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第七章 招かれざる者

 木々が乱立する林の中を歩く。

 いつもの迷宮へ向かう道中、いきなり相棒が山林の中へ飛び込んだのには驚いたが、その理由に更に驚いた。

「本当に迷宮があるの? こんな場所に?」

 態々こんな場所を進む目的は“迷宮”だ。

 迷宮在る所に探索者在り。

 女の身であるが、一探索者としてはそこそこ通用する腕前だ。

 実際の実力の半分は相棒のおかげだが、バディでの評価なのだから問題ない。

「――!」

 その相棒は確信があるのか、ある場所を目指して進んでいた。

 信じられないが、こうも自信満々で先導されれば付いていくしかない。

「キャッ……もう最悪、蜘蛛の巣に引っ掛かったぁ。もうベタベタ……」

 頬に張り付く不快な粘糸を剥がす。

 迷宮にて恐ろしい存在(まもの)を知ってからそこいらの虫程度に怯える事は無くなった。

 部屋の隅に現れる黒い悪魔だって平気だ。スリッパでスパーンと処理だ。

 嘘である、やっぱり不快なものは不快なのだ。

 ここ暫く燻煙式殺虫剤を焚いていないのを思い出した。

 帰りにドラッグストアで購入せねば、私の生活圏に奴等の生存権は無い。

「……ッ!」

「あーごめんごめん、ちゃんと着いて行くよ」

 考え込んでしまったせいか距離が開き、相棒から非難の視線が飛んで来た。

 迷宮の外とはいえ気が抜けていた。

 向かう先には迷宮があるのだ、腑抜けたままでは命を落とす事になる。

「――ふぅ、ここからは真面目に行きますか」

 気を引き締めて急ぎ相棒の後を追った。


          ●


 林を抜けた先、荒れた土地が広がる景色の中でそれはあった。

「嘘……本当に在った」

 心外だとでも言いたげな視線を感じるが、正直言って気持ち半分は何かの間違いではないかと思っていた。

 しかし、目の前に存在する2メートル四方の立方体。

 側面の一つに大きな穴が空いたそれは迷宮の門だ。

「この場所は公式の迷宮リストに載ってない……っていう事は野良迷宮?」

 門の浮き彫り(レリーフ)を手でなぞって確認する。

「門は初期の形だし汚れは少ない……ごく最近出来たもの?」

 指先に伝わる石独特のざらついた感触が夢でも幻でもない事を証明していた。

「野良迷宮の権利は発見者にあるんだっけ。そうなると報告すべきか攻略すべきか……」

 正直、対応に困る。

 国に報告すれば報奨金は貰えるが、調査やら何やらで潜れるのは先の話になってしまう。

 かといって事前情報も無しに攻略に潜るというのは、出来立てほやほやの迷宮であっても危険が大きい。

 が、見返りもまた大きい。

 他の探索者を警戒せずに迷宮核を手にする事が可能なのは、少なくとも今この時だけだ。

「――!!」

 相棒は迷宮攻略を選んだ。

「確かに創られたばかりの迷宮は構造も小さいし、魔物も少ないけれど……」

 言いたいことは分かる。

 たった今悩むこの一分一秒の間に、目の前の迷宮は成長している。

 通路は長く広く、魔物も数を増やすだろう。

 この時に限って時間は味方ではない。

「……ッ!?」

「――っ。そう、だったね。私はこんなところで立ち止まっていられないんだった」

 私が探索者となった理由。

 それを果たすためには迷宮核を一つでも多く手に入れる必要がある。

「目指すは順位者(ランカー)。そのためには少しでも多くの力が必要だもんね」

 自身の装備を今一度確認する。

 手入れは良好、不足は無し、気合は十分。

「私と貴女が揃えば、出来立ての迷宮程度なら問題ないわ。行きましょう“ハル”」

「――ワン!」

 一鳴きして答える相棒。

 幼少の頃から共に育った魔剣狼。

 これほど心強い仲間が居ればどんな困難でも乗り越えられると信じている。

 そう、信じていたのに――


          ●


 迷宮に電子音が響く。

 とあるコンビニにも使われている電子音は許可なき者、つまり侵入者の合図であった。

「ん? 侵入者か?」

「おかしいですね? 迷宮の試運転(トライアル)はあと数日は先の筈ですが……」

「林も近いし狸や兎とかの野生動物か?」

 二人してある方向へ視線を向ける。

 そこに在ったのはリビングに備え付けられた、壁と間違えそうな程の巨大なテレビ。

 テレビ局の電波が届かない迷宮の中、そのモニターにある映像が映し出される。

 土のトンネルが幾つも映ったそれは迷宮の内部だ。

 先日から一昼夜掛けて作り上げた回廊。

 防衛のための罠や仕掛けを施した回廊は、規模は小さいながらも迷宮の名に恥じないものだと自負している。

 だが、それゆえに回廊の確認などが難しい。

 自身は迷宮内の事は手に取るように分かるが、和御はそうはいかない。

 侵入者を知るために現地に向かって直に覗くわけにもいかない、流石に危険が過ぎる。

 そこで監視カメラのような機能を迷宮主の能力でテレビに組み込んだ。

 これならばリモコンを操作する事で和御が迷宮内部を知る事ができる。

 入口にチャンネルを合わせれば、一人の女性が映った。

「女性探索者か、それにしてはまだ若いな」

 背丈はともかく、幼い顔つきからして成人しているか怪しい。

 とはいえ未成年探索者というのは居ない訳ではない。

 かつての自分がそうであったように。

「探索が手馴れているな。ありゃ初心者じゃないな」

 周囲を警戒しつつ、それでも歩む速度は速い。

「運が悪い事に見つかってしまったようですね。連れている魔剣狼が感知したのでしょう。意思疎通もできているようですし従魔なのでしょうか?」

 少女の足元に一匹の狼が付き従っていた。

 時に先行し、時に背後を注意する。

 お互いの死角を補いながら進む姿は一朝一夕では済まない信頼関係が窺えた。

「そうみたいだな。あの魔剣狼と径路(パス)が通じているし、彼女が調魔師(テイマー)なのは間違いない、珍しいものを見たな」

 少女は知らないところで評価されながらも順調に迷宮を進んでいる。

「マスター、彼女達はどうしますか?」

 彼女の質問の意図は迷宮の肥やしにするか否かだ。

「途中で引き返すならそれで良いかな。核を狙うなら殺すけど」

 こちとら数日後に試運転を控えている身だ。

 できるだけ魔物は温存しておきたい。

「あ、そろそろ配置した魔物と接敵するぞ」

 数秒後、魔物は宣言どおりに彼女の眼前に立ちはだかった。


          ●


 硬質な物がぶつかり合う音を響かせて立ちはだかる魔物。

 3体集まって現れたそれは骨格のみの異形。

骸骨(スケルトン)? この迷宮はアンデット系なのかしら?」

 疑問を相棒に投げ掛けながら、彼女は動く。

 石器の棍棒という武器を持つ骸骨達の一体。

 その懐に飛び込んだ彼女は腰に差す剣に手を掛ける。

「――ふっ」

 力みの無い、しなやかな抜剣は骸骨の股下から頭部までを両断した。

 鈍い光を放つ諸刃の直剣は、次いで隣の骸骨の腰椎を断った。

 か細い骨であるが脚という土台を失った半身は地面に横たわる。

 それでも尚、侵入者への反撃として棍棒を振り回すが、その先端は虚しく空を過ぎるだけだ。

「――頼んだよ」

 たった一言であるが意思は伝わる。

 魔剣狼は任せろと言わんばかりに駆け出した。

 今まさに彼女目掛けて振り下ろさんとしていた骸骨へと飛び掛る。

「――!」

 矢の様に飛び出すそれはただの体当たり。

 しかし、鎧袖一触という言葉を体現するかのように、カルシウム十分の硬質な骨の固まりは音を立てて四散した。

「新手は……居ないかな?」

 横たわる骸骨の棍棒を避けて頭蓋を砕く。

 すると今まで足掻いていた腕は糸が切れた人形のように静かになった。

 剣身に付着する僅かな骨粉を一振りで落とす。

「……出来立てにしては整い過ぎてる?」

 落ち着いて浮かぶのは疑問。

 足元を確かめるように、靴で床を叩く。

 土ではあるが固く、強く踏み込んでも足を取られる事はない。

 足場が整っているというのは、敵の動きが阻害されないがそれはこちらにも同じ事。

「罠はまだ無いけれど通路の造りがしっかりしているような……」

 土の通路は初期迷宮の特徴だ。

 内装を一言で言うなら、土を掘り抜いただけの穴が続くのみだ。

 しかし、この迷宮はよくよく観察すると通路は凹凸が少ない。

 通路と呼べるほどしっかりした造りと言える。

「昔、入った初期迷宮はこんなに綺麗じゃなかったのに……何か嫌な予感がする」

 探索者として培った感と経験が警告する。

 僅かな違和感、これが命取りになる事は何人もの同業者が証明している。

 短い逡巡の後、彼女は決めた。

 遺骸から小石を咥えて回収する魔剣狼に告げる。

「……ハル、魔石を回収したらここを出よう」

 自身も同じく遺骸から煌めく小石を手早く拾う。

「想像以上に成長している可能性が――っ!?」

 腰のポーチから伝わる振動。

 微かに震える手で取り出すのは手の平サイズの携帯情報端末(PDA)

 その画面に浮かぶ情報は自身が危険な状態である事を表していた。

「迷宮の門を閉じる“自閉状態”……。私達を逃がす気は無いってことか」

 不安げに自身を見上げる魔剣狼に笑顔で答える。

「こうなると迷宮主を攻略(ころ)すか、私達が殺されるかの二択ね」

 ならば選択肢はただ一つ。

「……やってやろうじゃない。私達が力を合わせれば負けはしないわ」

 相手の意図は知らないが、ただ殺されるつもりは無い。

 返り討ちにしてやる。

 そう、決心して一人と一匹は迷宮の奥へと進んでいった。

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