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6話 使者

「よくその程度で我慢できたものだな 」


 家に戻るなり、リーサはペルさんに一部始終を身振り手振りで愚痴っていた。 ペルさんはコロコロ変わるリーサの表情と愚痴りように、『そうかそうか』と頷きながらクスクス笑う。


「だってお姉さま!  旦那様が手加減してあげなさいと仰るから…… 」


「いやいや、死人が出るかと思ったし 」


「いっそ、二度とそんな真似が出来ないように、お前の顔を広めてしてしまえば良かったのではないか? 」


 ペルさんはお土産のクッキーに手を伸ばし、テーブルに頬杖を突いてニヤニヤしている。


「怖いこと言わないでよ。 そんなことしたらこっちの世界じゃタダじゃ済まなくなっちゃう 」


 同じように頬杖を突いてリーサは頬を膨らませていた。


「存在自体を消してしまえばいいんです。 クソガキにクソガキなんて言われて頭にきちゃいました 」


「私なら付近一帯吹き飛ばしていたかもしれんな 」


 恐ろしい事をサラッと言うペルさんは、またクスクスと笑っていた。 


  ― そんなことしたら、また貴女を閉じ込めなくちゃならないじゃない ―


 部屋中に聞いたことのない女性の声が響く。 突然壁の一部に光り輝く魔方陣が描かれ、その中から白いノースリーブのドレスを着た金髪ポニーテールの女性が姿を現した。 強気な凛々しい顔立ち…… ペルさんに劣らない雰囲気というか、上品な身の振り方が、上位の神か天使なのだろうと思わせる。 


「どうしたんだアル? お前程の者がここに顔を出すなんて 」


  アル? アル…… アルテミスか? その容姿と有名どころの名前に納得。


「どうしたもこうしたもないわ、貴女を連れ戻しに来たのよ。 人間界で再婚したと天界でも噂になってるけど、本当なの? 」


「本当だ。 彼の望みでもあるし私も惚れている。 しばらく冥界(あちら)には戻るつもりはないぞ 」


 ペルさんは腕組みをしてダイニングチェアに寄りかかり、アルテミスに微笑んだ。


「バカ言わないで。 人間が神の夫だなんて前代未聞なのよ? 貴方のことをゼウス様も心配しているわ 」


 そう言ってアルテミスは、ペルさんとリーサの前を素通りしてソファの俺の横に腰を降ろした。 あ…… フワッとなんかいい香りがする。


「こんにちは、ペルちゃんの旦那さん。 彼女を独占している気分はどうかしら? 」


「こ、こんにちは…… えーと、アルテミスさん 」


 一瞬眉を上げて驚いた顔を見せたが、 アルテミスはすぐに柔らかい微笑みを作ってみせる。


「私を見ても驚いたりはしないのね。 それだけでも大したものだわ 」


 まあ…… ペルさんのド派手な登場に始まり、リーサにハーデスと続いたから、アルテミスを見ても動揺はあまりしない。 美人さんだけど。


「単刀直入に言うわ。 彼女と別れてくれないかしら? 天界でもこの状況は不安で仕方ないのよ 」


 お…… いきなり別れてくれとか、姑みたいなことを言う人だな。 だけど、不安だからといってハイそうですかと別れる気は俺には更々ない。


「嫌ですよ。 彼女は俺の嫁さんです、俺が守ります 」


 アルテミスは俺を見たまま固まってしまった。 ペルさんはニコニコして足をプラプラと遊ばせている。


「人間が神を守るなんて…… 何を言ってるの? 」


 アルテミスの口調が少しキツくなる。 お互いの顔を見たまま膠着する俺達に、ペルさんが横から口を挟んできた。


「では試しに勝負してみるがいい。 言っておくが私の旦那様は強いぞ? 」


 おいおい…… また神様と勝負とか冗談じゃないし、強いとか言ってハードル上げないで!


「そのようね。 聞けばハーデスを頭脳戦で倒したとか…… いいわ、貴女の旦那様借りるわ 」


 アルテミスはパチンと指を鳴らすと風景は一瞬でリビングから緑一面の草原に変わる。 慌てて廻りを見回すとどうやら小高い丘に転送されたみたいだ。 


「驚かせてしまったかしら、ごめんなさい 」


 クスクスとアルテミスは優しく笑う。 悪びれもしないところを見るとゲーム感覚で勝負しようということなのか?


「私の仮想空間だからどんなことでも遠慮しないでやっていいわよ 」


「仮想空間? というか、俺は勝負なんて承諾してませんが 」


「彼女を守るのでしょう? なら私を退けないと、私は彼女を連れて帰るわよ? 」


 ハイハイ、結局また神様と戦わなきゃならないんですね…… がっくりと肩を落とすと、『心配しないで』とアルテミスは微笑んだ。


「ここは私が作り上げた意識の中の空間…… あなたの意識だけを反映させているわ。 現実の私達はソファで寝ているから安心して 」


 肉体に影響は出ないってことでいいのか…… でも彼女の精神世界なんだよな?


「それじゃアルテミスさんのやりたい放題ってことになるんじゃない? 力の差も歴然で勝負にすらならないと思うんだけど 」


「用心深いのね…… あなたのルールでいいわ。 どんな勝負をしてくれるのかしら? 」


 フフッっと彼女は笑うが、さて…… どうしたものか。 


「そうですね…… 喋ってはダメ、というのはどうでしょう? 一言でも発した方の負けです 」


「…… え? 戦うのではないの? 」


「戦いますよ。 それじゃ始めましょうか 」


「そう…… それじゃ 」


 アルテミスは複雑な表情だったが、ニコッと笑うとゆっくりと宙に舞った。 そのまま宙で一回転し、距離を取って空中で静止する。 彼女が左腕をゆっくり前に突き出すと、その手に光の帯が収束して大きな弓を形成していく。 その弓を引く動作を取った瞬間、俺は両手を左右に大きく広げてその場に立ち尽くした。


「!? 」


 弓を引いた姿勢のままのアルテミスと睨み合う。 ここは障害物の何もない小高い丘の上…… 彼女が神話通りの弓の名手であるならば、不用意に逃げても狙い撃ちされるのがオチだろう。 


 「………… 」


 彼女は弓矢を構えたまま動かない。 恐らく俺の出方を待っているのだ。 受けて立つ姿勢を見せれば、俺に何か策があるだろうと思わせられる…… 狙い通り彼女はあれこれ思考を巡らせているようで中々矢を射ることをせず、時折泳ぐ視線が彼女が動揺していることを確信した。


 イケるかもしれない…… 俺は引きつる顔でドヤ顔を見せる。


 「……! 」


 俺がニヤリとした瞬間、キッと彼女の目に力が入り矢が放たれた。


  ドスッ


 胸の真ん中に激痛が走る。 放たれた矢は目で捉えることすらできない速さで俺の胸に突き刺さり、その威力で数メートル後ろに吹っ飛ばされた。 声も出せないほどの激痛…… 全身が痺れたように動かすこともできず、俺は両手を広げたまま大の字に倒れ込んだ。


 「な……!? 」


 目の前が真っ白になっていく中で彼女の驚きの声が遠くで微かに聞こえた。


 激痛と恐怖とジワッと熱い胸…… 仮想空間と聞いて実際に死ぬようなことはないだろうと踏んでいたが、これはヤバいかもしれない。 呆気ないもんなんだな…… もう何も見えず、真っ白な空間に溶けてしまうような感覚に、俺は意識を手放した。

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