第30話 嘘の中の真実
白川は警察へ連れて行かれ、長い事情聴取を受けた。白川にとっては身に覚えのない事ばかりだったので、ほとんどの案件については否認をし、事件は解明されているのに罪状起訴まで持って行くには難しい状況となっていた。そこで持ち出されたのが、この時代最高の嘘発見器だった。表層の筋肉の動きから導きだされるデータの解析はもちろん、身体の体温、脳の活動、血流のデータも全て解析し、より正確な診断結果を提供していた。
「新島、白川智美の診断結果はどうだったよ?」
「そうですね、嘘発見器の判定では虚偽の発言はしていないと出るんですよね。実際ここまで状況証拠がそろっていているのに、おかしいですよね。本当にその事柄を忘れない限り、あのようなデータは出ないんですけど・・・」
「そうか・・・まぁこの時代になっても、まだ嘘を見抜くのは難しいってこったろ。特に女の嘘は。機械を信用してないわけじゃないけど、機械の出した答えが絶対ってわけでもないし・・・しかも真偽は確率ででるんだろう?もし99%本当の事を言っているとしても、1%は嘘を言っている可能性もあるわけだし、その日の体調で、その数字が3%になるかもしれない。それにさぁ、俺らがこうやって話していても、その話が100%本当の事ってわけでもないだろ。例えば皮肉とかさ・・・それも少数のパーセンテージには影響を与えそうだよね。白川じゃないけど、被疑者側にはなりたくないもんだ。」
「本末転倒ですけど、確かに耕三さんに嘘発見器をつけたら、本当の事は全て嘘に判定されそうですよね。」
新島は歯を出して笑った。
「お前それどう言う意味だよ。」
「僕は本当のような嘘を言いました。さて、これは本当でしょうか、嘘でしょうか。」
「まったくからかいやがって・・・お前は分析官なんだからもっと機械を擁護しろよな。所で、相葉直人のAI診断はどうだったんだ?あの時も本当と嘘が入り混じっていたような気がしたけど・・・」
「まさにそうですね。AIの判断は概ねポジティブなものでしたけど、感情的になった所は須藤里香の話が始まってからと、彼の家族の事に関しての事でしたね。その二つの因子の値が大きく出過ぎて全体のノイズが比較的高くなり、微妙なシグナルは隠されちゃったんですよね。まぁそれが嘘であったとしても、大した嘘ではないので、彼は本当の事を言っていたと思いますよ。」
「なんか説明がまどろっこしくて、結局、相葉直人が本当の事を言っていたのかどうか分かり辛いじゃないかよ。」
「あ、そうですよね。すみません。」
「あいつは天才科学者、相葉博嗣の息子なんだよな。そりゃ頭がいい訳だ。そして一家惨殺か・・・」
「事件の事覚えていたりしないんですか?」
「7年前の相葉博嗣の殺人事件は少しだけ覚えてるよ。担当はしなかったが、新聞にはでかでかと載っていたしな。俺はその後すぐに起こった文部科学省の賄賂の事件に駆り出されて、それどころじゃなかったけど。」
「前、相葉直人と話していた時に、捜査されないのは上層部のせいだと言っていましたけど、当時の指示とかってどうだったんですか?」
「確か文部科学省の件は・・・田中宗次警視副長官が率先して指揮を執っていたよな。殺人事件の方はどうだったかな。文部科学省の件の方は、しょうもない賄賂事件なのに、大人数で大々的に捜査して、大々的に発表して、捜査してます!!って感じの仕上がりだったから覚えているけど、相葉家の方は誰がとかは記憶にないな・・・7年前はその文部科学省の件で手柄を立てた田中副長官が警視長官になり、AIも社会生活にどんどん導入されるようになって、俺も丁度、警察に入ってから20年目だったし、なんか激動の年だったな・・・」
「文部科学省の件が大々的だったという事は、相葉家の事件は捜査するなと御触れがでたんじゃなくて、単純に人がいなくて捜査されなかったって事ですか?」
「それはなかったと思う。少数だが、事件にあたっていた人はいたはずで、捜査は継続されていたはずだ。」
「だけど、あの調書を見る限り、大した進展してなかったですし、捜査されていなかったように見えますが....」
「そうだよな。本当にあの事件を解決したいんだったら、誰か担当した奴を探す必要があるよな。」
「そうですね。」
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伊翠と新島は、株価操作疑惑の件に関しては一応の解決をみたので、白川の尋問の件は他に任せて、相葉家の殺人事件を極秘に調査し始めた。そして、伊翠は昔の伝手を辿って昔の上司である多部雅彦の家を訪問する。多部はノンキャリアの警察官で、現場を重視する昔ながらのスタイルを基本とし、その正義に対する熱さから部下からの人望も厚かった。伊翠も捜査の心得など、基本的な刑事としての考え方は多部から学び、多部に少し心酔している所があった。多部は家庭も顧みずに仕事に没頭していた仕事人間ではあったが、AI導入から数年後、早期退職をして今は家族とゆっくり時間を過ごしている。
そんな多部に伊翠は今回の事件と共に、相葉家の殺人事件について聞いてみた。7年前は伊翠の上司ではなかったが、警視の一人で、ノンキャリアでは一番階級の高い地位にいた人物だった。
「・・・あぁ文部科学省の賄賂の時の前の一家殺人事件の事だね。よく覚えているよ。あの時は田中宗次警視副長官が警視庁官になるために、次の大きな事件が欲しくてうずうずしていて、あの事件が起こった時に真っ先に自分が指揮を執るように進言したんだよ。でもね、その数日後に起こった文部科学省の事件が起こってからは、警視長官だった黒岩長官が田中副長官に文部科学省の事件を担当するように促したんだよ。だから警視達の中でも、いろいろごちゃごちゃしててね。だからよく覚えているよ。」
「黒岩長官はなぜ田中副長官に文部科学省の件を担当させたんでしょうかね。」
「あれは単純な話さ。文部科学省の件は情報のリークから始まって、事件解決のめどが立っている。でも殺人事件は犯人を見つけなきゃだろ?確かに解決できれば、それに越した事はないが、解決しなければ、何年、何十年もかかるかもしれない。そういう所を黒岩長官はみていたんだろう。」
「なるほど。田中副長官は黒岩長官に可愛がられていたんですね。」
「まぁ東京帝都大の先輩、後輩の仲だから、黒岩長官としても田中副長官は使い勝手がよかったんだろう・・・」
「ところで、その後殺人事件の捜査はどうなったんですか?先ほども言ったように、調書もとても中途半端だったんですが・・・」
「あれの担当は黒岩警視長官じきじきの担当だったんだよ。黒岩長官は田中副長官の他にも、じきじきに動いてくれる駒たちがいてね。特別対策課っていうんだけど、それに任せていたはずだ。」
「特別対策課?聞いた事ないですね。」
「そりゃそうさ。その存在は警視以上の身分にならないと知る事ができないんだから。日本の諜報機関で警察庁、防衛省、外務省が内密に事をなしたい時に活動する課なんだから、一般に知られていなくて当然だ。」
「それが本当ならまた不思議な話ですね。一般の殺人事件にそんな諜報機関がでてくるんですから・・・で、その後の捜査についてはどうなったんですか?」
「その情報はこっちには回ってこなかったね。田中副長が長官になって、黒岩長官が警視監になって、そのまま事件の捜査が曖昧になった感じかな。」
「なるほど、だから調書もあんなに情報が少ないんですね。理解できました。」
「でもね・・・あの文部科学省の事件はあの一家惨殺の事件をもみ消すために引き起こされたって噂はあるんだよ。」
「それはどういう事ですか?」
「なんでも、殺人事件の犯人が誰かお偉いさんで、それを隠すために文部科学省のしょうもない賄賂の情報がリークされたって事らしんだけど・・・噂だけどね。」
「噂ですか・・・それは捜査するのは難しいですね。」
「それともう一つの噂は、亀山総一郎が思考型AIを販売する会社から援助を受けていて、文科省のリークを引き起こしたっていうもの。誰だって、亀山内閣が就任してからのAIの普及率を見れば、そういう噂はしたくなるものだよな。それが事実かどうか調べるのはかなり難しい事だけど・・・」
「そうですね。」
「もし、警察を変えたいのならば偉くなる事しかないが、事件を解決したいのであれば、どちらの噂にも関係している文科省の事件が、なぜ引き起こされたのかを考えるのが一番早いのかもな。」
「うーん。それはまた難しい捜査ですね・・・」
そう言いながら伊翠は感情的になっていた直人の顔を想い浮かべた。
彼の一生を変えてしまった家族の惨殺事件。その背景にはどうやら大きな組織が見え隠れする。個人では太刀打ちできないであろうこの事件。伊翠は直人と出会った事はある種の『運命』なのではないかと思えて来た。そして、自分がどうにかすべきなんじゃないかという使命感が生まれくる。
「ですが、一人取り残された被害者がいるので頑張ってみたいと思います。」
と言って不器用な顔をニコっとさせた。
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