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第一章 油断の対価

 某年某月。

 世界は枯渇した。

 以前から限りある資源などと騒いでいたが、その時が来てしまった。

 地球上に在った資源は、分解されたり、宇宙に消えたり、手の届かない深海に消えていった。

 再資源(リサイクル)活動という使い回しも枯渇までの寿命を僅かに延ばしたに過ぎなかった。

 予想では100年先まであった資源は、技術の進歩速度と反比例に消えていった。

 数少ない資源で活用する技術も発達したが、人の欲を満たすための消費の前には無意味だった。

 資源が無くなるほど、国同士の争いは激化し、場所によっては分裂し内戦まで起きた。

 有る所から奪え。

 そんな考えが一般化した時点で避けられない争いが起きた。

 しかし、そんな第三次世界大戦を終えた今。

 存在する国家の数も規模も“平成”という時代が終った頃と然程違いは無かった。

 大きな違いとしては国交を断った事か。

 他に国名が変わったり数が変わっているがそれは誤差の範囲だろう。

 ヒトの数は激減したが、たった数年で回復の兆しが見えている。

 それは神の施しか、悪魔の誘惑か。

 ただ言えるのは、ヒトは自身の命を犠牲として無限の資源を手に入れたという事だ。


          ●


 石造りの薄暗い通路で俺は全力を尽くしていた。

「くっそぉ!」

 全力で剣を振る。

 剣先に重い手応えを感じながら振りぬいた。

 ゴム鞠の様に通路の奥へ飛んで行ったソレを無視して走り出す。

「剣がこんなんじゃ傷も与えられないっ!」

 量産品でありながら質が良いと評判の剣は、刃毀れを重ねて(なまくら)になっていた。

 オマケに今の衝撃で剣先が曲がっている。

 腰の鞘にはもう収まらないだろう。

「出口! 出口はどこだ!?」

 後ろから重いゴムボールが跳ねる音がする。

 たった今打ち飛ばしたというのにもう追いついてきた。

 リズム良く跳ねていた音が止まる。

「――っ」

 通路の壁へ向かって跳んだ。

 直後、通路の真ん中を何かが跳び抜けた。

 風切り音を奏で、ソレは自身を追い越す。

 壁へ跳ばなければ腹の風通しが良くなっていただろう。

 ソレは通路を塞ぐように跳ねていた。

「スライムなのに下層だとこんな強いのかよ!?」

 赤黒いゴムボールのような物体。

 バスケットボール程の大きさのソレは色が違えど自身も見慣れていたモノだ。

 だが、秘められたパワーは桁が違った。

 動き自体は似通っているため何とか対処はできていたが、体力の限界が近い。

「こっちくんな!」

 跳ねて飛び掛ってきたのを体捌きで躱す。

「あっち行ってろ!」

 着地した瞬間を蹴り飛ばす。

 大した抵抗も無く、スライム自体の弾力も合わさって予想以上に跳んでいった。

「今の内に!」

 通路の奥を目指して走り出す。

 自身の命を守るために。


           ●


 呼吸は乱れ、脇腹が痛くなってきた。

 足は一歩踏み出す事に軋みを上げている様だ。

 でも止まれない、止まってはいけない。

 スライムを引き離す事はできたが、通路は今の今まで一本道。

 音は聞こえないとはいえ、追ってきていないとは言い切れない。

「何で……こんな事に……っ!」

 思い返せば簡単だ。

 金を稼ぐためにこの迷宮(ダンジョン)に潜り込んだ。

 そして自身の実力と吊り合う浅層でスライムなどの魔物狩りを行っていた。

 普段より調子も良く、戦果もいつもより多かった。

 そして、誰にも空けられていない宝箱を見つけた。

 隅から隅まで探索され尽くした階層で、だ。

 本来なら警戒して掛かるべきだったが、ノリに乗った調子は警戒という言葉をどこかに置いてしまった。

 鍵も掛かっていなかった宝箱には手のひらサイズの水晶が一つだけ。

 期待値を下回った成果にガッカリしながら腰のポーチに仕舞った時、それは起動した。

『あ、足元が!?』

 落とし穴の罠。

 古今東西、様々な迷宮にて採用されているメジャーな罠の一つだ。

 対象者をひとつかふたつ下の階層に落とす罠は、俺を迷宮の上層から下層付近まで叩き落してくれた。

 現在の階層を示してくれる便利グッツは88層を示してくれやがった。

 公式でも一部の人外しか到達していない場所である。

 この階層に対する人外からのコメントとして、

『強化スライムを殺さないように次の階段までドリブルする休憩場。救い上げるように優しく蹴り上げるのがポイント』

 などと意味不明な供述を残している。

 幸いな事に、この88層で出現する魔物はスライム1匹のみ。

 しかも地形は直線ときている。

 途中にある脱出地点までに辿りつければ良い。

 微かな望みを胸に走り続け、ついに見つけた。

「あった!」

 壁に立て掛けたボタンと緑色に輝く非常口のピクトグラム。

 なんとも分かりやすい。

 ボタンを押せば入り口まで転移してくれるという親切設計。

 息も絶え絶えにボタンを押す。

 すると床に幾何学模様の陣が広がった。

 この陣の模様の上が転送範囲だ。

 生き延びたという安堵に思わず座り込む。

 五月蝿いほど響く鼓動を落ち着けるように深く呼吸する。

「――っ?」

 直後、体に響く微かな衝撃。

 ……また忘れていた。

「こふっ」

 喉の奥から赤い液体がせり上がった。

 ……初心者講習で言っていたではないか。

「え?」

 視れば左胸に穴がぽっかり開いているではないか。

 丁度心臓の位置だ。

 ……迷宮内での油断は。

 思わず振り返って確認する。

 そこにはいつの間にか赤黒い物体が存在していた。

 ……命取りになるって。

『88層の強化スライムはな。離れた相手に自分の体の一部を飛ばすんだよ。威力は結構あるから注意な』

 もっと早く思い出せばよかった。

 体から力が抜ける。

 地面に倒れる瞬間、視界は光に包まれた。

 迷宮に潜る際に見慣れた転送の光だ。

 視界一杯に広がる白に、別種の色が混ざっている事に気付かなかった。

 腰につけたポーチが輝いていた事に、終ぞ気付くことはなかった。

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