第7話 ククの胸に灯る炎
◇◇◇
「と、いうかこれからどうしますか?」
だだ広い不毛の大地に緑色のマントを着た壮年の男と質素な身なりの青年。
「本来の目的は叛乱軍の鎮圧だったんだがな。まあこんな事態だし放っておいたらいいだろ!いまは一刻でも早く本国へ戻って情報を共有しないといけないからな」
「でもどうやって帰ります?リューデリア軍港は使えないですし、近隣の港は外国のものですよ。テレポートで行くには距離が遠すぎます」
青年の憂いとは反して、壮年男の声はいつもと変わらない快活さだった。
「はっはっは、甘い、甘いぞユーリよ。帰る方法ならまだあるじゃないか!」
「……と、いうと?」
あぁ……。彼の語気に、青年は彼が名をしたいのかを察する。
「それはな……」
「……それは?」
突然に、大地が揺らいだように感じた。
壮年男が走り出す。後ろにはただ土煙。
「ーー俺らには足があるだろぉぉぉぉぉぉおおおおお」
「はぁ……。やっぱり……」
青年はやれやれというように頭を抱えた。
「じゃあ我々は行きますね」
ふうと嘆息して隣にいるローブの人物に、彼は言った。
「イエ、ワタシモツイテ行キマス。レアル様ヲマモレトアノ人ニ言ワレテマスノデ。……ソレニ少シ嫌ナ予感モシマス」
「……そうですか。じゃあよろしくお願いします」
『天使の羽』
青年は後を追った。ただしこちらは土煙を立てずに軽々と。
小さくなりゆく姿を見届けてから、ローブの人物はおもむろに北の方に顔を向ける。
南半球では北の空を横切る太陽は、まだ高くあって荒野の大地を焼き付ける。
「……ナンダ、ナニガ起キテイルノカ。アノ山ノ向コウデハ……」
クローナによって聴覚を強化されたその耳には聞こえていた。微かにだが、聞こえている。
「コノ怨嗟ノ声。アノ人ハ気付イテイルノダロウカ」そっと呟く。「ドチラニセヨ、私ハレアル様ヲ無事ニ送リ届ケナケレバ」
そっと腰に提げたスティレットを取って前に向ける。そしてゆっくりと、刃先で十字を描くように動かした。
切っ先からは空間が裂かれたような禍々しさが垣間見える。そしてその歪みは円状に広がって大きくなる。ローブの人物はその中へ歩んでいった。
『……シャーロム』
そう唱えると、歪みは徐々に小さくなって消えた。
ただ機械の残骸の残る荒野だけが残る。
そっと、乾いた風が吹いた。
◇◇◇
「ーー第七中隊クラウディウスより入電!敵と思わしき者と交戦中とのことです」
侵攻軍旗艦ヴァルクの艦橋。宣戦布告直後ではあるものの、ここまで一切の反撃もなく余裕に満ちていた談笑を遮ったのはオペレーターの緊迫した声。
「第七中隊……上陸地点に残した部隊だな。詳細を」
「敵はドラゴンが多数と歩兵二名。両方とも剣使いだそうです」
「……ドラゴンが多数?自然界のものじゃないな、近くに召喚士でもいるのか」
「しっかし航空戦艦相手に剣だって?それに二人?やれやれ、とんだ自殺志願者じゃねえか」
誰かが失笑した。他の者もつられて笑う。
「……で、状況はどうなんだ」
あまり余裕そうでない表情をするオペレーターにククはただ冷静な声で問うた。その声に笑いが止む。
「敵兵一名によりこちら側の自律歩兵が一機大破。それに魔力結界が破られたようです」
オペレーターは恐る恐る言った。
その言葉に、司令室の秒針が止まる。
「馬鹿なッ!剣で⁉︎この二日間我々の発見すら出来なかった奴らぞ⁉︎」
数秒、いや数瞬の空白だった。その空白でその場にいた全員が理解した。
ーーこれはもしかすると、思っている以上に楽観できないのではないか。
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてククは頭を掻く。
現状本国からの補給は全てあそこを通らなければならない。あの場所が敵勢力化に置かれられれば、補給が止まる。その場合はアレを使うしかないのだが……。
「第七中隊全艦を向かわせろ!あの場所はできるだけ死守しなければならない」
それと、と一呼吸おいてククは言う。
「少し席を外す。何かあったら些細なことでも連絡を入れてくれ」
部下たちは、またかというように笑って承知した。
「……さて、どうしたものか」
誰もいない廊下の壁に背を預けてククは呟いた。
なんの前触れもなく現れた二人の歩兵と大量の魔物。
魔力結界の破壊はともかくとして、自律歩兵を大破させるほどの強者がこれほどすぐ送られるとは……この星の防衛力はどれほど高度なのか?
ーーいや、違う。彼らは少なくともどこかの軍で送られたのではない。もしそのつもりなら送られる兵員はもっと多い筈だ。
しかしそれは問題ではない。少なからず反撃は予想していた。しかしほぼ単騎で自立歩兵とやりあえる者がまだいるのならばこれからの戦いは厳しいものになるだろう。たった一個艦隊しか寄越さなかった本国が恨めしい。だが我が軍がどれほど腐敗していようが、敵戦力ぐらいは把握してから攻撃するだろう。上層部は舐めてかかっているのか?
否。これは、
「これはもしかすると、もしかしなくとも……か」
ここで死ねと、そう言うことかもしれない。
「『呪われた一族』ねえ……。まったく、馬鹿馬鹿しい」
いや、それは少し早計かもしれない。
だが仮に本国にそういう意図が有れば、補給なんて十分にやってくれるとは思えない。
それでもなお、あの場所を確保しておく理由は……。
「いや、自分は軍人……。命令には、従わなくては……しかし……」
その独白は、無機質な壁に消えて、誰も聞くものはいない。
ククは、軍服の胸ポケットの端末が震えているのに気付いた。そっと取ると、エーレン中尉の姿がホログラムに映り、いつものような優しげな声がした。
しかしながら、伝えられる現状は芳しくない。
『クラウディウスとの通信が途絶しました。それと、第七中隊のアイプ少尉より至急の用が』
やはりか。覚悟はしていたが……。
「了解。今すぐ司令室に戻るよ。それと、第七中隊の他の艦の居場所は」
『第七中隊各艦はもうまもなく交戦場所と思われる位置の近くで合流済みです。少尉からはその用件で』
「とりあえず、無理のない範囲で例の兵士を探すように言っておいてくれ」
『分かりました。……っていうか少佐どこにいるんですか?早く戻ってきてください』
「うーん、艦尾から砂漠が見えるなー」
ポリゴンに映し出される副官はジト目で向く。
『呆れた。こんな時になにしてるんですか。ほら、早く戻ってこないと帰還後のパーティーは少佐の奢りになりますよ』
「俺は上官のはずなんだけどなぁ……ははは。急ぐよ。それと、他の中隊長とも繋いでおいてくれるか?」
ククの心の中では、密かに覚悟が決まる。
こんな部下たちが、自分のせいで、自分の出自のせいで巻き込まれるのは嫌だ。
自分は彼らを守らなければならない。よどんだ権力と理不尽の剣から。
「これより、全艦、北へ向かう」
◇◇◇
「……ひ、ひとまず彼女を医務室に運べ!それとレアルとの連絡を!」
フュリオの慌てた声。それに呼応して数人の冒険者が彼女を運んでいく。
どうせ返ってくる答えには期待していないのだが、俺は彼女に聞かざるをえなかった。
「なぁサヤカ、これは一体どういうことなんだ?」
「……どういうこと、って言われてもさっぱりだねー」
ーーやっぱり……。
サヤカは笑って言った。いつもと変わらないような顔で。それ故にどこか不自然でもあるような気がする。
例えば、何か俺に秘密を隠している、とか。
「……そうか。そうだよな。ところでさ、あの人倒れる前にまずいことになったって言ったよな。……なにがあっ……?」
ーー突然、部屋の扉が勢いよく開けられる。
入ってきたのは若い男だ。ギルドの職員だろうか、きちっとスーツを着こなす様は堅苦しそうでもある。
絶対に動くのには向かないだろう。そんな服装で走ってきた彼は手を膝に中腰の姿勢でぜえぜえ荒い息を吐く。
「おい、何かあったのか!」
ようやく少し息に整ってきた男は短く、しかし本人はその事実を信じ切れないかのようにゆっくりと言う。
「南の、ヴァレンシア帝国より、救援の知らせ。クリスマ運河が奪われた。友邦よ、奪還に協力してほしい、だそうです」
部屋にいた俺以外、表情に多少の差あれど皆驚愕に満ちた顔をしていた。
byN