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第八章 密偵の末路

 時は少し遡る。

 女性探索者と魔物との戦闘。

 戦いというには一方的であったが、自身の配下の実力は把握できた。

 彼女らの実力は個々はともかく、バディとしてなら探索者として現役だった頃より上だ。

 自身より若いにも関わらずのその実力に、感嘆すると同時に僅かな嫉妬が浮かんだ。

 彼女の才能と実力は長年潜り続けた自分よりも上である事に。

 ……探索者としては中の下だったからな。

 戦闘を終えて残心する彼女を見たとき気付いた。

「――ん?」

 それはともすれば気のせいと思える違和感。

「どうかしましたか?」

「あーうん、今何かが迷宮の門を通った気がしてな。まぁ砂埃か何かが通っただけだろ、うけ、ど……?」

 まるで風が産毛を薙いだような感覚。

 初めての侵入者で緊張しているせいかと笑い飛ばそうとしたが、和御の異変に気付いた。

 先程までの柔和な笑みは無く眉を顰めて何かを考えていた。

「すみませんが、一つ質問します」

 その言葉は真剣であった。

それ(・・)は門の“外”からですか? それとも“中”からですか?」

「……中からだったと思う」

 冗談も言えない雰囲気に真面目に答えを返す。

 すると彼女は言った。

「――申し訳ありません、状況が変わりました。今すぐ迷宮を自閉状態へ移行して下さい」

「自閉状態に? 何故だ?」

 それは一種の防衛機能。

 外との繋がりを完全に断つことで、侵入を防ぎ、逃がさない。

 順位者達ですら手を出せない最高防衛機能であるが、相応の欠点がある。

 少なくとも創ったばかりの迷宮がやる事ではない。

「彼女達を絶対に外へ出してはいけません。彼女達は――」

 その彼女の答えに迷宮を自閉することで応えた。


          ●


 通路を走りながら姿勢を低くする。

 視界には映らないが、重量のある物が頭上を抜けたのは分かる。

「また罠っ! さっきまでは何も無い一本道だった癖に!」

 無駄口ではあるが、愚痴の一つでも言わなければやってられない。

 仕掛けもスイッチも丸見えで、落ち着いて進めるならばなんて事のない仕掛けだ。

 落ち着いて進めるのであるならば、だ。

「何アレ!? さっきまで骸骨(スケルトン)だったでしょ! あれじゃ、アンデット系というより、ホラー映画のノリじゃない!」

 ペタペタ、ペタペタと幾重にも重なる足音。

 両手を前に突き出し、素足のまま追いかけてくる肌色の人型。

 服や鎧を着ていない裸の体格は男でも女のそれでなく、顔すら無い。

 凹凸の無い、タイツを着ているかのようにのっぺりとした体。

 個性というものが無いそれは、マネキン人形というのが適切か。

 先程、一体斬り捨てたが、内臓もキチンとある血の通う生き物ではあるらしい。

 骸骨と比べれば、筋肉がある分力強く、動きも早い。

 が、鎧も武器もない相手であるから私と相棒の敵ではない。

 一体であるならば問題は無い、が。

「アレ、もう10体以上は居るでしょ!? 絶対、現在進行形で生産しているわよここの迷宮主!! ――ああ、もう!!」

 迷宮主への呪詛を吐きながら体を壁と平行に向ける。

 背中を横切る矢は太く大きかった。

 あんなのが刺されば一大事だ。

 無我夢中で走っていると分岐点。

「――!」

「そっちね!」

 魔剣狼であるハルの先導により、あのマネキンが居ない道を選択する。

 そして、“ハルだけが知る”迷宮核の匂いを辿っている。

 迷宮核の場所が分かるという特技は他の魔剣狼には無い。

 もっとも大、中規模の迷宮となると漠然とした方向しか分からなくなるが、創られて間もない初期迷宮ならば強力な武器だ。

 駆け抜けた道は長く、平均的な初期の迷宮ならば半分は踏破しただろう。

 このままでは、行き止まりに当たるかマネキンの挟撃を避ける事はできなくなりそうだ。

 マネキン達に嬲り殺される未来を頭を振って追い出す。

「また分岐」

 左右に綺麗に分かれた道。

 迷い無く片道へ飛び込むハル。

 続いて飛び込んで気付いた。

「巨岩の罠!? 馬鹿じゃないの!」

 迷宮核へと続くはずの通路の奥には巨大な岩が鎮座していた。

 見るからに丸く転がりやすい形状からは嫌な予感しかない。

 そしてその予想は当たった。

 音を立てて動き出す巨岩。

 傾斜がついた通路は、巨岩を徐々に加速させる。

「通路に戻――」

 来た道に引き返す事はできなかった。

 蠢くマネキン達が今まさに飛び出さんとしていた。

 残る道は一つしかない。

「――行くよ、ハル!」

 踵を返して走り出す。

 通路から溢れるマネキン達を剣を振るって牽制し、先の見えない直線へ飛び込んだ。


          ●


「――ぐっ、()ぅう」

 全身の痛みに目が覚める。

 気付けばどこかの部屋の中。

 石造りの扉があるだけで家具も何も無い殺風景な部屋だ。

「ここは――っ、ハル!?」

 対面の石壁、そこに相棒は居た。

 体の大半が壁に埋め込まれ、四肢と顔だけが覗いていた。

 意識を失っているのか身動ぎすらない。

「ぐ、体がっ」

 マネキン共に袋叩きにされた体が動かない。

 見れば自分も同じように石壁に埋め込まれている。

 強く殴られ手足の変形した部分が熱を主張するが、身動きできない今はどうしようもない。

「ゴメンね、ハル……」

 浮かぶのは口惜しさ。

 無力な自分に対するものだ。

 結局、全ては誘導されており、最後は袋小路でマネキンの大群に飲まれた。

 迷宮主という存在は自身の思うよりもずっと化け物であった。

「――目が覚めたようだな」

 聞こえたのは男の声。

 男は我が物顔で部屋に入ってきた。

「貴方がここの迷宮主?」

「新米の成り立てだがな」

 見ればまだ若い、二十代の半ば程か。

 ぼさぼさの黒髪にやる気の感じられない眠そうな瞳。

 ジャージに身を包んだその姿は気怠そうだ。

「しっかしやってくれたな。おかげで貯蓄の大半を消費しちまったよ。召喚した“素体”は適当に配置させれば良いが、迷宮の構造を直さないとな……」

「それは悪かったわ。でも、なら何で私達を迷宮に閉じ込めたの? 放っておけば引き返していたのに」

 まるで責めるような言葉に思わず言い返してしまう。

 迷宮主からすれば、勝手に自領に入り込んだ侵入者以外の何者でもないだろうが、自分で閉じ込めておいて被害について責められるのは少し腹が立つ。

「元々そのつもりだったさ……でも、密偵(スパイ)なら話は別だ」

「密偵? 何の事? 私達はフリーの探索者よ」

 言われた言葉を理解できなかった。

「アンタは巻き込まれただけだろうけど……まぁ、ご愁傷様と言うしかないな」

 気付けば男は何かを弄んでいた。

 よく見れば、それは輝く石。

 魔物の心臓であり、現代社会の必須エネルギー源。

 それは魔石と呼称される物だった。

 純度、大きさからして上質のそれに酷く嫌な予感がした。

「そ、それって……」

 外れて欲しいと願いを籠めて問う。

「ん? ああ、これか」

 私に見えるようにして持ち上げて答えた。

「そこの魔剣狼のだぞ」

 視界が赤に染まる。

 怒りでだ。

「あ……あああ――!!」

 胸の内で暴れる感情そのままに慟哭する。

「おいおい泣くなって。まだ生きてる(・・・・)からよ」

 耳を塞ぎながら迷宮主は言う。

「迷宮を生命維持装置代わりにしているからな。迷宮から離さなければ死なないぞ」

「――ゥ」

 その言葉を証明するかのように相棒は目を覚ます。

「ハル! 大丈夫!?」

 相棒と繋がる径路(パス)から無事であると感情が流れ込む。

 幼少の頃より慣れ親しんだやり取りだ。

 円滑な意思疎通はこれによるものだ。

 ……あれ、何だろう? これって“恐れ”?

 僅かに混じるそれは迷宮主に向けられたもの。

 だが、それは自身の命の危機に対してではない、別の何かだ。

「私達をどうするつもり!?」

「さっきも言ったろ? 密偵を捕まえる為だ、このタイミングでウチの情報を抜かれるのは困るんでな」

「だから! 私達は密偵なんかじゃ――」

「こいつだよ」

 言葉を遮って指を差したのは、

「ハル? 嘘よ、そんな訳……」

 否定の言葉は言えなかった。

 パスから伝わるのは“否定”ではなく“観念”と“肯定”だった。

「現存する全ての魔物は元々迷宮主が生み出した存在だ」

 理屈や物理法則に超常の生物、魔物。

 どんな魔物でそれらが始めに生まれるのは迷宮の中、迷宮主の意思だ。

「それでも、この国には迷宮の支配下に無い魔物も居る。それは提供された魔物を交配して生み出した連中だ。迷宮の外だと迷宮主の支配権限は親の代までしか届かないそうだ。迷宮内だとまた話は変わるがな」

 提供されるのは愛くるしい外見をした魔物やあまり戦闘に向かない魔物ばかりだ。

 主に愛玩動物や番犬代わりに飼われる事が多い。

 そんな支配下でない魔物達と信頼関係を築く。

 それだけならいい話で済む。

 だが、稀に感情の意思疎通が可能な程に深い関係を結べる者も居る。

 そんな彼らの事を一般に調魔師(テイマー)と呼ぶ。

「だがな、この魔剣狼はどこぞの迷宮主が態々手を加えた密偵用の魔物だ。この魔物、そしてパスを繋いだ相手の見聞きした事柄を主に届けるっていうな」

 魔剣狼(ハル)の魔石を睨みながら迷宮主は言葉を続ける。

「迷宮主にとっては常套手段らしくてな。挨拶代わりと言えるが、現状で情報を抜かれるのは結構不味くてね。何せ自分の特性や異能を全く理解できていないし、知らない間に自分の首を絞める情報が出回るのは避けたいんでな」

 自嘲気味に笑う。

「というわけで、あんた達をこの迷宮から出す事はできない。この魔石からの発信は止めたが、外には外で別の通信がある訳だ。この魔剣狼を処分したところであんたを出せば結果は同じ……だから」

 魔石をジャージのポケットにしまい、迷宮主は笑う。

 まるで玩具を見つけた子供の様に。

「ちょっと異能の練習台になってもらうわ」

 片手をハルに向ける。

「“抽出”」

 たった一言呟く、それは呪文。

 異変が起きたのはハル。

 ハルの体から染み出すように抜け出る幾つもの二重螺旋。

「ハル!?」

「安心しろ、痛みは無いぞ」

 解けては絡まるそれらは迷宮主の手の平で球となる。

「と、これが俺の迷宮主としての異能なんだがな。手を離すと固まって簡単に砕けるし、配下には影響は無いしで悩んでいたんだけどな」

 野球ボール程の大きさとなったそれを近づけてくる。

 相棒から生み出された物で構成された球は、酷く綺麗だった。

「本能っていうのか、今さっき使い方が分かってな。あんた達みたいな異なる因子が必要だった訳だ。どおりで配下に使っても意味が無いわけだ。肉が有っても無くても同じ存在だからな」

 突きつけるように眼前へと持ち上げられる球。

 言っている事は全く理解できないが、碌でもないことだけは分かる。

「百聞は一見に如かずと言うし、実践したほうが解り易いだろ」

 空いた片手で壁から露出する腕の片方を掴まれる。

「――ぐっぅ」

 先程マネキン達の猛攻により骨折した部分だ。

 熱と鈍い痛みに呻き声が出てしまう。

「折れていて痛いだろ? 折角だし“直して”やるよ。ちょっと痛いが我慢しろよ」

 どういう意味かは聞けなかった。

 言葉と共に腕に球が押し付けられる。

「ぎぃ――が、ぁあああ――!!」

 “痛い”なんてものではない。

 灼熱ともいえる刺激に泣き叫ぶ。

 ただただ刺激の濁流に流される。

「よし、終ったぞ」

 そう声を掛けられるまで終った事に気付かなかった。

「どうだ? いい出来だと思うが」

 促されるまま自身の腕に視線を向ける。

「――!? な、何なのこれぇ……」

 声が震えるのは泣いているからというだけではない。

 見慣れた自身の体の一部。

 それが今、

「お前の相棒と同じだろ? 同じ因子を使っているから当然だがな」

 毛に覆われ、鋭い爪が伸びている。

 手の平には肉の球がプックリと浮かんでいた。

「立派な前足だな。初めてにしては中々の出来栄えか」

 大きさは違えど、相棒と全く同じ前足が自身の腕となっていた。

「まぁ、こんな感じでちょっくら弄くらせて貰うわ。ああ、痛みは上達すればマシになりそうだからそれまで我慢してくれ。それじゃ“抽出”っと」

 唱えられた呪文に、また二重螺旋が迷宮主の手に纏まっていく。

「あは、あははは――」

 この先に待ち構えている事を理解してしまった。

 そして逃げ出せない事も。

 今、自身の胸に渦巻くものは諦念か絶望か。

 いづれにせよ、ただ笑うことしかできなかった。

 少しでもこの現実を嘘にしたくて。

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