第1話 東京帝都高等学校
その日は春の陽射しが暖かく、そよ風は桜並木にある薄いピンク色の桜の花びらをほどよく舞い散らせていた。そんな光景は概して人々に始まりの季節が到来した事を伝え、人々の心を浮つかせる。時は4月、新年度の始まりである。
その日、相葉直人は中学からの同級生、牧野啓太と一緒に桜並木を歩いていた。二人は同じ制服を着て丘の上にそびえ立つ東京帝都高等学校へと向かっている。その制服は艶光りを放ち、それが新しいものである事を物語っている。そう、彼らは丘に立つ東京帝都高等学校の新入生でこれから入学式に参加するのである。
そこへ一人の女子生徒が後ろから駆け寄り二人に声をかけた。
「おはよ。二人とも意外と制服似合ってるじゃない。」
彼女の名前は七瀬茉由。二人と同じ中学校に通い、二人と同じく東京帝都高校の生徒である。特に直人とは小学校も一緒で直人をよく知る幼馴染みであった。
「七瀬も似合ってるじゃん。」
白くキラリと光る歯を見せて啓太がニコッとした。
「あら牧野君、私にもお世辞言えるようになったのね。」
「ホントだと思うけど?」横から直人が啓太を擁護した。
茉由は少し頬を赤らめ、「じゃー『ありがとう』って言っておくわ」と言った。
「それにしてもさぁ、ヴァーチャルで学習する時代になったのにわざわざ高校行くなんてめんどーじゃない?しかも入学式なんて、それこそ家でゴーグルつけて参加するぐらいがちょうどいいくらいだと思うんだけど。」
「牧野君らしいわね。ヴァーチャル世界にはこれから将来ずっと関わる事になるんだから、青春の時期くらいは仮想世界じゃなくて現実世界の不便利さをちゃんと経験しておくこともいいんじゃないの?しかも高校は交際を推奨してるんだし、生身の人間と現実で触れ合う絶好の機会なはずよ。」
「なに鼻息荒くしてるの。今はアンドロイドのアイドルが身近に居てくれるし、脳だけ生身で外見を変えちゃうのが主流になってるから、交際って言われてもな〜、仮想空間じゃみんなかわいいアバタ使ってるし、もう現実世界で恋って難しいんじゃない?」
「そういう問題を高校側も分かっているからこそ、交際を推奨しているんでしょうね。でも牧野君はいろんな女の子にいつも人気だから関係ないか。でも本人はアンドロイドのアイドルの方がいいのね。」
「そんな事ないって、俺だって茉由みたいに可愛い生身の子は好きよ。」
「はいはい。ところで直人、新入生代表の挨拶の方は大丈夫なの?」
「ん?あぁ、問題ないよ。それらしい事を言っておけばいいんだから。みんなもそういうものを期待しているんだろうしね。いかにもって感じの優等生を演じます。」
「演じますって〜。まぁ実際優等生なんだから普通にしてればいいのよ。」
「普通にか。不真面目なのがバレなきゃいいけどね。」
「直人が言うとこっちがバカにされてる気がするわ。」
「してないって~」
「冗談、冗談。」
三人は笑いながら桜の降る桜並木の丘を上がっていった。
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<<入学式にて>>
――― 続きまして、新入生からの挨拶の言葉です。新入生代表、相場直人君。
「はい。」
直人は舞台前の席から立ち上がり、壇上を登ってマイクのある位置まで行った。
会場から声が漏れる。
....あれが今年の成績最優秀者か...全ての教科満点だったらしいよ....イケメンじゃない?....
「全く烏滸がましいことではありますが、僕が新入生の代表として挨拶の辞を述べさせて頂きます。え〜僕たち、私たちは新たにこの東京帝都高等学校において、新たな人生の一歩を踏み出すことになりました。昨今のAIの進化とデジタル社会の発展によって人の生きていく環境は激変しています。国の決定権ではAIが導入されて、無駄な私利私欲の争いが是正されました。また遺伝子組み換えや農作業の自動化により食物、エネルギーの安定的な供給が実現されています。それにより社会保障が充実し、還付金によって貧困者がいなくなるという勤労の革命もおきました。犯罪率も激減しています。また脳の外部移植の技術により、人は自分の思う身体、外見を獲得することができるようになり、長年の偏見の元凶であった肌の色など外見から来る差別をなくすことが可能となりました。このように人類はますます進化の一途を辿っているのです。さらにヴァーチャルリアリティ(VR)の発達によって、人類は仮想空間という世界も共有することが可能となり、さらにその技術は発展していくことでしょう。そのような中で、この東京帝都高等学校に入ることが許された僕たち、私たちはそのような新たな社会を牽引してく事を期待されています。その期待に応えられるように、3年間という短い期間ではありますが、日々努力していきたいと思います。以上、短いのですが、新入生の挨拶の言葉と代えさせていたただ来ます。1年A組、相葉直人。」
会場からは大きな拍手がおこった。
直人は一礼した後に舞台からおりて、もとの位置に着席した。
教員達はみな満足な顔を見せ、生徒達はみな希望に満ちた初々しい顔を見せていた。
新入生に取っては申し分のない船出となった。
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入学式終了後、生徒達はそれぞれのクラスに行き、担任のアンドロイドから今後の説明を受けた。茉由はA組で直人と一緒になり、啓太はB組だった。
ホームルーム終了後、直人は新入生の挨拶をしただけあって、多くの男子から話かけられたが、相葉はどこの会社の御曹司なの?...今度一緒にうちの屋敷でゴルフでもしないか?...などと多くの男子は明らかに家がお金持ちだと分かる発言をしていた。
あとで分かった事だが、AからCのアルファベットは生徒のランクを示していて、財力、知力などを総合的にAIが判断して決めていると言う事だった。直人の場合は、家族をなくし、叔父の家に引き取られたが、成績が突出していた為、A組に振り分けられたと考えられた。
日本では少子化対策のために、一般的に現実世界の男女交際を推奨していて、特に高校では仮想世界に入り浸る前の時期ということもあり、積極的に推し進められていた。中でも日本のトップに君臨するこの東京帝都高校では国中の御曹司、淑女が通い、勉学と共に、よりステイタスの高い人材を育てる試みがされていたのだった。
そんな中で、肩まである美しい黒髪を輝かせながら一人の女生徒が取り巻き二人と一緒に直人の所にやって来た。
「相葉直人、あなたは私の相手にふさわしいわ。これからあなたは私と付き合いなさい。」
クラス中の視線が直人とその女生徒に注がれた。
「私の名前は近衛柊子、近衛財閥の近衛一郎の孫よ。相手にとって不足はないと思うけど?」
「柊子様がこういってるんだから、付き合いなさい!!」 取り巻きの二人も声を揃えて続けた。
近衛財閥は銀行業をもとに始まった財閥だが、いまはAI、アンドロイド、VR関連の機器の開発、管理をする会社を独占し、そのせいもあって、ここ最近では世界の長者番付で一位をとった、いわば世界中誰でも知っている財閥だった。
茉由も直人の返答に注目していた。
「いきなり初対面の人からそう言われてもこちらとしては困っちゃうんだけど、僕じゃなくてもっと相応しい人がいるんじゃないかな?近衛財閥って言ったら誰でも知ってる世界有数のお金持ちの財閥だし。俺は身分が違いすぎて無理だと思う。」
直人は至って客観的に判断し、思った通りのことを言った、しかし、柊子の顔は明らかに怒りを示し、赤くなっている。
すると一人の男子生徒が割り込んで来て口を挟んだ。
「そうですよ、柊子さん、僕の方が相応しいと思います。」
彼の名前は伊集院春彦といい日本でも屈指のお金持ちの御曹司だった。
「春彦君、口を挟まないで、あなたは生理的に受け付けないのよ。お父様達は喜ぶかもしれないけどね。」
「そんなことはありません。一緒に過ごす時間が増えれば変わるはずです!!」
その後、柊子と春彦は直人そっちのけで口論に夢中になっていたので、直人はそっと姿を消し、茉由と一緒に帰ることにした。
「全く変な人たちとクラスメイトになったものね。」
「そうだね。」
直人と茉由はそんな事を話しながら啓太と合流してし、帰りの途に着き1日を終えた。
説明回でした。まだまだ続くのでブックマークよろしくです。