパワー!
ベシャリと壁に叩きつけられたグールは、そのまま下水に落ちて動かなくなった。
続いて、ニノさんが黒い短剣のような武器で残っていたグールの首を切り飛ばす。
「ほっ……! 皆さん、お怪我はありませんでしたか?」
「ああ、ジークのおかげで無事だ。警告してくれてありがとな」
「……一応感謝しておきましょう。忍の私よりも早く気付くとはさすがです」
ぶっきらぼうな物言いながらも、軽く頭を下げるニノさん。
忍びと言うと、確か隠密行動を得意とする東方の戦士だったか。
名前は聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだな。
髪も黒いし、もしかするとニノさんには東方の血が流れているのかもしれない。
「このぐらい、大したことないですよ。気配察知は基本ですからね」
「そうか? 見えないところにいる敵を感じ取るのは、かなり難しいと思うが」
「高等技術だと思います」
きっぱりした口調で言い切るニノさん。
あれ、そうなのか?
剣士ならば目を閉じていても戦えるのが基本だって、姉さんは言ってたけど。
「しかし……ちょっと変ですね」
「ん?」
「教会の仕事をしていると、アンデッドを討伐することも多いのですが……。こんな待ち伏せみたいなことをされたのは初めてです」
倒れたグールたちを見ながら、シスターさんは首を傾げた。
そのまま彼女は顎に手を押し当てながら、考え込むように唸る。
「グールという種族は、基本的に知能が極めて低いです。ないと言ってしまってもいいかもしれません。基本的に彼らのすることと言えば、そこら辺を歩いて目についたものを捕食するだけ。獲物を待ち伏せして一斉に襲い掛かるなんて高度なこと、できないはずなんですよ」
「なるほどな。そりゃ確かに気になる」
「見たところ、他のグールと同じようですが……?」
その場にしゃがみ込み、グールの顔を覗き込むニノさん。
するとその背後にある下水の水面が、にわかに波打った。
――ゆらり。
巨大な黒い影が、濁った水底に映る。
「危ないっ!!」
「へっ!?」
俺はとっさに、ニノさんの身体を後ろへ突き飛ばした。
それとほぼ同時に、水面が割れて巨大な骨格が姿を現す。
おいおい、どうして地下水路にこんなものがいるんだ……?
捻じれて天を衝く角、肉を裂き骨を砕く牙、岩をも粉砕する爪。
この怪物は――
「ドラゴンゾンビ……!!」
俺たち四人は、一斉にその名を叫ぶのだった。
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