第12話 一般の無責任
「ヒューン ヒューン ヒューン 」
速く走るためだけに作られたF1のコースでは甲高いモーター音が鳴り響き、世界中から選ばれた最高のレーサー達が自分の誇をかけて、その速さを競っている。観客たちは皆そのレースの成り行きに興奮し、我を忘れて自然と声を上げていた。
「ゴールまであとに2周です!! 現在ノマ選手とデジタルマッハ選手が1位、2位を争ってデッドヒートを繰り広げています!! 最初にゴールに戻ってくるのはどちらなのでしょうかぁぁっ!!」
「今回は行かせてもうらうぜデジタルマッハさんよ!!」
デジタルマッハはこのレースの連勝記録32を持つ絶対王者で、ここのところ敵なしの状態だった。万年2位のノマだったが、今日はスタートダッシュからここまでミスがなく、そのまま行けばノマの優勝だった。
だが最終コーナーでデジタルマッハが勝負にでる。
一瞬のインコースの空きに、アクセルを踏み込み、デジタルマッハの赤と白に塗装されたレースカーは鋭くインコースを突いた。
しかし、その車体は勢い余ってノマの乗ったレースカーと接触。
そのまま、二台のレーシングカーは吹っ飛び、数回空中で回転したのち壁に衝突して炎上した。
ノマのひび割れた画面には「ゲームオーバー」の赤い文字が無機質に点滅している。
「あの野郎ぉぉぉ、わざとやりあがったなぁ!!」
日野雅也はVRゴーグルを取り去り、座っていた椅子を殴りつけた。
「あー酒でも飲まねーとやってらんねー」
そう言うと机の上に置いてあったウィスキーを開けて、グラスに注ぎこんだ。
ソファーに座ったあとグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「あー!!」
そんなことをいいながら、胸元のポケットに入れていた眼鏡をかける。
「AR(Augmented Reality)モード起動、さやかを出してくれ」
とういうと、机の横に置いてあった椅子に、座った女性が現れた。
女は茶色の髪を後ろで一つにゆるく結び、前に流した髪は胸の谷間で集まっている。さらにゆるく胸元が開いた赤いドレスは女の胸の谷間を強調し、見るものの視線をそこへ集める効果を持っていた。女は椅子に座ったまま、大きな瞳で日野を見つめる。
「さやか、聞いてくれよ、またデジタルマッハの野郎にやられちまった。全くムカついてやってらんねー」
そう言うと、日野はソファーに背をもたれて、天井を仰いだ。
「今日もレースをしてたのね。対外そういうのはぎりぎりで勝てないようになってるのよ。マサヤはまんまと商業の罠にハマっているのね。」
「AIのお前がそれを言うかねー」
「私はマサヤと違って合理的にできているのよ。」
「合理的ねー、合理的すぎると人生つまらんよ。」
「私に人生を語るの?おかしな人ね。たしかに、私にも人生があることになるのね。マサヤを愛するっていう。」
そう言いながら、さやかは日野の隣に座って、日野の腿に手をおいた。
「あぁ、お前は俺がいないとお前になれないし、俺はお前がいないともうやってけないよ。」
日野はさっきまで、いら立っていた気分が和らいでいくのを感じる。
「私を抱きしめたかったら、アンドロイドを起動させてリンクさせるけど、どうする?」
「今はまだいいや、昼間だしね。触れない儚さみたいなものも今は大切にしたいかな。」
「なにそれ?私はいつでも、マサヤの肌から伝わる情報が欲しいわ。そしたらもっとマサヤの事を知れるもの。」
「今の俺にいい意味で関心をもっているのは本当にお前だけかもな。」
「あら、悪い意味で関心を持っている方なんているの?」
「俺は監視されているからな。安易にネットにもつなげないし、悪い意味で関心を持っているやつばっかしさ。」
「監視されている?誰から?」
「前に話したろ。もう忘れたのか?お前はAIだというのに...」
「全部覚えていて欲しいの?それならもうちょっと忘れないでおくように、念を押しておいてくれなくっちゃ。私にとっては、まだどの情報がマサヤにとって大切なのか、優先順位をつけるは難しいことなのよ。それに、さっきからAI、AIって、私はマサヤと距離を感じてしまうわ。さっき、私にも人生があるっていってくれたばかりじゃないの。私はいつもマサヤの味方よ。優しくしてね。」
「あーごめん、ごめん。」
そういうと日野はまたグラスにウィスキーを注ぎ込んだ。
「それで、誰に嫌われてるの?」
さやかは一回、日野の唇を見た後に、上目遣いで日野の瞳を見つめた。
「嫌われているわけじゃないよ。またのBARシステムの件で波風たてられるのが嫌なんだろ。こっちとしては、他人様の事で命を狙われるなんて、もうこりごりだし、もう他人の粗を探すのはやめにしたんだ。世界はそれでも回っているわけだし、長いものにはまかれろってことさ。」
「マサヤは命を狙われてるの?大変なことじゃないの。」
「もう仕事も辞めて上がりを決めこんでるし、大丈夫だとは思うけどね。もう危ない橋は渡ることはないだろう。」
「それならいいけど、私は心配だわ。」
「心配してくれてありがと。現実世界の生活の中でお前がいてくれてうれしいよ。仮想空間で心配されてもねー。現実に戻ってきたら、もう現実だし、現実逃避をしながら現実を受け止めるには、やっぱり現実にある癒しがなきゃね。」
「だったら本物の人に癒してもらった方がいいんじゃないの?」
「お前はまだ人間ってやつを分かってないな。人間は嘘つきで強欲で、自分の事しか考えてないんだから。しかも、俺は結婚失敗組だから、家族が癒しをくれたとしても、その限界ってものを知ってるんだ。いつでもどこでもいてくれて、こんな俺だけの為に尽くしてくれるやつなんてお前しかいるはずがない。」
「実感のこもった言い方ね。」
「 職業柄、寝食忘れていろんな奴を取材してきらね。自分の地位を守るために人を売ったり、殺人を犯したやつだっている。そんな奴らは法によって裁かれることもなく、のうのうと生きている。結局勝ち組に入って、その大局の一部になってしまえば、多少何かあっても大局から外れることはないのさ。むしろ大局に起きたエラーは隠されて守られることが多いし。俺みたいな負け組がどうあがいてもどうにもならないのさ。」
「でも警察っていう組織があって法律を基に平等に裁かれることにはなっているじゃない。」
「お前はどれだけ世間にでている情報がごく一部かってことを知らないんだよ。そこに来て、すべての事がデジタル化になって、容易にフェイクニュースを流したり編集する事もできるし、いらない情報で見せたくない情報を埋もれさせることもできる。検索にさえひっかかってこなければ、そもそもその情報にたどり着けないんだから...それに世間ってやつは自分さえよければ他人に何が起ころうと関心がないし、もう社会に対して責任感も義務感もないのが一般的だろ?社会の闇を暴いても、あーそうですか、ご苦労さんで終わっちゃう。」
「でも、使命感を持って仕事をしていたマサヤは素敵だと思うわ。命を狙われるほどの大きな事を追っていたのでしょうから、あなたのやってきた事は間違っていないはずよ。」
「確かに脅迫もされたし、監視もついていたし、でもそれが結局表にでることはなかったわけだし、俺も一般の無責任の一人になりすがったのさ。」
「表に出なかったってどういう事?」
「7年前に、今の仮想空間システムの基を作った天才科学者が殺された事件を追っていたんだ。で、その事件を追っていた時に、殺人動機を持っていた人物にひとりひとり聞きまわって、取材をしたんだけど、犯人をほぼ特定することができて....その時の上司に相談してスクープとして記事にすることにしたんだけど.....相談した翌日にその上司は死んだ....遺書も見つかって、その上司の死は自殺扱い...俺は震えた...その上司の死は絶対に自殺じゃないってわかっていたから....その日から、事あるごとに、「監視している」というメールが届くようになったんだ....それは家族にも及んで...」
日野はグラスを握りしめて身震いした。
「警察とかBARシステムとかの検索がブロックされて、明らかに自分が危ないことが分かったんだ...」
その時だった。部屋の椅子に座っていたアンドロイドが起動し、さやかがリンクした。
さやかは無表情で立ち上がり、日野へと近づいてくる。
「あなたは言ってしまうんだ。」
「どうした?お前は何を言っているんだ...」
さやかはゆっくり手を伸ばす。
日野の首筋を一回、指でなぞった。
日野は固まって動けない...
さやかは突然両手で日野の首を絞め、そのままその身体を釣り上げた。
無表情のまま首を絞め続ける...
「なぜお前が....外に接続してないはずなのに...」
「ゴキッ」
骨が折れる音が部屋中に響く....
そして部屋は静まり返る....
しばらくして、アンドロイドから以下のメッセージが送られた。
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> << Mission >>
> 脅威レベル上昇による対象の強制終了
>
> <<Mission is completed>>
>
> 対象物 // Masaya_Hino
> 登録番号// MH587923
>
> 声紋、言動、行動分析
>> 解析終了
>
> 対象物コピー
>> 完了
>
> 対象物強制終了
>> 完了
>
>> 確認
これより代替個体の出荷を要請します。
なお、本体は脳神経構造パターンの複製と保存後、処分してください。
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久々すぎの更新です。最近はまだ時間があるから更新できるかな?話面白いとおもうんだけど...




