第3話 二人のEXジョブ
「準備よし……っと。じゃあ、始めるとしますか!」
ラッドルカ国首都、ギルドの一角のその厨房で俺はエプロンに袖を通す。
さあ、異世界での初料理といこうじゃないか!
――時は少し遡る。
冒険者に研究員、国の高官やレストランの職員まで、毎日多くの人々が出入りするこのギルドは、いつにも増して活気づいていた。
「え?写真ですかー?いいですけどー」
隣で絶句しているサヤカを尻目に俺は向けられるフラッシュに目線を向ける。突然のカメラを向けられても、もちろん笑顔とピースは忘れない。若手有名シェフとして少なからず注目を浴びていた俺だ。このくらいはもはや身体に刻み込まれた動きと言っても過言ではないのだ。
「にーちゃん俺にも撮らせてくれよー」
「こっちも向いてくださいー!」
一体どうしてこんなことになっているのだろうか。大方予想はついているのだが……。
「なぁサヤカ、ランクEXってそんなに凄いのか……?さっき八人目って聞こえた気がするんだけど……」
「……えっ、あっ、うん。ランクEX?Sのさらに上のランクさ。すごいなんてもんじゃないよ!驚きすぎて心臓止まるかと思ったじゃないか!」
大袈裟に彼女は言う。
こんな感じの展開は何かの小説で読んだ気がする。いや、心当たりが多すぎて思い出せないや。それにしても異世界に転移させられて最強ランクとか、王道展開もここまで来ると逆に清々しい。
そうしてフラッシュと黄色い声に囲まれていると、突然に優しいアルトが響いた。
「皆様、お静かに」
それはさして大きな声でもなかったのだが、よく通る声だった。うるさかったフロアが静まる。
スラリとした長身にスーツを着こなした、いかにも仕事のできそうな女性が歩いてきた。
「ギルド新人担当のキルと申します。少しこちらに来てもらえますか?」
それから、クリアとサヤカは控え室のような部屋に通された。
「ちょっと『用事』を済ませてきますので、少し待っていてください」
俺はやけに沈み込みの深いソファーに腰かけた。
「そういえば、あのキルっていう人、耳がとがってなかったか?あれってもしかして……?」
「あの人は多分、白エルフ族だね。美人が多いからギルドでは受付などによく見る種族なんだよ」
そう応えるサヤカは、まるで我が家にいるかのようにソファーに寝転がって、んーっと伸びをしている。
無理もない。こんなふかふかなソファーは見たことがないくらいに心地よい。
俺も背もたれに身体を預けてみる。
よくよく部屋を見回してみると、外観とは裏腹に内部がいかに豪華に作られたかが見て取れる。細かく装飾された柱、高級感のあるアンティークな書棚。そして猫足のように装飾された、このふかふかソファー。上を見上げればなんとか調とかいうのだろうか、これまた立派で豪勢な天井画が施されている。小さな部屋ですらこんな感じなのだから、大きな部屋はもっと凄いのだろう。現代風の設備のせいで気に留めなかったが、そういえばあのフロアもかなり重厚な造りだったような気がする。
「……それはそうと、俺の【シェフ】ってのはどんなジョブなんだ?」
「文字通り料理がメインのジョブだねー。レストランの人とかは大抵その下位のジョブを持ってるよー。もっとも、君の場合は多分仕組まれてたんだろうけどね」
「あーくそっ。思い出すだけで腹が立つぜあの角メガネかけた赤なんとかいうフライパン開発責任者め……」
そんな会話をしていると、ドアがコンコン、とノックされてキルが入ってくる。それをみてサヤカはおもむろに起き上がって、また一伸び。いや、いくらなんでもくつろぎすぎだろ。こいつには遠慮というものがないのだろうか。
そんなサヤカにも動じる様子もなく、キルはテーブルをはさんだ向かいに座る。
「ランクEXだなんて、私はギルドマスター以外に見るのは初めてですよ」
「ギルドの職員でもですか?」
「ランクEXへの昇級の条件は謎が多いんだよー。ギルドマスターのレアルさんだってある日突然なっていたんだとか」
キルもうんうんと同調する。
「レアルさんってさっきも出てきてたよな……一体何者なんだ?」
それに真っ先に答えたのはキルだ。
「彼はこの国のギルドマスターをしています。この国の名家の生まれで、幼いときから剣術や体術などの稽古に励んでいたそうですよ。今は南方大陸の植民地に、叛乱軍の討伐に行っております」
……植民地とは、いかにもヨーロッパといった感じだ。
「ところでクリアさん、ランクEX【シェフ】の実力を試してみませんか?ギルドの充実した厨房をご用意いたしますよ。もちろん話は通してあります」
「おっ、いいじゃーんクリア。やってみれば?」
「用事ってこれの事だったんですね……。ってあなたまで俺をそう呼ぶんですか……」
少し不満は残るが、料理させてもらえるなんて願ってもいない幸運だ。この天才料理人の腕が鳴るぜ!
――そして今に至る。
目の前にはお米――どうやら熱帯地方で育つインディカ米のようだ。どこから運んできたのだろう――、ネギ、溶き卵、そして塩コショウなど調味料類がある。
まず初めに、ネギを包丁でみじん切りにしてフライパンで炒める。
ネギがしんなりしたタイミングで溶き卵を投入。火が通ったら今度はごはんを入れて強火で炒めていく。炒める時にはフライパンを前後に揺らして米をひっくり返していく。世に言うフライパン返し。こうすることでフライパンからの熱がどの米にも均等に伝わり、うまい炒飯ができるのだ。決して格好つけるためだけにやっている訳ではない。
ご飯がパラパラとしてきたところで、調味料を入れて味をなじませ、火から下ろす。これで完成だ。
手順自体は簡単だが、それ故に腕の差が顕著に現れるものだ。調味料が心配だったが、どうやら杞憂に終わったらしい。ここが欧米なら希少と思われた胡椒などの香辛料まで充実していた。
「さて、できましたよー」
左手にサヤカの分、右手にキルの分の皿を持ってテーブルへ向かおうとしたその時だった。
「――――あれは何!?」
窓の外を見ると、空が輝いていた。いや、正確に言えば光の柱が地平線の遥か彼方の方に並んでいて、それが日の光をも退けて全天を照らしていた。
「異世界ではこんなことが日常茶飯事なのだろうか…………ってわぁぁぁああぁ!?!?」
光の柱が見えてから十数秒後、 突如窓ガラスが割れた。ガラスを割った犯人はまだ飽きたりぬようで、強い衝撃とともに建物の中を吹き荒れる。俺は弾みで手に持っていた皿を落としてしまった。
風が遠くへ行った。そして静寂が訪れた。
「…………一体、なんだったんでしょうか」
静まり返って最初に口を開いたのは、キルだった。
どうやら異世界だろうがイレギュラーな事だったらしい。
――――翌日の朝、謎の光が南方の大陸のラッドルカ植民地に複数落ちていたこと、昨日のあれはその衝撃波だったこと、そして南方大陸が正体不明の武力集団の襲撃を受けたことが報じられた。
◇◇◇
ラッドルカ領南方大陸西沿岸に位置し、ラッドルカ国最大級の軍港であるリューデリア軍港を擁するこの港町はいつも通りの午後を迎えていた。
付近を流れる寒流の影響で極端に雨の少ない砂漠。そして海にほど近い位置に千メートル級の山々がそびえ立っている。
鉱産資源に恵まれており、古くからラッドルカ植民地として栄えるその中心地に一人の冒険者が降り立つ。
「ふぁぁ……やっと着いたか、長い船旅は辛かった……。そして暑いッ!」
「いやいい加減そのマント脱ぎません?見てるこっちが暑いんですけど」
がっちりとした筋肉質な肉体に、これまた堅牢な作りをした金属製の鎧まで着て、その上に分厚い深緑色のマントを着けたこの男こそ、7人しかいないラッドルカ精鋭冒険者の一人で、ラッドルカ国ギルドマスターであり、世界最強の【突撃者】と呼ばれるレアルだった。
「私にこのマントを脱げと?ハッハッハ、無理な相談だ!このコートこそ戦士の一族の我がワーグナー家に代々伝わる家宝であり、私のこの剛健な身体を誇示する――」
「そのコートのせいでさっきまで気持ち悪い気持ち悪いって散々に船酔いしてたのをもう忘れたんですか?っていうかさっきからなんでキメ顔なんですかほらなんか滅茶苦茶変な目で見られてますよ恥ずかしいですやめてください」
先程からレアルの話し相手――というよりはただのツッコミ役――になっているのは、青い目をした少年だ。歳の頃二十にも満たないように見えるこの少年は、名をユーリという。姓は無い。道に捨てられてるのを幼い頃のレアルに拾われてから、少年時代はレアルの傍付きとして、レアルがギルドに加入してからはパーティーメンバーとしてレアルのそばにいた。
「……まったく、仕方ないですね。でも仮にも軍事大国ラッドルカのギルドマスターが戦う前に日射病で倒れたなんてことになったらシャレにならないですからね」
彼らに与えられた任務は、いくつかの街道の交わる交易都市ウィントンを根拠地とする叛乱軍を撃退することだった。
というのも、ラッドルカ国はその絶大な技術力をもって自律型二足歩行ロボットによる国土防衛と治安維持を実現させているが、砂漠と山岳の多いこの辺りは空間魔力量に乏しく、大量の魔力を動力源とするロボットは使い物にならない。そこで植民地の防衛にはしばしば冒険者が充てられていたのだが、現地の冒険者が当初想定されていた以上に苦戦していたためにギルドマスターである彼が直々に討伐に行くことになったのだ。
「日射病?ハッハッハ、私を誰だと思っているのかね?私は――」
「そういうのいいんでウィントンまでの移動の装備整えましょう」
二人は近くにあった店に入る。その彼方には急峻な山々が並んでいる。
「じゃあ手配めに山越えの装備ですね。地下階だそうです」
ラッドルカ本国ならどの建物にもほぼ必ず階層転移装置が備えられているが、この町にはあまり普及してない。二人は石造りの階段を靴で踏み鳴らして進む。
「随分とこじんまりとしているな」
「そんなもんじゃないですか?広くても探すのに手間取るだけですよ」
「お前はせっかちだなぁ……」
――その時、強い揺れを伴って轟音が鳴り響いた。それはまるでいつまでも続く雷鳴のようで、二人は何が起きたのか分からなかった。
一瞬遅れてその轟音の異質さに気づいたレアルが動く。
「《ヘビーシールド》!!!」
刹那、強い衝撃波とともに地下だったはずのその部屋は日の目を見た。
「一体なんだ!?ぐっ……魔力が少ない……!保つか……!?」
シールドの展開が危うくなってきた頃、ようやく衝撃がやんでいく。
轟音に潰された耳にはまだ違和感が残る。
「――――!」
地上に登った二人は息を飲んだ。何も無いのだ。文字通り、建物も、停泊していた船も、町そのものが。
ただ代わりにあったのは、辺りに散らばる建物の建材だった何かと、それを覆う砂。二人が地下に入っていなかったら、あるいはレアルの反応がもう少し遅ければ、二人は今頃あの瓦礫となんら変わらない姿をしていたことだろう。
やがて、耳の感覚も戻ってきた。風に舞っていた砂が目に入るのを擦り、ぼやけて見えなかった遠くを見ると、そこには――
「嘘だろ……山が……ない……?それになんだ……?あの黒いのは……」
先程までは圧倒的な存在感を放っていた山脈があったところには、目視でもわかるほどの窪みができていて、山があった名残すら分からない。
本来ならば山頂があったであろう方向の空には何やら古代魚よろしくといった形の黒い物体が、幾十ほど浮かんでいた。
「なにやら嫌な予感がする……。ユーリ、今すぐ出発だ。ウィントンまで急ぐぞ!」
by N