第四章 一国一城の主
ペラペラと紙を捲る。
次々に開かれるページは全てが地図だ。
風景写真が付いており、場所のイメージは簡単だ。
場所は都心から地方まで。
果ては山頂や海中とバリエーション豊かだ。
「この中から迷宮建造予定地を選べったってな……」
何十分もかけて吟味している為か、目が乾く。
載っているのは国土の全てという訳ではなく、地脈というものに沿った地だけだ。
場所は絞られているが、如何せん人の身では大地は広すぎる。
迷宮を建てるに当たり、必要になるのは最大20メートル四方の土地だけだ。
この国という現世と迷宮という異界を繋ぐ出入り口を置くためだ。
言葉にすると大きいが目にすれば意外と狭く感じる。
「都心からは離れていた方が良いか? でもあんまり田舎過ぎるのもなぁ」
配置場所一つで生存性が激変するというので真面目にならざるを得ない。
「人が少ないと初期は危険が少ない代わりに成長が遅い。人が多いとその逆か……」
土地柄や交通の便などでまた変わるが、単純に考えればそういうことだ。
一通り目を通したが答えは出ない。
「だー、頭痛くなってきた!」
長時間考え過ぎて頭が煮だってきた。
休憩を入れるために転がるのはベッド。
見上げる天井はここ数日で見慣れたものだ。
「ホテルと変わらないなこりゃ」
ここは迷宮主である事が発覚した病院だ。
落ち着かせる為に寝かされた病室ではあるが、迷宮を建てるまでの仮の住処として使わせてもらっている。
食事は一日三食決まった時間に運ばれてくるし、内容も金持ち向けなのかホテルの食事に劣らない程に豪華である。
浴室やキッチンまで備え付けられており、VIP専用というのは伊達ではない。
「業界の重鎮が使う部屋かー。まるで権力者に成ったみたいだ」
「『成ったみたい』ではなく既にその一人ですよ?」
呆れたような顔をして病室に入ってきたのは和御。
大小様々なダンボールを積んだ台車を押していた。
「“迷宮”と言う無限に等しい資産を手にした時点で特権階級の仲間入りです。並みの権力者が羨む立場もあるんですからね」
「……まぁ迷宮主の権利は金じゃ買えないからなー」
金で成れるのならば、迷宮主は権力者だらけだろう。
望む望まないに関わらず核との相性だけが迷宮主を生み出す。
金で売れるのならば一も二もなく売り払ってしまいたい。
「立場につきましては追々理解するものといたしまして、注文の品が届きましたのでお渡しします」
開封されたダンボールから雑誌やゲーム機が取り出される。
今は娯楽品を買っている場合では無いと思ったが、意外にも和御からの勧めもあり頼んでしまった。
何でも、迷宮創造後は暫く社会との繋がりが薄れてしまうため、精神の安定に必要なのだとか。
「迷宮内ではテレビもネットも繋がりません。迷宮が成長すれば解決しますが、そこに至るまでに年単位で掛かると考えてください」
「確かに暇潰しも何も無い中で何年も過ごすのはキツイな」
これでもネット社会に順応した現代人だ。
ネット環境が無い中での生活など考えただけで憂鬱になる。
「でもやらないと駄目なんだよな……」
迷宮主が迷宮作成を放棄する。
それは将来手に入る筈の莫大な資源を捨てるに等しい。
資源という金の卵を産まないガチョウはどうなるか?
どう考えても碌な未来は見えない。
「……死ぬのはゴメンだ」
例えそれが屍山血河を築く事になってもだ。
一息いれて起き上がる、場所を決めるためだ。
すると和御が新たな紙束をベッドテーブルに置いた。
「息抜きと言うのは何ですが、気分転換も兼ねて別の書類を済ませてしまいませんか?」
紙束に視線を向ければ、それは迷宮開設の届出書であった。
「一応迷宮は国家事業の一つですので正式に認可するため手続きが必要なんです。無認可迷宮の場合、国からの援助ができませんから」
「それは困る」
衣食住。
生きるのに必要なそれらは、現在国からの支援で賄われている。
打ち切られてしまえば、身一つでこの町中へ放り出されてしまう。
「……甲種の選択肢が無い」
書類に記された様々な迷宮の運営目的。
その中で主に使われているのは農用地や工業地としてか。
実際、異界に存在する迷宮は土地として見るのならば地震や台風などの天災と無縁の安全地帯だ。
例外はあるが、対策する手段はあるので問題は少ないだろう。
環境は迷宮主によってある程度操作できるため、農作物の安定した収穫も期待できる。
工場を建てたにしても、外界と断絶した迷宮では公害を最小限に抑えられる。
変り種としては、迷宮をそっくりそのまま企業にしてしまった者も居た。
国内最大手のその企業は米一粒から戦車まで。
ありとあらゆる方面に手を伸ばす大企業と成った。
「甲種は別といいますか、求められる役割が違いますからね。既存の資源を掘り出すなら丙種、乙種の迷宮で十分賄えています。国が求めているのはその先、未知の何かなのですから」
幾つもの項目が並ぶ巨大な丙と乙の枠、その隣に甲種の枠があった。
「甲種の運営目的が“迷宮”一択な時点でお察しだよ」
たった一つしかない枠にチェックを入れる。
広く取られた枠内の中央にたった一つ記された光景はシュールだ。
「対外的な建前ですよ。甲種は常識の通用しない場合が多く定型の対応がとれませんし。“迷宮”として運営するならば、牧場でも工場でも何でも好きにして構わないという事です」
「“迷宮”内は治外法権、何があっても自己責任、ね。探索者なら誰でも知っている言葉だけど迷宮主も同じ事か」
「マスターは規律を作る側ですよ。例え屍山血河を築いても、酒池肉林に溺れても、悪逆無道の限りを尽くしても誰も文句は言いません、迷宮の中は迷宮主の国であり城でありますから」
「文字通りの一国一城の主ってわけか。実行するのは自殺行為だからやらんけれど」
心情的な問題だ。
迷宮主からすれば探索者は自身の命を脅かす不法侵入者以外の何物でもない、相手が攻略す気でいるならばこちらだって殺すしかない。
が、余りにも非道を繰り返せば正義感溢れた勇者や被害者各位からの復讐と来客の絶えない人気スポットとなりかねない。
そういう連中に限って一定以上の力量を持っているのだから厄介だ。
質も量も兼ね備えた相手を捌くには、成長した迷宮でも厳しい。
新米迷宮主である自分が行えば来年の日の出を拝む事はできないだろう。
「全うに殺し攻略される迷宮造りをしないとな」
健全ではないが探索者と迷宮主の関係なんてそんなものだ。
書類に記入しながらも建造予定地の候補を決めていた。