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一話 こうして俺は家を出た

「また一撃か……」


 日課となっている練習試合。

 いつものように俺を叩きのめしたライザ姉さんは、心底うんざりした様子でため息をついた。

 

「ノア。お前が剣術の鍛錬を始めてから、もう何年になる?」

「……三年になります」

「それだけの間、私に師事しながらどうしてそこまで弱いのだ? もはや、才能がないことが才能だな」

「うっ……! 俺だって努力はしてる……」

「言い訳するな!」


 ――ガンッ!

 容赦のない蹴りが俺の脇腹に炸裂した。

 たまらず腹を抱えた俺に、姉さんはますます声を大きくして怒鳴る。


「口ばかり達者になりおって。お前は根性が足りないから弱いんだ!」

「根性根性って、ライザ姉さんはいつもそれだ! 何を聞いても『根性で何とかしろ』だろう! それじゃ、何をどうすればいいかわからないよ!」

「お前、剣聖である私の指導にケチをつける気か!」


 ――ガンッ、ガンッ!!

 再び蹴りを入れてくるライザ姉さん。

 もはや、単に苛立ちをぶつけてきているとしか思えなかった。

 

「もういい、やはり無能なお前に剣は無理だ。潔く諦めることだな」

「姉さん! 俺は……!」

「しつこい! 忙しい私が直々に時間を割いてやったのだ、それだけでもありがたいと思え!」


 俺の手を払いのけると、ライザ姉さんはそのまま歩き去ってしまった。

 取り残された形となった俺は、ひとり呆然と立ち尽くす。

 前はここまでひどくはなかったんだけどな……。

 少なくとも、蹴飛ばしてくるようなことはなかった。

 何時まで経っても上達しない俺に、ライザ姉さんもいよいよいら立っているのだろうか。

 それにしたって、暴力は勘弁してほしいけど。


「あんた、またライザ姉さんを怒らせたの?」

「シエル姉さん……」


 いつの間にか、シエル姉さんが俺の後ろに立っていた。

 彼女は愛用の杖にもたれかかると、愉しげな笑みを浮かべて言う。


「剣術は潔く諦めて、魔術師にでもなったら?」

「俺に魔術の才能はないって、シエル姉さん自身が前に言っただろう?」

「ああ、そうだっけ。すっかり忘れてたわ、ごめんなさいね!」


 ……明らかにわざとだ!

 口では謝っているものの、目が完全に笑っていた。


「しかし、あんたって何をやらせてもダメよね。逆にできることって何かあったかしら?」

「それは…………」

「即答できる取柄もないの? まったく、無能にも困ったもんだわ」


 ふーっと息を吐くと、シエル姉さんはやれやれと両手を上げた。

 そして改めて俺の顔を見ると、思い切り見下した様子で言う。


「いい? 本来ならあんたは、この家にいられるような人間じゃないの。元はと言えば、身寄りがなかったあんたを父さんが引き取っただけなんだからね。それを今でも置いてやってるのは、私たち姉妹の心がとーーーーっても広いからなのよ。そのこと、胸に刻みつけておきなさい!」

「…………わかったよ」

「ふぅん、今日はやけに聞き分けがいいじゃない。理解したなら、せいぜい私たちの役に立つような特技でも――」

「俺、この家を出るよ」


 ここまで言われては、さすがの俺も黙ってはいられなかった。

 我慢の限界と言うやつである。

 それに、俺だってもう十五歳。

 大人として独り立ちしてもいい頃合いだ。

 いつまでも姉さんたちの世話になり続けるわけにも行かないし、この際だからちょうどいい。


「ちょっと待って。あんた、それ本気で言ってるの?」

「ああ。明日までに荷物をまとめとくよ」

「嘘でしょ? 冗談にしても笑えないわよ!」


 俺の本気を察したのか、シエル姉さんの顔が変わった。

 完全に予想外の展開だったらしく、本気で焦っているのがわかる。

 いつもは余裕たっぷりな彼女の口調が、ひどく平坦だった。


「ライザ姉さんにも伝えておいて。俺が直接言うと、引き止めてくるだろうし」

「止めて当然よ! だいたいあんた、この家を出てどうやって生きてくつもり? そうそう簡単に働き口なんて見つからないわよ?」

「冒険者になろうと思う。ギルドなら常に人を募集しているから」


 冒険者という単語が出た瞬間、シエル姉さんの眼が大きく見開かれた。

 彼女は俺との距離を詰めると、全力で首を横に振る。


「ダメ、そんなのダメ! 冒険者って言ったら、魔物退治やら護衛やら危ない仕事ばっかりじゃない! あんたみたいな不器用なやつ、生き残れないわよ!」

「大丈夫だって! きちんと身の丈に合った仕事をこなしていくから。無理はしないよ」

「でもねぇ……!」


 言葉を詰まらせるシエル姉さん。

 この世界にとって、冒険者と言うのは必要不可欠な職業である。

 騎士団や軍の手が届かない部分をカバーしてくれる、非常にありがたい存在なのだ。

 そのためシエル姉さんも、俺が冒険者になることを真正面からは否定できないらしい。


「とにかく、俺はこの家を出るから。もう決めたんだ」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい! せめて姉弟みんなで一度、話し合ってからにしましょ! ちょうど月末に全員が揃うんだから。その時まで待ってよ、ね?」

「断る。だって、アエリア姉さんがいたら言いくるめられそうだし」


 大陸屈指の大商会を経営するアエリア姉さん。

 姉弟で最も交渉に長けた彼女が出張ってくると、言い負かされてしまう可能性が高かった。

 俺もそこそこ口は達者な方だが、アエリア姉さんにだけは勝てたためしがない。


「むぐぐ……! どうしてそんなにこの家を出たいのよ……! まさかあんた、どこかに女がいるとかじゃないでしょうね!?」

「何でそうなるんだよ! だいたい、外出するときはいつも姉さんたちが一緒じゃないか!」


 一人でどこか行こうとすると、必ず姉さんたちのうち誰かがついてくるんだよな。

 おかげでここ五年ほど、一人で外出した記憶がない。

 こんな状況で女なんて作れるわけなかった。

 しかし、シエル姉さんはそれでも納得がいかないのか渋い顔をしている。


「でも、こっそり文通したりとか……」

「あー、もう! とにかく俺はこの家を出る! このままずっと家にいたら、何もできないダメ人間になっちゃう気がするし!」

「待って、待ちなさいって!! ノアーー!!」


 必死に止めようとするシエル姉さん。

 俺は彼女の手を振りほどくと、そのまま荷物をまとめて屋敷を出るのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃまああんな酷いことされたら出ていきたくなりますね。
[気になる点] 後から厳しくあたる理由が分かるけど、シエルのは違うんじゃない?本来は家にいられるような人間じゃないとか、家においてやってるとか厳しく育てるっていうのとはまた違うと思う
[気になる点] ほんとに決別するつもりなら、1人になったところでこっそり出ていって、置き手紙でも置いておいたらいいんじゃないの? あえて姉の1人に宣言するのって、本当は引き止めて欲しい心の現れだと思う…
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