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第十四章 抗う者達

「まっ待ってくれ……嫌だぁ! 死にたくない――!」

 そう叫んだ男は、棍棒の殴打に倒れた。

 一思いに死ねれば良いが、そうはならない。

 肉を打つような音とくぐもった悲鳴だけが響く。

 何せ、奴等の武器は鈍器だ。

 当たり所が悪く――いや、良くなければ、果てるまでその暴威と痛みを味わい続けるしかない。

 事実、奴は始めに頭を守ってしまった。

 結果として、即死、昏倒せずにその地獄を味わう事となった。

 そして、奴等には急所を狙うという頭は無いようだ。

 おかげで、死が遠退くのだから皮肉なものだ。

「囮にはなったか。群れなきゃ殺しも出来ない腰抜けにしては上等だな」

 男が手放した剣を拾う。

 始めに配布された物と合わせて二本目になるが、補給が不可能な状況では貴重な予備だ。

「ここからは、一人か。まぁ、昔通りだな」

 現役時代は単独(ソロ)探索者として、そこそこの実力を持っていたのだ。 

 投獄され、少なくないブランクと弱体化はあれど、出来立ての迷宮に遅れを取るつもりはない。

 幸いな事に、マネキンは男に夢中になっている。

 気配を隠し、その背に近づく。

「どちらにしろ、無罪放免の権利を得られるのは一人だけ。遅いか早いかの違いだったな」

 無造作に剣を振るう。

 柔らかいが、十二分に弾力のある感触。

 それを掻き分け進むと、妙に硬い芯へとぶつかる。

 遠心力と刃の鋭さを持って、断ち切る。

「多少鈍ったが、このレベルなら問題ないな」

 血振りを行い剣を納める。

 抜き身でも構わないが、エンチャントによって僅かに発光しているのが気になる。

 そして敵や罠を回避する時、即座に対応できる様に両手を開けておくのがポリシーであるからだ。

「しっかし、気味が悪ぃ」

 たった今、切り捨てた魔物に目を向ける。

 首と胴を泣き別れさせた断面からは真っ赤な鮮血が溢れ出していた。

 服を着せれば、間違いなく人間と見間違えるだろう。

「こんな(ナリ)してる癖に、感触だけは人間そっくりたぁな」

 何人もの人間を斬り捨てた経験は、眼前の魔物を“人間”と告げていた。

 肉の弾性、骨の剛性は平均的な成人のものと言えた。

「ちいとばかし物足りないが、俺からすればこれ以上ない獲物だな」

 口端が上がるのが自覚できる。

 モドキとはいえ、もはや諦めていた“殺人”が叶うのだから。

「ああ、良い……また殺せるんだな」

 久しく感じなかったソレが体の芯、心の奥底から溢れる。

 爽快感だ。

 幾多の魔物を切り捨てても得られなかったものだ。

「クククッ、監獄で多少は落ち着いたかと思ったが、そんな事はなかったな」

 それは麻薬であり悪魔の誘惑。

 本来であれば拒絶せねばならないのだろうが、そんなつもりはサラサラ無かった。

「魔物よりも、人間を殺したいなんて……ホント救い様のないクズだな、俺は」

 自他共に認める“殺人鬼”は、その口に弧を描く。

「人型の魔物より、人間……だったが、コイツは悪くねぇ。久々にスッキリさせてもらうとするか」

 幸い、武器の予備はある。

 切れ味が落ちても鈍器として扱える。

 折れたのならば、他の囚人連中を殺して奪えば良い。

 囚人だろうが迷宮主だろうが、どうせ一人しか生き残れないのだ。

「この迷宮がもっと早く生まれていれば熱心なリピーターになったんだがなぁ……巡り会わせが悪かったか」

 運が悪かった、その一言に尽きる。

 この迷宮の魔物はモドキとはいえ、完全に自分好みであった。

 もっと若い時にこの迷宮があれば、自身が生まれるのがもう少し遅ければ。

 そんな“たられば”を考えてしまうが、現実は非常だ。

 今ここに居るのは大量殺人鬼であり、無辜の人々を殺しまわった下種でしかない。

「あー、勿体ねぇ。こんな素晴らしい迷宮を潰さなきゃいけねぇなんてな」

 この迷宮の価値を誰よりも理解できるからこそだ。

 高級なフレンチを床にぶちまけるかの如き、その所業に途轍もなく嫌悪を抱く。

 だが、自身にとって一番大事なものは、自身の命だ。

 目の前に金塊を積まれようと、比べる行為自体がありえない。

「まだ斬り足りないんでな。悪いが攻略(ころ)すぜ迷宮主さんよ」

 地面に転がる二種の肉塊を一瞥し、殺人鬼は迷宮の奥へと進んで行く。

 しかし、彼は気付いていなかった。

 かつて潜った様々な“迷宮”の中の一つではあるが、()だけはその在り方が違う事に。


          ●


「目には目を、化け物には化け物をって感じでぶつけたが……彼女が居なかったら詰んでいたな」

 視線の先には、氷片渦巻く景色があった。

 迷宮主である彼が居るのは、リビング。

 迷宮創造の際、初めて手に掛けた部屋である。

「地脈の供給で強化はしたが、それは相手も同じか。もう少し彼女に異能を馴染ませる時間が欲しかったが……」

 飲み物片手にソファーに寛ぎ、壁に埋め込んだモニターで観戦する。

 一見すればこれ以上ないくらいに寛いでいるが、その内心は穏やかではない。

 何せ、配下の彼女が負ければ、自身の死が確実なものになる。

 対抗策は既に仕込んだ。

 後は時間の問題だった。

「囚人の状況はどうだ?」

 隣に座る和御に問う。

 傍に浮かせた半透明の板を操作しながら彼女は答える。

「約半数が中盤の罠群にて足を止めています。また、単独行動を行う者には、複数の素体で奇襲を掛け、確実に処理しています」

 画面に分割表示された映像の一つでは、丁度一つの命が終わりを迎えていた。

 元は熟練者として名を馳せた殺人鬼であった。

 返り討ちにされた配下の数は多いが、弱体化と数の暴力の前には儚いものであった。

 死に顔が少々満足そうなのが不思議であったが、戦いの中で満足した系だろうか。

「これが本来の“試運転(トライアル)”なんだよな?」

「はい。迷宮核の特性把握と配下の運用法の確認を行うのが“試運転”です。事前の説明では大げさに表現しましたが、余程の下手を打たない限り攻略される訳がありません」

 言われてみればそうだ。

 世に公開された“普遍的”な迷宮は、不特定多数の人間を相手にした構造になっている。

 逐次侵入する探索者相手に、型に嵌まった対応は直ぐに学習されて無為になる。

 限りない侵入者に対する幾つものパターンを想定し、配下の消耗と温存、生産の選択と運用もシビアになる。

 だが、今回の“試運転”では侵入者の数は規定されており、殲滅すれば正式解放まで国家からの保護期間もある。

 後先考えずに、エネルギー任せに魔物を使い潰すだけの稚拙な戦法でも乗り越えられるだろう。

 故にこんな特効属性で無双されたり、一騎当千な化け物が暴れ回るのは想定外でしかない。

「本来、“試運転”に“魔術師”や“異能者”を参加させる事はありません。“試運転”は名前の通り“試す”ためのものですから」

「まったく……どこの誰か知らないがやってくれたもんだよホント」

 これも核ハンターとやらの仕業なのか。

 だとすれば、その迷宮核への執念に頭が痛くなる思いだ。

「彼女がやられれば、その時点で俺の負けか……。できうる支援は全てやった。後は彼女次第か」

 頼むぞ、と祈る気持ちでモニターへ目を向ける。

 互角であった勝負は、徐々に形勢が傾いていた。


          ●


 澄んだ音が幾重にも響く。

 交わされるのは氷刃の剣戟。

 その度に火ではなく、氷の花が散る。

 凍りついた広間では、篝火に浮かぶ二つの影が踊り狂う。

「飲み込め」

「させない!」

 巻き起こるのは2つの大波。

 方や全てを飲み込み凍らせる氷波。

 方や全てを刺し貫く氷刃の剣波。

 ぶつかり合う波は甲高い破砕音と共に周囲に破片を撒き散らす。

「穿て」

「――くっ」

 突如飛来する氷柱の群れを氷剣で斬り防ぐ。

 一つ一つが鋭く大きい。

 ペットボトル大のそれらを、全てとはいかないが致命傷となるものだけを弾く。

「退いて」

 氷剣を振りかざし飛び込んでくる。

 氷柱への対処で反応が一手遅れてしまう。

 飽和攻撃で足止めをし、確実な一撃を入れる。

 これをやられてはひとたまりもない。

「――と、思うよね?」

 利き手で氷剣を保持したまま、反対の手で飛来する氷柱を掴む。

 少々肉が裂ける感覚がしたが、直ぐに再生するから問題ない。

 そのまま敵へと突き出せば、その形は既に剣と成っている。

「――っ!?」

 鉄をも貫く剣先は首を捻る事で躱される。

 避けられはしたが、体勢を崩した。

 組み付き、その柔らかそうな喉元を喰い千切りたい。

 が、それは見た目だけであり、その実はドライアイスよりも凶悪だ。

「せーのっ!」

 体勢を崩したことで生まれた僅かな隙。

 それはこちらの一手が追いつくには十分な時間だ。

 利き手の氷剣を叩きつけるように振るう。

「守れ」

 その小さな頭を砕くための一撃は阻まれた。

 阻んだのは六角形の板。

 俗に言う雪の結晶というものだった。

 支えも何もない空中に現れたにもかかわらず、どんなに力を籠めようともビクともしない。

 ならばと蹴りを放つが、新たに出現した結晶の盾に防がれる。

「無駄、守りに関しては私の方が長けている」

 蹴りの勢いを利用し、飛び退いて距離を離す。

 仕切り直しといきたいが、そうは上手くいかない。

「消耗度合いでは私が有利、結果が見えているんだから通して。この迷宮の産物ではなさそうな貴女は、なるべく殺したくはない」

「……そうは言っても、こっちにだって譲れないものがあるんだよね」

 息一つ切らしていない侵入者に対し、守護者である自身は呼吸も荒い。

 ……ご主人様からの強化支援があってもこの差か。経験もそうだけど才能の差って大きいね。

 自身も若くしてそこそこできる方だと自負していたが、目の前の相手は別格と言える。

 こちらが一歩を踏み出す間にその倍以上を進んで行く存在。

 いわゆる“天才”としか形容するしかない存在だ。

 ……だからといって、諦める訳にはいかないんだよね。

 まだ、勝負は決まっていない。

 起死回生とも言える手はある。

 その準備が整うまで時間を稼ぐ。

 残りはたった数分だ。

「まだまだ相手をしてもらうからね」

 両手の氷剣を構える。

 果たすべき復讐(もくてき)のために、ここで負ける訳にはいかなかった。

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