第19話 救世主
里香の父親は早速、伊集院春彦に自分の娘が交際開始を受け入れる事に同意したという事を知らせた。
「お父様、それは素晴らしい事ですね。ではこれからお世話になる事ですし、約束のお金の方を送らせていただきます。」
一方、里香は自分の塞ぎこんだ気持ちが予想以上に重く、その日は高校の寮に帰る事にした。
帰りのバスの中、「それくらいの価値しかない」という継母の言葉が自分の頭から離れなかった。価値がない自分には何ができるのか...何をしてはいけないのか...
それは....波風をたてないで、相手を怒らせない事.....価値のある人の価値を損なわせない事.....直人に連絡を取る事自体も恐れ多いと感じられた。
これからは、また自分の本の世界に生きよう....あの価値が無くても存在していい世界。そこでくらいは自分が価値のある存在でありたい。もう、光り輝く人を見つめるのはやめよう。そして自分の影を見つめて生きていこう。私には、彼が眩しすぎる....
その後、須藤里香の行方は分からなくなる。
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直人は里香の異変にしばらくしてから気付く。
毎日連絡取り合っていたのに、実家に行くと言ってから連絡がない。おかしいと思ったが、実家でゆっくりしているのだろうと思い学校がある月曜日まで待ってみた。しかし学校にも来なかった。そしてその翌日も欠席だった。直人は茉由にも何か聞いているか聞いてみたが、知らないという事だった。
そこで、里香の足取りを調べるために、里香のメールを調べる事にした。
連絡を取り合っていたのは、自分と茉由と母親だけで、その内容も家に来るように依頼するだけのもので、目立った手がかりはなかった。しかし、明らかに実家にいった後に何かが起こっているように思われる。そこで、里香の実家に連絡をしてみることにした。
電話には父親がでる。
「すみません。初めての電話で失礼かと思いますが、里香さんと交際させて頂いています、相葉直人と申します。里香さんが学校に来ていない上に、連絡が取れないので、何かご存じなのではないかと思いご連絡させていただきました。何かご存じではないではないでしょうか。」
「君が里香の言っていた交際相手か...悪いが、これからは伊集院春彦くんと里香が交際を始めるという事なので、そのせいじゃないのかな?ただ君と関係を断ちたいだけだと思うが....」
直人は混乱した。伊集院春彦と交際?事情が全く呑み込めない。
「しかし、学校に行っていないのはおかしな話だ。こちらでも調べてみるが、こちらも伊集院君との交際に合意しているので、今後里香に近づくのはやめてくれたまえ。」
と言って里香の父親は電話を切った。
事態把握のために、直人は里香の父親のメールを急いで調べた。そして愕然とした。自分の愛する里香が伊集院春彦に売買されていた事を....それと同時に全身から怒りがこみ上げて来た。
「お前ぇーら、絶対ぇ許さねぇ!!!!」
直人は仮想モードに切り替えて、処理速度を速め、伊集院亭を特定。と同時に一番近いタクシーを手配し、最速で伊集院亭に着くように手配した。そしてやって来たタクシーにとび乗ると、さらに伊集院亭の情報を集める。
伊集院亭は日本式の畳を基本とした作りになっていて、一つ一つの家が隣あってできていた。その数は大小合わせると62戸にものぼる。その広大な敷地は上空から見ると、長方形の壁によって守られていた。風水を基に建てられているのか、全ての壁がそれぞれ東西南北に面していて、それぞれの方角には独特の庭が確認できる。一見しても、それは芸術性を求めていて、その結果セキュリティに関しては決して高くない。その後、セキュリティ会社の特定と防犯カメラの配置を確認し、コントロールを奪った。それにより、どこで誰がいるかを確認する。どうやら基本的なセキュリティの低さは仕様人の数で補っているようだ。しかし、それならば.....
直人は伊集院亭で使われている電気の電流源を調べ上げる。そして、その供給を伊集院亭に着く直前に止めた。その瞬間辺り一面が真っ暗になった。
この時代、蝋燭など常備している家は少なく、ましてや広大な屋敷では全ての部屋に火を灯すことなど不可能である。伊集院亭でも例外ではなく、暗闇の中で人々は右往左往し、電源確保の為に奔走し、懐中電灯の光が行きかう。この状況では誰かが混じっていても、気付かれることは少ない。
直人は簡単に伊集院亭に入ることができ、春彦の部屋へ直行した。
将棋やチェスと同じように、実質的に最初に動くのは下っ端の仕事で、王やキングは初動が遅い。電源確保に動くのは仕様人たちであって、大概、家の主人はいつもいるべき場所にいる。直人の行動はそれを見越した上での行動だった。
それに加え、アンドロイド2体をハッキングして先行させ、春彦の発見と確保を予めさせておいた。直人は春彦の部屋に入り、春彦に近づいていく。
「おい、春彦!!里香をどこにやった!!!」
「相葉!なんの事だ、これはお前の仕業か?お前、Aクラスのボクにこんな事をしてどうなるかわかっているんだろうな!!」
「里香はどこかきいているんだ!!金で人の弱みに付け込みやがって!!!」
直人は握りこぶしで一発春彦の顔を殴った。
「なんのことだ。ここには須藤里香はいない。ボクはあいつの親に交際の了承を得ただけだ!!」
「なんだそれは?お前はどっかに里香を監禁しているんだろう??」
直人は春彦の顔に顔を近づけ、髪をつかんだ。
「監禁なんてしてない。そもそも一度も連絡も話もしたことがないんだから!!」
「じゃー里香はどこにいるんだ!!」
「そんなの知るわけないだろ!!」
「じゃーなんで金で里香を買ったんだ!?」
「買ったわけじゃない。交際を申し込むのにはまず相手の親に了承を得るのが常識だろう。その際に手付金を渡すのは別に普通の事だろう。何が悪いんだ!!」
直人は自体がよく把握できなかった。
「お前らみたいな低俗な奴らは、家どうしの事まで考えないで脳のないサルのように発情するのかも知れないが、ボクらのような選ばれた家系の家では親に承諾をもらってから交際をはじめるのは当たり前だ。それに金が発生するのは当たり前だろ!!お前らからみたら、一億はものすごい額かもしれないが、ボクからしてみたら、そんなのはした金だ!!」
直人はあまりの春彦の変な考え方にしばらく沈黙する。
「確かに、須藤里香がBクラスで、一億つかったら買ったように思われるかもしれないが、ボクはあいつと交際して、ボクがAクラスの人間である事を示したかったんだ。」
直人はあまりに春彦が変な考え方なので、今度はあきれてきた。
「じゃーどこに里香がいるか知らないんだな。」
「そんなもん知るか!!」
「そうか、そうならお前なんかに用はない。俺をもう怒らせるんじゃねーぞ。」
そういうと、直人は春彦の部屋を出て暗闇の中に消えていった。
「じゃー里香は一体どこにいるんだ....」
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数日たったのち里香が発見される。
場所は高校の図書館の一室で、一般に貸し出される事のない本が貯蔵されている部屋だった。
通常は立ち入りを禁止されているが、週一回の清掃時に部屋を開放したところ、複数の本に囲まれて衰弱している女子学生が発見され、それが須藤里香だった。
ライブの情報にも張っていた直人は、この情報をいち早くキャッチする事ができ、里香の発見からすぐに里香の元へと駆け付ける事ができた。ちょうど救急隊アンドロイドが里香を部屋から運びだす所で、直人の視界に里香の姿が映る。
「里香....」
里香の身体は明らかにやせ細っている。自然と直人の目からは涙がでてくる。
「こんなになってしまって....でも無事でよかった。」
里香はそのまま救急車で病院まで運ばれる事になった。
直人は里香が搬送されたあと、里香の発見された場所に行ってみた。
古い本が多くならび、歴史を感じさせるいい匂いがして、床には多くの本が散らばっていた。そして、そこに里香の携帯端末を見つける。
直人は里香がどのように過ごしていたかを知るために、その認証を解いて携帯端末を開いてみた。そこには送信失敗のメールが、表示されている。どうやら、この部屋が一切電波を遮断するために送信できなかったのだと思われる。
直人が宛先をみると、
「マスターガイスト」になっていた。
直人は手を震わせながら、そのメールを開けてみる。
そこには以下のように書かれていた。
「私が価値のある人間になるにはどうしたらいいでしょうか?マスターガイスト助けてください。」
直人は膝から崩れ落ちて手を突き、また涙を流した。
「何がAクラスだ、俺がこんな目に合わせた奴を必ず破滅させてやる!!絶対にだ!!!」
直人は怒り狂い、床を殴りつけた。
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