インコのアオとキイロ
俺には長年飼っていたインコ達がいた。
黄色のキイロと、青色のアオ。
とても仲の良いセキセイインコだった。
小学生の高学年に上がった春、母親と一緒に行ったペットショップで購入した二羽。のちにキイロとアオと名前を付けられるその二羽は、他のインコ達とは離れた場所で身を寄り合わせて静かにこちらを見ていた。その瞳には何か訴えるものがあり、小学生の俺でもその二羽は一緒にいないとダメなのだと思った。
だが、二羽を買うことを母親は許してはくれなかった。
オスとメスで増えたらどうするの、というのが母親が許してくれない理由だった。今では確かにそうだと思うが、当時の小学生の俺には到底理解できないことだった。増えたらそれも飼えば良いじゃんと思っていたのだ。
子供とは無責任である。
その時は泣きじゃくる俺を母親が引っ張り帰宅した。
帰ってからじっくりと理由を聞かされ、小学生の俺はしぶしぶわかったと答えたのを覚えている。感情に任せるな、というのが母親の教育方針だったのだ。
それから数日後、祝日で休みだったのでまた同じペットショップに行った。母親はペットで命の大切さを学んでほしかったらしい。でなければ、あれだけ泣きじゃくった俺をまたペットショップには連れてこなかっただろう。
母よ、時間かかったけどちゃんと学べたよ。
セキセインコのケースの中には数日前と比べて、インコの数が少なくなっていた。店員は、複雑な顏をしながら元気な雛は売れ、元気のない雛は売れないと言っていた。確かにすぐに死んでしまっては買った意味がないと小学生の頭でも理解できた。
そんなケースの中には前と同じ場所にあの二羽がいた。
数日前と同じようにこちらを見ている。
「お母さん、このインコ達は元気ないの?」
「さぁ……店員さん、この雛は何か病気でも?」
「あ、いえ、その二羽は臆病なだけなんです。少し変わった子達かもしれませんけど、二羽とも健康ですよ」
そんなことを母親と店員が言っていた気がする。
やはり、この二羽が気になる。
他のインコ達とは明らかに違う二羽。
俺はそんな二羽にくぎ付けだった。
何かを訴える瞳。
ただ、警戒していただけかもしれない。だが、俺には他のインコ達とは違い何か特別なインコなのだと思った。
「お母さん、やっぱりこのインコ達が良い」
「だから……」
「……」
俺はそのときどんな表情をしていただろうか。
泣きそうな顔?
欲しい物をねだる顏?
必死な顔?
俺の表情を見た母の顏は今でも忘れない。
うんざりしたような表情から、真剣な表情に変わる母の顏。
何かを悟った母はため息を一つついた。
「ちゃんと世話するのよ」
「うん」
「飽きたって言ったら怒るわよ」
「うん」
「はぁ……すみません、この二羽ください」
「あ、はい、ありがとうございます! この子達も離れ離れにならなくて幸せだと思います」
「全く、この子ったら……」
「本当に助かりました。他の子達はともかくその子達は残ってしまうのではと心配で……幸せにしてあげてください!」
そんなことがあって我が家にキイロとアオが来た。
あの時の店員よ。
俺はあいつらを幸せにできただろうか。
一日目
母親と悪戦苦闘をしながらエサを与えた。
ちゃんとあげられるか心配していたが、
二羽はちゃんと食べてくれた。
とりあえずは安心だ。
二、三日目
エサをあげるのが大変だ。
三時間置きぐらいにエサをくれと鳴く。
昼間は学校に行っているので、
夕方だけの世話だったがそれでも大変だと思った。
生き物を飼うというのは予想以上に大変だった。
七日目
大きくなった。
沢山エサを食べ、元気に鳴いている。
母親か俺が近づくと二羽一緒に近づいてくる。
なんとも可愛いらしい。
十四日目
成鳥の大きさまで育った。
二羽とも元気よく、飛ぶ練習をしている。
何をするのにも二羽一緒だ。
一ヶ月目
二羽とも元気が良い。
少し前まで真っ直ぐしか飛べなかったのが
嘘みたいに部屋中を飛び回っている。
呼べば肩や頭にとまる。
あのケースの中で大人しくしていたインコ達だと
とは思えないくらいに元気だ。
二ヶ月目
性別がはっきりした。
キイロがメスで、アオがオスだった。
仲の良い二羽なら、つがい(夫婦)に
なってくれるだろう。
四ヶ月目
アオが言葉をしゃべった。
キイロ、アオ、おはよー、この三つの言葉だ。
嬉しそうに毎日しゃべっている。
見ているだけで俺も嬉しくなる
もうすっかり家族になっており、
皆を癒してくれていた。
六ヶ月目
寒くなってきた。
そろそろ冬が始まる。
セキセイインコは暖かい地方に
いる生き物なので寒さに弱い。
二羽ともヒーターの近くで身を寄せ合っている。
だが、カゴの外に出せば部屋中を
飛び回るくらいに元気だ。
これだけ元気なら大丈夫だろう。
アオが様々な言葉をしゃべるようになった。
言ったことを繰り返すのが楽しいのか、
俺がしゃべるたびにしゃべっている。
一年目
無事冬をこえることができた二羽。
二羽はいつも一緒だ。
片方がエサを食べ始めれば、
片方も食べ始める。
片方が寝れば、もう片方も寝始める。
何もするのにも一緒だ。
部屋で放鳥をしながら俺が
寝てしまった時があった。
起きたら俺の身体の上で仲良く二羽で
寝ていた時は凄く驚いたのを覚えている。
二年目
二羽はいつも元気にイチャイチャしている。
見ているだけで自然と頬が緩むくらいだ。
だが、そんな二羽の異変に気づいたのは母だった。
卵を産めるはずなのに
二羽は発情期にすらならない。
何かの病気だろうか。
病院に行ってみたが、至って健康で
獣医は不思議そうにしていた。
生まれつき産めないというわけでもない。
本当になぜなのかわからなかった。
四年目
アオが怪我をした。
部屋を飛んでいるとき、タンスに羽をぶつけたのだ。
ただ幸いなことに怪我したのは羽だけだったので
命の心配はなかった。
右羽を折ってしまったアオは、
それから一ヶ月カゴの中で過ごした。
キイロは怪我したアオを心配してか、
いつも以上にそばにいた。
キイロは頻繁にくちばしでアオを毛づくろいしたり、
くちばし同士をくっつけたりしている。
一か月後、キイロの看病のおかげかアオは
元気よく飛び回っていた。
飛べなくなることも心配したが、大丈夫のようだ。
十四年目
羽を怪我した後は特に怪我もなく元気な二羽だった。
家族みんなに懐き、訪問者にはアオのおしゃべりで
場を盛り上げてもくれた。
そんな日々が長い間続いた頃、
キイロに異変が起きた。
カゴの中に入れてあるブランコから
よく落ちるようになっていた。
カゴの天井に足だけで
ぶら下がる遊びもできなくなっていた。
カゴの壁もくちばしで
必死に上っているようにもなっていた。
キイロは足を悪くしてしまったのだ。
寝るときはアオに寄り掛かるようになり、
大好きだったブランコにも
乗れなくなってしまった。
足を悪くしてから三週間が過ぎた頃だろうか。
キイロは完全に歩けなくなっていた。
だが、足は悪くしても鳴き声は元気で
時々バタバタと羽を動かしていた。
十四年目三ヶ月
アオも動くのがぎこちなくなってしまった。
二羽は自力で動くのもままならないほどに
筋力が衰えてしまった。
見た目にも変化があり、
皮膚が見えるほどに毛が
薄くなってしまった所もある。
そんな弱弱しい姿だが、
寄り添り、おしゃべりをしている。
動けはしないが、鳴き声は元気だ。
ただ、一日の大半を寝て過ごしている。
そろそろ寿命だと思った。
だが、最後までこの子達を愛そう。
どんなに弱っても最後まで
強く生きるこの子達を愛そう。
十四年目四ヶ月
カゴの掃除をしようとしたとき、
キイロとアオが俺の手に向けて威嚇をした。
口を開け、こっちにくるなと威嚇したのだ。
威嚇されるなど懐く前の雛以来だったので驚いた。
だが、原因はすぐにわかった。
キイロをよく見ると、卵を抱えていた。
こんな歳になってから卵か、と思った。
だが、それと同時に嬉しかった。
この子達が子供を作ろうとしている。
本能に従い、種を残そうとしたのだろう。
だが俺には
「僕達がいなくなっても寂しがらないでね」
と言っているように思えた。
十四年目五ヶ月
「……んん……」
秋にしては暖かい日だった。
その日は何やら甲高い音で起こされた。
俺はこの時のことを一生忘れないだろう。
「ピーピーピー!」
居間にあるカゴの中で雛が生まれていた。
「おぉ! キイロ! アオ! やったな!」
「…………」
「……キイロ? アオ……?」
元気な雛とは裏腹に二羽は動かなかった。
「…………っ」
二羽の身体はほんのりと暖かい。
小さな鼓動を止めた後でも、少しでも雛を守ろうと二羽は寄り添っていた。その寝顔は幸せそのものに見えた。
「ピーピーピー!」
動かない二羽の間で目の開いていない雛が懸命に鳴いている。
「っ…………んっ……くっ……」
涙が止まらない。
キイロの口にエサがついている。
キイロは最後の力を振り絞って雛にエサを与えたのだろう。
雛が生まれ、雛に最初で最後の愛情を与えるまで生きることを頑張った二羽を思うと涙が止まらなかった。
「ずずっ…………キイロ、アオ……今までありがとう」
泣きながら熱を失っていく二羽を撫でた。
撫でるたびに元気だったころのキイロとアオの姿が思い浮かぶ。
最初にキイロとアオを見た時のこと。
初めてアオが言葉をしゃべった時のこと。
キイロを呼んだら肩にとまってくれた時のこと。
アオが怪我した時のこと。
キイロとアオを撫でるたびに十四年間の思い出が走馬灯みたいに次々と頭の中に浮かんでくる。
アオ、お前は俺の頭にフンを何回もしたな。
そのたびに風呂に入るのは大変だったんだぞ?
キイロ、お前は本当にアオにべったりだったな。
アオに嫉妬してしまうくらいだったよ。
皆で俺の手の中で寝たこともあったよな。
お前達の羽は柔らかくてまだ感触を覚えているよ。
ありがとう。
本当にありがとう。
どの思い出も二羽揃っての思い出だ。
あっちに行ってもお前達は一緒に過ごすんだろ?
もし生まれ変わってもお前達だったらまた一緒になれるさ。
だから、この雛は心配するな。
お前達が残してくれたもの、俺がお前達を大切にしたように大事に育てるよ。
「ずずーっ……」
「ピーピー!」
懸命に鳴いている緑色の雛に軽く触れる。
熱い。
これがキイロとアオが残してくれたもの。
とても小さな鼓動を感じる。
小さな今にも消えてしまいそうな新しい命。
だが、とても大きな存在だ。
「お前の名前はミドリだ。これからよろしく頼むぞ」
「ピーピー!」
ミドリ、お前にはお前の親のキイロとアオのことをたっぷり話してやるぞ。
母よ、あの時この二羽を買ってくれてありがとう。
俺はこの二羽のおかげで幸せだ。




