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第二章 契約

 目が覚めたらベッドの上だった。

 窓から見える日の高さからして日中か。

「迷宮で調子に乗ってヘマ重ねて、九死に一生を得たと思ったら人間卒業してるとか……」

 清涼感のある室内はどこかの病室か。

 個室のようだが高そうなソファーや大型テレビが置かれ、窓の外は部屋自体が高い位置にあるため絶景といってもいい。

 ちょっとしたホテルと見間違えそうだ。

 ゴミに溢れた自室との違いに乾いた笑いしか出ない。

「夢だったらよかったのに」

 沈静剤の効果が残っているのか自身でも驚くぐらい落ち着いていた。

 あれだけ認めたくなかった現実を素直に受け止める事ができた。

 納得はしていないが。

「目が覚めたようだな」

 突然掛けられた声。

 声の元へ視線を向けるとベッドの傍に一人の女が立っていた。

 一昔前からタイムスリップしてきたかのような袴姿。

 黒髪を背に束ね、腰に一振りの刀を差した姿は女侍。

 不用意に近づけば斬られてしまいそうな刃を思わせるその凛とした風貌は美しかった。

 だが見惚れる暇は無かった。

 先程見渡した部屋の中には誰も居なかった筈だ。扉の開閉音すら聞いていない。

 仮にも探索者として鍛えた自分がこんな近くに寄られるまで気付かない事に背筋が凍った。

「そう警戒しないで欲しい。こちらに危害を加える気は無い」

 近くの椅子に腰掛け、寛ぐ姿に敵意は感じられない。

 しかし言葉通りに受け止めるには彼女の底知れぬ力量と自身の立場が邪魔をした。

 なかなか警戒を解かない俺に、彼女は不快感を示すことは無かった。

「そう簡単に信じては貰えないのは分かっている。だが、成り立てとはいえ“ダンジョンマスター”に一般人が近づくのは危険だからな。私達“順位者(ランカー)”の探索者が初期の対応をする事になっているのは知って欲しい」

「この国が誇る100人の一人が時間を割いてまで対応するとはね……」

 皮肉ではなく、純粋に驚きからの言葉だ。

 ランカーと言う存在は軽いものではない。

 国の至る所に限りなく出現する迷宮。

 並みの迷宮は程度の差があるが、踏破するには大なり小なりの難関がある。

 普通なら徒党を組み十全の準備を調えてから挑む、それを単身で成し遂げる人間が居る。

 まさしく人を超えたそれら“人外”達の番付。

 その人外の枠組み内でも“一位と百位(ピンキリ)”で大人と子供程の差があるというのが驚きだ。

 目に見えて分かりやすい強さから、迷宮に挑む“探索者”達からは畏怖と尊敬を集めている。

 かつての自身が目指していた高みでもあった。

 ……逆に言えば、そんな連中を寄こすほど国にとって“ダンジョンコア”は重要な訳だ。

 左の胸を摩る。

 伝わる鼓動は今までと変わらない。

 今、自分の命を繋いでいるのは水晶の心臓。

 それは、あの宝箱に入っていた水晶型のダンジョンコアが変化したものだった。

「継承ではなく、新たにダンジョンマスターが生まれるのは久々でな。近くでたまたま休暇中だった私が対応に当たらせてもらったという訳だ」

 寛ぎながらも向ける視線は鋭い。

 値踏みをしているのだろう。

「お互いに自己紹介はしなくてもいいだろう、時間の無駄だ。攻略(ころ)されずに生き延びていれば、その内また合うだろうからな。という訳でさっさと本題に入るとしよう」

 袖から取り出した紙の束を渡される。

 紙の束には従属に当たっての契約事項と書かれていた。

「……これは?」

「見た通りだ。貴方への詳しい説明も中に書いてある。国との従属契約を受けるか否か、それを私は見届けに来た」

 パラパラと捲っただけでも数十枚はある、それも一枚一枚が文字で隙間無く敷き詰められているものだ。

 丁寧に両面コピーで紙の節約をしているのが更に読む気を削いでいく。

 堅苦しい言葉が綴られたそれは読むだけで眠くなりそうだ。

「一つ聞きたい、拒否した場合はどうなるんだ?」

 その気は元より無かったが、ふとした疑問が口から出た。

「私の仕事が一つ増えるだけだな」

 腰に差した刀の鯉口を切る姿で理解した。

 ダンジョンマスターはその身一つで魔物を際限なく生み出す事が可能だ。

 首輪も無しに放置する事は安全や資源、その他諸々の観点から国として許容できないという事か。

「……契約については前向きに検討しているから刀を納めて欲しい。それと目を通すのに時間が掛かるが良いか?」

「時間については元より承知の上だ。後からクレームを入れられると面倒だからな、納得するまで読み込んでくれ。待っている間、テレビを借りるぞ」

 返事をする前にテレビの前を陣取っていた。

 適当にチャンネルを回してバラエティ番組を映す。

 つまらなそうに眺めているため、暇潰し以外の何者でもないようだ。

 ……さっさと読み込むか。

 時間を掛け過ぎて彼女の機嫌が悪くなっても困る。

 今、この病室は彼女以外に人が居ない密室。

 あり得ないだろうが、面倒になった彼女が俺を切り捨てても『契約を否定したので処理した』と処理する事ができてしまう。

 そんな展開を回避するため、かつて受験勉強をしていた時に近い集中力で資料に目を通した。


          ●


「ダンジョンマスターは人に非ずか……。何で俺が成っちゃったのかなー」

 目を通した感想だ。

 ダンジョンコアが心臓に寄生、一体化した時点で人としての俺は公式に死んだ事になった。

 結果として今の俺は、国籍も人権も無い名も無き魔物(ダンジョンマスター)扱いだそうだ。

 あんまりだが、この処置は国民を守るためでもある。

 幾つも理由が、基本ダンジョンマスターは不特定多数の人間に狙われている。

 ダンジョンマスターの弱みを握りたい人間は数え切れない。

 手段を選ばない者なら、ダンジョンマスターの家族や友人といった交友関係者に危害を加えることに躊躇いは無い。

 なので死という区切りを付け、一旦白紙にすることで巻き込まれないようにしている。

 ダンジョンマスター自身は何一つ守られていないが。

 読み終わった事に気付いたのか、気が付けば彼女が傍に座っていた。

「膨大な“資産”を自由自在に扱える、成りたい職業ナンバー1と聞いているが?」

「それは“乙種”か“丙種”のダンジョンマスターだろ……。“甲種”はワースト1位だ」

 誰が好き好んで命を狙われたいものか。

「まぁ、そういうものか。……で、答えは決まったか?」

 それは最終確認。

 ここで否と答えれば命は無い。

「契約するよ、俺はまだ死にたくないしな。……それにこの契約は確実に履行されるんだな?」

 よく考えてみればあの時ダンジョンコアを見つけていなければ、そのまま死んでいたわけだ。

 それにこの契約を結ぶ事で“探索者”として潜っていた目的の一つは達成できる。

 それさえ叶うのならば、この“命”が狙われようとも構わない。

 黙って大人しく攻略(ころ)される気は無いがな。

「それは()が保証している。契約が違えられる時は、この国が終る時と考えても違いは無いだろう」

 順位者(ランカー)は探索者であると同時に国に属する人間だ。

 その言葉に嘘は無いだろう。

「それなら安心だ。……ところで契約ってどうするんだ?」

 契約書を見て気付いた。

 型式ばった書式が連なる紙には名前を書く欄も何も無い。

「紙に手を当てて契約する旨を宣言すればいい。それで終わりだ」

「何そのファンタジーな契約方法。しっかり書類に記載してくれよ」

「誤って契約するのを防ぐためと聞いている。国からすれば契約内容を熟読してもらいたいのだろう」

「……ああ、契約方法を探すために隅々まで目を通させるのか」

 確かに重要な事が書いてあったが、ここまでしなくても。

「それじゃあ早速――」

 用紙に手を当て宣言する。

「契約を結ぶ!」

 用紙は淡い光を放ったかと思うと、光となって四散した。

「契約、この目でしかと見届けた。これで私の仕事は終わりだ。細かい話は後から来る担当職員から聞くといい」

 彼女は用は済んだと踵を返して病室から出て行く。

 その背に掛ける言葉は無かった。

 本来“探索者”と“ダンジョンマスター”は殺し合う仲なのだから。

 近くにあった水差しから水を一杯頂く。

「俺はこれからどうなるのかねぇ?」

 血生臭い未来にため息しか出ない。

 テレビでも見て気分を紛らわそうと思い立った時、扉が叩かれた。

 先程言っていた担当職員とやらだろうか。

 その事に思い当たった時点で来訪者は中に入っていた。

 スーツをきっちりと着こなした女だ。

「失礼します。契約により“大和国”から派遣されました、日本和御(ひのもと あみ)と申します。本日より担当と成りましたのでよろしくお願いします」

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