第33話 近衛エレクトロオプティカル社訪問1
VR研のメンバーは近衛家を出発すると、近衛エレクトロオプティクスにやってきた。この会社は相葉博嗣が昔勤務していた会社で、VR関連の研究はもちろんの事、人の脳で作られるイメージを外部に出力するなどの研究をしていて、その分野では世界の最先端を走っていた。
ここに着くまでの車の中で、直人の左には里香、右には柊子がそれぞれ座っていたが、それは車を降りてからも変わる事はなく、相変わらず直人の隣には柊子と里香がいた。柊子はずっと直人の右腕を取って抱き着き、その腕からは柔らかい感触が伝わってくる。本来ならば柊子の腕を振り払う所だが、その感触がまんざらではない事と、今回は柊子主体の懇親会だからという理由をつけて、直人はその腕を振り払わないままでいた。里香は柊子が直人と腕を組んでいる事が腹立たしかったが、その理由は想像できたので、何も言い出せずにいた。その一方で、直人は、左手で里香と手をつないでいたので、一見すると不格好な形で研究所内を回る事になった。
車が停まった研究施設の入口では、3人の社員が待っていて、そのうちの初老の小ぎれいな男がにこやかな顔で話し始める。
「みなさん、こんにちは、今日はこの近衛エレクトロオプティカル社によくお越しくださいました。今日、みなさんの案内をします、副所長の江藤と申します。今日はよろしくお願いします。」
江藤久志は深々くお辞儀をし、それに釣られてVR研のメンバーもお辞儀をする。
「こちらの二人は広報の鈴木と赤沢です。こう言う一般公開の見学というものは情報漏洩を防ぐために滅多にないので、今回のこの訪問を我が社の宣伝に使わせて頂きたいと思います。途中、見学の様子を写真で取らせて頂きますので、ご了承ください。」
その言葉に合わせて、スーツを来た女性二人が同時に会釈をした。
「皆さんは帝都高校のVR研究会という事で、今日はVR研究開発部と脳機能拡張研究開発部の方を中心に見ていただければと思います。いろいろ実際に開発された機器を触って体験していただく事ができるので、みなさん、楽しんで行ってください。では、まずはVR関連機器の開発課から紹介していきましょう。どうぞこちらへ・・・」
VR研メンバーは江藤に続き研究所内に入っていく。まず、セキュリティのブースがあり、江藤のカードキーによってゲートが開き、VR研メンバーは皆、エントランスから中に入る事ができた。
「まず一階は研究開発に必要なパーツの受注発注を管理している所で事務的な作業をするところですが、必要なパーツだけを作る専門職の方も、この階で働いています。」
壁はガラス張りで、中が見えるようになっていて、たくさんの段ボール箱がきれいにならんでいるのがわかる。その奥にはいろいろな工具が置いてあるのが見える。
「この建物はひとフロアがそのまま一つの部門になっていて、その部門の中でそれぞれ個別の課に分かれています。この近衛エレクトロオプティカル社では研究開発をメインに行っていて、製造のパイプライン関しては、親会社にあたる近衛エレクトロニクスが行っています。」
そう言うと江藤は白が基調の螺旋階段を登り始める。
「二階からはVR関連の研究施設になります。ここではより仮想世界が現実に思えるように、何が錯覚を起こす因子なのかを目や首の動き、そして瞬きの回数や目の渇きなどを測定しながら網羅的に解析してデータ化し、新しい製品の開発につなげようとしています。」
二階に上がると、眼鏡をかけてひょろっとした背の高い人物が立っていた。
「彼はVR研究開発部長の山岸です。」
山岸はVR研メンバーに向かって会釈をする。
「どうも、みんさん、今回はよろしく。このフロアからは江藤副所長ではなくて、私が説明していきます。みなさんはVR研究会所属という事で、ここではVRに関する開発用の機器がいっぱいあるので、みなさんにとってはとても面白いと思いますよ。早速、中へどうぞ・・・」
螺旋階段を上がった一行は山岸に続いて部屋の中に入った。その部屋は奥行のある仕切りのない部屋で、いくつも個別の机がずらりとならんでいる。その一つ一つには三面鏡のような三つのコンピューターディスプレイがついていて、そこに様々な映像と共に格子状の線のようなものが表示されている。そして、そのモニターからいくつかの接続されたケーブルがもう一つの小さなVR用モニターに接続されていた。
「このフロアでは、主にヴァーチャルリアリティだったり、ア-グメンティッドリアリティ(AR)の研究をしていて、このセクションでは、よりリアリティを追求するために、ゴーグルを使用した時に起こる人の視点のズレを補正する研究をしています。仮想空間は電子信号をプログラムで位置情報を定義する事で作られていますが、その人による空間認識は、その位置情報と自分のいる位置情報をリンクさせる事で起こっています。その空間認識と実際に感じる人の空間認識がずれるとVR酔いとなってしまうので、うちで解析された人の認識に関するメタデータと共に、その認識のポイントを映像と共に表示される格子の位置情報として把握し、人の視点の焦点と映像の焦点をAIによって補正する事を目的としています。」
宇津木はその光景に興奮している。
「例えば、視力は人によって異なるので、誰でも最初はVRを始める前にピントを合わせる必要がありますよね。そのピントが合っているかどうかは瞳孔の動きを見れば分かるので、それを使ってどんな人でも常に焦点が合うようなゴーグルを開発しています。VRもARも基本的に視野は無制限で、しかも、遠くの物や近くの物など、その都度視点も焦点も変わっていくので、その都度高度な補正が求められて、その補正が違和感なく行われると快適にVRやARが楽しめるという事です。」
デスクに座っていた社員が画面上にあるいくつかの格子にカーソルを当てると、その都度その位置情報が表示される。
「なるほど、そうすると多くの機能が必要で、ゴーグルが重くなりそうですけど・・・」
「その逆ですね。AI処理でデジタル情報だけが変化しているだけで、それはワイヤレスで行えるのと、補正に凸レンズを使わないので、その分軽くなります。」
宇津木は感動して、目を潤ませる。
「おぉぉぉ、素晴らしいぃぃぃ!!」
山岸はそれをみてニコリと微笑んだ。
「軽量化の観点からいけば・・・・ちょっとこちらへ来てください。」
山岸に先導されて、一行は部屋の奥へと進んでいく。
「あ、ちなみに、ここにあるのがVRを使用中に目の動きがどうなっているのかを図る機械です。余談ですが・・・」
山岸は部屋の右端のセクションに移動して、立ち止まる。
「そして、軽量化といえば、これが最終形態かなと思います。」
そう言うと、山岸はそこに置いてあった、マッチ箱のような小さな箱を取り出した。
「それが、ゴーグルなんですか?」
「ゴーグルは、見た目がイケてないじゃないですか。なので、これが完成したらいいなと思っているんです。これはですね、AR用のコンタクトレンズです。」
「おぉぉぉぉ」
皆いっせいに声を上げる。
「ちょっと試してみますか?」
眼鏡をかけている水田雫が真っ先に手を挙げた。
「私やってみたいです。コンタクトもたまにしますし・・・」
「そうですか。要領は本物のコンタクトレンズと同じです。質感もソフトコンタクトレンズと変わらないかと思います。」
水田は椅子に座り、AR用のコンタクトレンズを開け、付けてみた。すると、コンタクトが置いてある机の上に、茶色のクマのキャラクターが座っていた。
「すごいです。本当にここクマがいるみたい。」
そう言うと、水田は自分に見えているクマに手で触ろうとした。しかし、もちろん触る事はできない。
「これは強度を自由に変えるソフトマテリアルを使っているので、どんな視力の方でも装着して頂けます。」
「確かに、わたし結構、目が悪いんですけど、周りがよく見えます。」と言いながら、水田は辺りをキョロキョロする。
「そうでしょう。しかし、普通のコンタクトレンズは、その厚さを目のレンズに合わせて、視力の補正をするだけでARを作り出す事はできません。ARなどの像を現実にあるように見せるには、本来もう一つ、眼鏡のように目の前に一つレンズを作る必要があります。しかし、このコンタクトレンズはその概念を変えたんです。」
「ちょっといいですか?・・・コンタクトでは目の水晶体と密着しているから、コンタクト自体に焦点を合わせる事はできないですよね?」
「素晴らしい指摘です。さすが、日本一の高校の生徒なだけはありますね。そうなんです。カラーコンタクトの色を自分では見えないように、コンタクト自体に何か像があったとしても、人は見る事ができません。では、そもそも、見えるとはどういう事なのでしょうか?どなたか分かる方いますか?」
「なんか、本当に修学旅行みたいでいいですね。『見える』ですか・・・」
「見えるとは、外界の光の波が、目の水晶体で屈折する事によって、網膜に像を作り、その刺激を脳で読み取るという仕組みといった所ですか?」
「素晴らしい。その通りです。そして、ARに必要なのは、現実の情報はそのままで、そこには存在しない、キャラクターなどをあたかも、そこにいるように見せる事です。なので、例えば、クマのキャラクターを出現させたい場合、外界の何かに焦点を当てるのではなくて、コンタクトから直接光を発生させ、網膜にクマの像を作ってやれば、人にはそれがそこにいると認識される訳です。」
「おぉぉなるほど!!」
「すごく面白いですね。これって近々発売されたりするんですか?」
「今の所はまだ問題も多いので、発売する予定はないですね。」
「へぇ~面白いのに・・・・」
「ARの技術面では、像を作って何かを見る事は可能ですが、例えば、今回のクマがしゃべったりとか考えた場合、音が必要となります。しかし、音の情報は耳からくるので、今の所、そこにギャップが生まれてしまう所がかなり問題です。音も、光と同様に波なので、外側に反射させて、その跳ね返りを利用して聞くという方法があるのですが、まだ実験段階で実用化には至っていません。また、ソフトウェアに関しては、まだまだ、コンテンツが少ないので、それ専用のチームがあるのですが、その規模を大きくすることが今後の目標でしょうか。」
「確かに商業ベースに乗せることが、やはり企業と高校生レベルの違いでしょうか。私たちの場合は、これ見て面白いでしょ?で終わっちゃうもの。」
「そうだね。将来に役立てばとは思うけど、製造、販売とか考えないよね。」
その言葉に反応して、山岸の眼鏡がキラリと光る。
「私が言うのも何ですが、何かを作ろうと発想する事が一番大事だと思います。最初のゼロからイチを作り出すのが、一番大切なプロセスなので、VR研でやっている事はとても大切な事だと思いますよ。そのコピーを作るのはお金さえかければできる事なのですから・・・」
その山岸の言葉に妙に皆納得し、少し興奮して皆顔を赤らめた。
「さて、ここはこんな所です。では上に行ってみましょうか・・・・」
一行は山岸に連れられて、次の場所へと移動する....
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