第9話 茉由のモヤモヤ
茉由はロンドンにあるカフェにいた。
そこはロイヤルオペラハウスの前にあるカフェで人通りが多い外と一線を画す静かな場所を提供していた。茉由はそこで、地元のレーゲント高校の友達、ジェニーと話していた。といっても、それは英語の授業で、そういう設定でAIのアバターと英語で話す事が目的であった。
会話がひと段落すると英語の授業が終了し、今日の採点が瞬時に行われる。会話の内容から覚えておくべき語彙、フレーズなども表示され、自動的に次までに覚えておく課題としてセーブされる。
英語の授業がおわり、茉由はゴーグルを外して現実世界に戻ってきた。
少しだけ現実とVRの世界のギャップに違和感を覚える。
一番前の窓側の席にいる直人を見るてみると、直人はまだ話しているようだった。
直人をぼんやりと眺めていると直人が小さかった頃の事が思い出されてきた....
小さい頃の直人は頑張り屋で、しかし、少し閉鎖的なところがあって他人から理解されず、喧嘩をよくしていた。そのくせ泣き虫で、茉由はいつも直人をかばい慰めていた。
しかしそんな直人も事件があってからはすっかり変わってしまった。
それまでの無邪気さがなくなっただけなのであればまだ理解ができたが、事件のあとから急激に成績もあがり、他人が乗り移ったのではないかと思わせる程に社交的にもなった。
全く家族が殺害されたとは感じさせないような行動は逆に直人との壁を感じさせた。
今までの様に全ての直人を茉由は知りたいと思い中学に上がっても、直人のそばにいるようにして見守ってきた。そしてそれが何もしてあげられない自分のせめてもの義務だと思っていた。
それは高校に入っても続く筈だった...
しかし、当たり前と言えば当たり前だが、直人にも彼女ができた。自分以外の異性に直人が心を許している。それも自分には見せないような心からの笑顔を里香に見せている。
表情には出さなかったが、今までの日常を壊した里香に違和感を覚えていた。
茉由は席を立って教室を出て次の授業の為に私物の置いてあるロッカーへと向かった。
しかし茉由が歩いていると後ろから近衛柊子に呼び止められた。
「七瀬茉由、あなたは私の友達になりなさい。」
突然の命令形の言葉に茉由は困惑した。
「あなたは相葉直人をこの学校で一番よく知る人物なのですから、わたしにとって利益になることでしょう。取り巻きの島野や村田のような主従関係関係ではなくて、対等な友達になろうというのです。これはとても光栄なことなのですよ。それになによりも、あなたは相葉直人に恋焦がれているのでしょう。」
その言葉に茉由はドキッとする。
「今の目下の敵は須藤里香ということで、敵の敵は味方ということです。」
「私は直人の事をそんな風に思ったことはないけど...」
茉由はそう言いつつも、柊子の言葉が自分の中のモヤモヤを解消したように感じた。
―― 私は直人の事が好きなんだ ――
「それならそれで結構。では友達の恋を成就させるために私に協力してくださらない?」
「恋愛の成就のお手伝いできるかわからないけど、友達になるのは構わないよ。でも友達になろうっていって友達になるのってちょっと変だよね。」
茉由はクスっと笑った。
「あら変かしら?自分の想いははっきり言葉に出した方が誤解なく伝わるのよ。」
茉由は、柊子が高圧的で自分勝手なだけだと思っていたが、逆に自分の思いを伝える行動力をもっているんだと知った。それは自分にはなく、茉由はある意味柊子をうらやましく思った。
「そうかもね。でもそんなまっすぐなあなたは好きよ。柊子って呼んでもいい?」
「ええ、もちろんよ。では私もあなたを茉由って呼ぶわ。」
「フルネームじゃなくて下の名前だけになったのね。」
「苗字もちゃんと言うのは、その家の歴史に敬意をはらってのことなのよ。あなたの家族の名前も、あなたに与えられた名前も大切ですし、苗字との相性であなたの名前が付けられたのですから、フルネームで呼んだ方が本来の形であるという私の信念から来ているものなの。」
「そんな深い考えがあったのね。」
「もちろんよ。私は近衛柊子なのですから。」
柊子は長い黒髪をかき上げながらニコっと笑った。
「それでは、打倒須藤里香に向けて作戦会議といきましょうか?」
「ええ。」
茉由も済んだ顔でニコっと笑った。
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