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第五章 新築迷宮

「いい天気ですね」

 雲ひとつ無い青空だ。

「そうだね」

 下手をすれば見るのが最後になるであろう空が綺麗なのは何となく嬉しい。

「作業を始めてしまいましょう。立ち入り規制をしているとはいえ、迷宮主の情報を得ようとする人間は後を絶ちませんので」

「人気の無いところとはいえ、どこに目があるか分からないか……」

 迷宮建造地に選んだのは都心に程近い土地だ。

 交通の便が程々にあり、人が少ない場所には既に他の迷宮が建っていた。

 残るは、都心周辺か人気の全く無い田舎ばかりだ。

 悩み、担当である和御に相談したところ幾つかの土地を進められた。

 極秘であるが、それらの土地は将来の交通開発予定地なのだそうだ。

 インサイダー取引が捗りそうな情報であるが、ネット環境が皆無では意味は無い。

 結果、選んだのは近くに他の迷宮が存在せず、人気が無いというより人自体が居ない場所。

 人気は無いが、歩いて10分程の場所に寂れたバス停がある。

 新築迷宮の旨みは少ないが、迷宮自体が近くにない人からすれば貴重な収入源に変わりない。

 数時間に一度というバスの運行は人の往来を制限することができるだろう。

「正式な公開までは落ち着いて迷宮の調整ができそうですね」

「そうだと有り難いんだがな。……それじゃいくぞ」

 予定地の中心で地面に手を付ける。

 迷宮を創る。

 その意思に呼応するかのように胸の鼓動が早くなる。

 心臓から体中を巡る血管に熱が送られる。

 熱くはあるが心地よい熱は地面に触れた手から放たれた。

 放たれた熱は地面に幾何学模様を刻む。

 淡く光る模様は力を増し、最後には世界を染め上げる。

「これが、俺の迷宮……」

 光が消え、世界に色が戻ると見慣れた物が鎮座しているのに気付いた。

「手を加えない限り、入口はこの形になるようです」

 先日、訪れた中立迷宮の入口。

 2立方メートルの石造りの門だった。

 違いと言えば浮き彫り(レリーフ)が螺旋を主体に描かれている程度で、後は変わらない。

「中に入ってみませんか? 内装を整えて家具の持ち込みを済ませてしまわないといけませんし」

「ああ、ベッドとか色々あるからなぁ」

 後ろに停めてある引越しによく使われるトラックを一瞥する。

 中身は和御の手配した家具などの物資が載っている。

 やる事は山積みだが、やらなくては地面に寝転がる事になってしまう。

「さて、新築迷宮の中身はどうなっているかな?」

 自領である迷宮に入る。

 この時から本当の意味で迷宮主としての人生が始まった。


          ●


「個室が一つ……」

「まぁ、まだできたてですし」

 入口を潜り抜けた先は土で囲まれた空間。

 広さは10畳程だろうか、意外と広い。

 新築ではあるがの土の匂いしかしない。

 光源は無いが蛍光灯を点けているかのように室内は明るい。

 床に薄く影ができるので光源は上からのようだ。

「内装は後ほど変更できるのでまずは外の荷物を回収してしまいましょう」

「え? 二人で?」

 現在、人という人は自分と和御のみだ。

 迷宮主の情報秘匿という事で、ここまでは和御が運転するトラックでの移動だ。

 荷物といえば、トラックの荷台に載せた物資の事だろう。

 事前に内容物のリストを受け取っているが、二人で運ぶには厳しいものがある。

 どうしたものかと呆然としていると和御が慌てて言葉を継ぎ足す。

「さ、流石に人力というわけではありません。迷宮主としての能力の練習ですよ」

「能力については聞いているけどできるのか? 迷宮の外だけど?」

「大丈夫です。迷宮主の干渉は迷宮の出入り口、いわゆる“門”の周辺まで及びます。範囲は個人差は有れど約半径10メートルになります。ですので、トラックごと迷宮に取り込んでください。あのトラックは今日付けで廃車手続きがされるので気にしないで下さい。むしろ物資として利用してしまいましょう」

「そういう事なら遠慮なく」

 迷宮を動かすには核に触れながら意識するのが良いと聞いた。

 いずれは手足の様に動かせるそうだが、まだ時間が掛かりそうだ。

 迷宮核のある胸に手を当て外を意識する。

「……お?」

 外の景色が見える。

 視点も360度見回す事ができるが、一点から動く事ができない。

「“門”からの視点か?」

 まるで監視カメラだ。

 外部の様子を窺えると言うのは今後役に立つだろう。

「えーと、トラックは……あったあった。よし、取り込むか」

 果たして、取り込みはあっさりと済んだ。

 車体の真下に幾何学模様の陣が広がったかと思えば、トラックは光の粒となって“門”に吸い込まれた。

「これが迷宮に取り込むって事か……何だか変な感覚だ」

 光子となったトラックは迷宮の中に物質としては存在しないが、情報として存在する。

 触れないし見えないのに、在る事は分かる。

 これまでの人生でも感じた事の無い未知の感覚であるが、不思議と受け入れてしまう自分が居る。

 人のままであれば、この異物感に多大なストレスを感じていただろう。

 しかし、迷宮主としてはこの異物が迷宮の糧になる事を理解してしまっている。

 そしてそれが心地よいとも。

「本当に人間止めちったんだな、俺」

 寂しさは感じても嫌悪感が無い当たり手遅れだろうか。

 何となく感傷に浸ってしまう。

「……あ」

 気付けば和御があたたかい目で見守っていた。

 顔から湯気が出そうだ。

「あーっと、荷物を出すんだっけ? それじゃあ――」

 赤くなっているであろう顔を隠すため彼女に背を向けて壁に手を当てる。

「ここに創るか!」

 情報を具現化する。

 バラバラに散らばっていた粒が集まり積みあがっていく感覚。

 土の壁は僅かに発光したかと思うとアルミの壁に変化した。

 真四角に変化した壁には取っ手が付いており扉である事も分かる。

「トラックを埋め込んだんですか?」

「荷台の部分だけだけどな。エンジン部とかはまだ保管しておくよ」

 ロックを外して扉を開ける。

 開けた中は迷宮の恩恵が無いのか薄暗い。

 だが、家具や物資が山と積まれているのは分かる。

「こうしておけば和御さんでも取り出すことができるだろ?」

 少し気を使っただけだが、彼女は目を丸くして驚いていた。

「お気遣いありがとうございます」

 嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる彼女に見惚れたのは心の内にしまう。

「迷宮主としての能力は問題無さそうですので内装の調整ですね。これからここで生活するのですから先ずは生活空間から整えてしまいましょう」

「あーそうか、ここが俺の終の棲家になるんだよな。そうなると色々創らないといけないか」

 問題は山積みだ。

 定例会の前に創造しなくて良かったと和御に感謝だ。

「必要になると思われる設備を書き出しましたので参考にしてもらえれば」

 和御が差し出したのはメモ用紙。

 いつの間にかメモ帳に書き出してくれたようだ。

「うわー本当に助かるわ。ありがとう」

迷宮主(マスター)の手助けが担当職員の仕事ですから」

 悪戯っぽくウィンクする和御。

 このままだと頭が上がらなくなりそうだ。

「必要なのは浴室、トイレに――ん?」

 一瞬理解できなかった。

 それはメモ欄の一番下。

 “担当職員の居室”。

「あ、資料なども置きたいので居室の広さは6畳は有ると助かります」

「ん? 迷宮(ここ)に住むのか?」

「え?」

「え?」

 思わず顔を見合わせる。

「担当職員はその業務上、迷宮主の近くに待機する事になっているのですが?」

「いや、それは契約書に書いてあったけれど、一緒に住むの? 通いじゃなくて? 一応大人の男と女だぞ?」

 ある種、一つ屋根の下である。

「……あー、そういうことですか」

 何かに納得したのか頷く彼女。

「問題ありません。そういう事態も織り込み済みですから。それに海底や火山に迷宮を創った場合、毎日通うことができないじゃないですか。担当職員は住み込みが基本ですよ」

 当たり前のように言い切る。

「そういうものなの?」

「そういうものなのです。では私は物資の仕分けを行いますので、拡張はお願いします」

 理解しようと頭を回転させる自身を置いて、彼女は荷台の中に入っていった。

「……よーし、俺、生活空間を整えちゃうぞー!」

 メモに記された設備を造るべく動き出す。

 思考放棄ではない、生活し易い空間は大事だからだ。

 メモの項目を処理し終った頃には既に夜が更けていた。

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