5話 お買物
「洗濯物、お部屋に置いておきますね 」
リーサは綺麗に畳んだ俺の服を抱えて、リビングのドアから顔を出していた。
「ありがとう、助かるよ 」
彼女はいえいえと笑顔で返事をすると、鼻歌を口ずさみながらリズミカルに階段を上っていく。
ハーデスを追い返してから一週間。 結局リーサは冥界へは戻らず、『お姉さまの側が私の場所ですから』とウチに居着いてしまった。 人間界で生活できるのか不安はあったが、こちらの生活習慣をあっという間に覚えて、今ではしっかり家事をこなしてくれている。 申し訳なくて家事を手伝おうとすると、『旦那様なんですから!』と追い返される始末。 慣れない雰囲気に戸惑いながらも、静かな日々は心地が良かった。
そのお姉さまはというと、相変わらずギリシャ神話に没頭中だ。 本だけでは飽き足らず、今は神話を題材にしたDVDをレンタルしてテレビモニターにかじりついている。 泣いたり微笑んだり…… 表情の変化はあまりしないが彼女を見ていると面白い。
「旦那様、今日はお出かけしますか? 」
ソファに座ってペルさんの様子にニヤニヤしていると、いつの間にか二階から戻ってきていたリーサが俺の横に立っていた。
「いや特に用事はないけれど、どうしたの? 」
「いえ、こちらで生活する上でこの格好ではさすがにマズイかなと思いまして。 お暇があれば着る物を見繕って頂けないかなと…… お姉さまのような力は私にはないですから 」
例の、服が木端微塵になって別の服に生まれ変わるあの力だ。 水色のビキニに白いノースリーブのジャケットを羽織ったようなおへそ丸出しの服装では俺も落ち着かない。
「わかったよ。 じゃあ今から出掛けようか 」
俺とリーサは二人で近くのショッピングモールに足を運んだ。 ペルさんも誘ってみたが神話のDVDが面白いらしく、留守番すると言って再びテレビ画面に釘付けになっていた。 彼女は今、ペルさんのワンピースの色違いを身に付けている。 例の『洋服木端微塵の術』をペルさんが使った時、ご多分に漏れず発展途上の彼女の裸を見てしまったのは俺が悪いわけではないよな…… リーサにがっつり睨まれたのは言わずもがな。
「人間界って華やかですね。 様々な物が溢れていて、歩く人も笑顔が多くて…… 」
周りを見回しながらリーサは呟く。
「そうなんだ? 冥界って雰囲気とか想像つかないけど 」
「人々の笑顔が多いのは穏やかで平和な証です。 冥界はもっと殺伐としていて、宮殿はとても華やかですが玉座がある所なので雰囲気はピリピリしてます。 まぁ天界や人間界から堕ちた者の裁きの世界ですから仕方ないんですけどね 」
そういうものなのか。 平穏な環境の中で何も感じない俺が平和ボケしているのだろうな。
「ところでリーサの服の趣味ってどんなの? 好きな服を選んで欲しいんだけど 」
「特にありませんよ。 人間界の趣向もよくわかりませんし、私としては旦那様が選んでくれるなら何でも嬉しいです 」
ニコニコ顔のリーサだったが、それが一番困る回答だったりするんだけどな。
散々悩んだ挙げ句、Tシャツ何枚かとジーンズやミニスカート等数点を買う。 自分のコーディネートセンスの無さに泣けてきた。
「ありがとうございます旦那様、大事にしますね 」
それでも彼女は喜んでくれて、大きな紙袋を大事そうに抱えてニコニコしてくれる。
「!! 」
突然彼女から笑顔が消えて俺は腕を引っ張られた。 よろけた瞬間、俺はちょっと柄の悪そうな若い男とすれ違う。 肩がぶつかりそうになった所を彼女が助けてくれたのだ。
「あっれー? 今ぶつかったよなにーちゃん 」
若い男は振り向いてニタニタ笑っている。 耳や唇にいくつもピアスを飾り、金髪のロン毛でゴツい体。 前を見ると似たような男が数人、ニタニタ笑いながら立ち止まっていた。 どうやら面倒臭い連中に捕まってしまったらしい。 今までなら強面に囲まれて恐怖を感じているのだろうが、大して怖いと思わないのはハーデスのおかげだろうか。
「ぶつかっていませんよ。 わざと肩を旦那様に当てようとして…… 何様のつもりです? 」
先に口を開いたのはリーサだった。 訳のわからない連中に突然絡まれてご立腹のようだ。
「旦那様だってよ! ハハハ…… いいご身分だなにーちゃん、幼女飼い慣らして遊んでんのかー? 」
明らかな挑発に彼女の目の色が変わる。 少女の姿をしているが、彼女は冥界の住人。 戦闘は不向きと言っていたがそれはあくまで冥界での話なのだろう…… この大男を前にビビりもせず、堂々とした態度…… 嫌な予感しかしない。
「…… ほどほどに、ね? 」
俺は彼女の肩に手を置いて耳元で小声で囁く。 『心得てます』と彼女は答えたが、目は殺意剥き出しだった。
「まぁいいか。 にーちゃん、肩曲がっちまったわ。 治療代置いてけよ 」
ぶつかってもいない肩を押さえて痛がる典型的なカツアゲのパターン。 未だにこんな奴がいるんだなと思うとちょっと笑えてくる。 いや、笑ってる場合じゃないよな。
「いやあの、ホントに怪我する前にやめておいた方がいいよ? 」
「は? 何言ってんだお前 」
ピアスの男が凄むと数人の男達はゲラゲラ笑い出した。 俺の一言が気に食わなかったのか、ピアスの男は胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。
バチン!
彼女の左手が男の腕を勢い良く弾く。 不意に腕を払われて男はよろけて転んだ。 あら、意外にか弱いお兄さん…… その様子に数人の男達は更にゲラゲラ笑った。
「薄汚い手で旦那様に触らないで 」
彼女は見下すように冷たい目線を倒れた男に向ける。 男の顔がみるみるうちに赤くなっていったのは言うまでもない。
「このクソガキ! 」
ドガン!!
男が立ち上がろうと前屈みになった途端、男は道路脇まで一瞬で吹っ飛んで横たわっていた。 彼女が男の顔に回し蹴りを決めたのだ。 間違った、お兄さんがか弱いんじゃなくてリーサが強すぎるんでした。
「去りなさい。 旦那様がほどほどにと仰るので、これくらいで勘弁してあげます 」
吹き飛ばされた男は、ピクピクしながら口から泡を吹いて気絶していた。 数人の男達はピタッと笑うのを止めて唖然としていたが、仲間がやられたのが面白くなかったのか怒声を上げて殴りかかってきた。
「ふぅ…… 」
彼女は面倒臭そうにため息をひとつ。 次の瞬間には襲い掛かってきた男達をたった一発の蹴りで道路脇までまとめて吹っ飛ばしてしまっていた。 気が付けば俺達の周りには野次馬が集まり、中にはスマホを耳に当てている者もいる。 騒ぎを聞きつけて警察が来ても面倒だ…… 俺は咄嗟に彼女の手を引いて逃げるようにその場を後にした。