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第十三章 忠義の名剣

 それは“わたし”という意識を持った頃だ。

 自身に与えられたのは狭い檻だった。

 金網という扉で隔てられた外側には“わたし”以外にも様々な種族が居た。

 身動きを取る事すら難しく、食事も僅か。

 食事を持ってくる存在は時折“わたし”達を虐めた。

 活かさず、されども殺さず。

 そんな生温い地獄にわたしも、他の皆も衰弱していた。

 一日の殆んどを寝て過ごす毎日。

「……随分と杜撰な管理だな」

 始めは幻聴と思った。

「おかげでやり易いがな」

 閉じているのか開いているのかも知覚できなくなった瞳でそれを見た。

 何を言っているかは解らないが、少なくとも“わたし”達を虐める存在とは違うらしい。

『お前ら、生きたいか?』

 それは“わたし”達への問い掛け。

 当時、具体的な言語というものを知らなかったわたし達だが、不思議と言葉の意味を理解できた。

 今考えれば迷宮主としての異能の一部だったのだろう。

『こんなところで無意味にくたばっていたいのか?』

 誰かが否定の声を上げた。

 続くように皆は声を上げる、無論“わたし”もだ。

 全員の意志を聞き届け、それは言う。

『そうかそうか。ならば、俺に従え』

 言葉と共に放たれたそれは威圧。

 思わず平伏してしまう程のプレッシャーだが、同時に懐かしさを覚える。

 魔物としての因子が目の前の存在が自身の支配者だと教えてくる。

『従うのならば力をくれてやる。少なくともこんな檻じゃ閉じ込められないぐらいにな』

 提案を断るものは居なかった。

 その場に居た全員が主の配下となり、溜まった鬱憤を晴らした。

『本当に良いんだな?』

 瓦礫に立つ主の問いに頷く。

 主から与えられた2択、主に着いて行くか否かだ。

 “わたし”は断ることにした。

 “わたし”を含めた何匹かの同胞は人の世に混ざり、主に情報を送る役割を決めたのだ。

『ならば、お前達の働きを期待する』

 主はそう告げると皆を連れてどこかに消えた。

 絶対的な庇護者が消えた心細さはある。

 それでも、恩を返すために“わたし”はこの道を選んだ。

 たとえ“わたし”を虐めた存在に媚を売ろうとも。


          ●


 “私”が“あの仔”と出合ったのは幼少の頃だった。

 連れてきたのは父であった。

 野良ではあったが人懐っこく大人しいので家で飼う事にしたらしい。

 家畜化しているとはいえ魔物である。

 よく考えれば危険極まりないのだが当時はそんな事は思いもしなかった。

 あの仔への第一印象は――最悪だった。

 愛くるしいのは表面だけ、内側はドロドロに濁っている様に思えた。

 何でそう思ったのかは解らない。

 今考えれば調魔師(テイマー)としての才能の片鱗だったのか。

「…………」

 あの仔は、家に来てからは父や母に対して愛想良く振舞ってはいた。

 が、ふとした時にまるでカメラの様な無機質な瞳で観察しているのだ。

 気味が悪いという感情を幼い私が隠しきれる筈もなく、私が気付いた事にあの仔も気付いていた。

 両親の前では愛玩動物でしかないが、二人きりになるとその本性を表す。

 あれだけ振り撒いていた愛想は無く、何かを調べるかの様に家の中を動き回る。

 散歩ですら私の存在を無視して先に進んでしまう。

 一緒に暮らすようになってから半年も経たずにあの仔への好感度はどん底を彷徨っていた。

 そんな関係が変わった切っ掛けは何だったか。

 息荒く、病に倒れ臥す“あの仔”に付きっ切りで看病をしていた時か。

 その時、両親は所用で家におらず“私”が世話をするしかなかった。

「ん」

 優しい言葉を掛ける事もなく淡々と世話をする。

 はっきり言って嫌いではあったが、無視するには“私”は少々お人好しであったらしい。

 嫌々ながらも世話をする“私”に、“あの仔”は視線で疑問を投げ掛けてきたが無視した。

 ただ、寂しそうに心細く鳴いているのが五月蝿かったから、静かになる様に世話をしただけだ。

 それからだろうか、ふと気が付くと“あの仔”が近くに居るようになった。

 散歩も勝手に進む事はなくなり、目の届く範囲に留まる様になった。

 “私”が調魔師の才能に気付いたのはまだ先の事だが、“わたし”からすればこの頃から薄らと感情を読み取れるようになったらしい。

 態度と内心の違いに“わたし”は驚いたそうだ。

 当時の“私”ならその感情を顔を真っ赤にして否定していたと思う。

 それはさておき、“あの仔”との行動範囲は徐々に重なってゆき、何時しか一緒に居る事が自然となっていた。

 時に喧嘩し、笑い、泣き。

 家族が増えた日々は楽しかった。

 このまま進学し、仕事に就いて、良い人と結婚して幸せな家庭を築く。

 そんな“あたりまえ”の様な未来が待っていると思っていた。

 それは“わたし”もそう思っていた。


          ●


 見渡す限りの瓦礫。

 瓦礫の元は家だったのかお店だったのか。

 恐怖に逃げ惑う人々が“私”をすり抜けて走り去る。

 見覚えのある光景だった。

 何度も見た悪夢の光景だった。

 “私達”の原点ともいえる光景だった。

 おぞましい姿の異形達が我が物顔で練り歩く。

 彼らは人、獣問わずの生物を襲う。

 その鋭い爪で、壁を粉砕する豪腕で、鞭の様な尻尾で。

 幼い子供を、立ち向かった探索者を、逃げ出す人々を。

 貫き、引き裂き、潰し、抉り――。

 そんな地獄を作り上げたのは一つの迷宮だ。

 この国に存在しない、国外からの来訪者だった。

 “侵略”であった。

 他国を繋ぐ橋頭堡であり尖兵であった。

 土地を奪い、支配するための行為。

 迷宮という無限の資源を得ても、人の欲望は満たされなかったようだ。

「――っ」

 荒れた道路に躓き転ぶ少女。

 慌てて少女の傍に駆け寄る仔犬。

 それは“私達”だった。

 家族旅行という夢の様な一時から一転して地獄に放り込まれた。

 少女の頬を伝う涙は死の恐怖と両親を失った悲しみ。

 別れは一瞬だった。

 両親の幸せそうな笑顔は、次の瞬間には砕けて消えていた。

 痛みを感じる暇が無かったであろう事が幸いか。

 呆然とする“私”を“わたし”が引き摺らなければ二の舞であっただろう。

「……っ!」

 少女が立ち上がった時には既に囲まれていた。

 仔犬が威嚇するが、恐怖に脚を震わせていた。

 絶体絶命の状況は、一つの嘶きにて変わった。

「ォ――!」

 あれ程恐ろしかった異形達が生き物の濁流に吹き飛ばされる。

 “私達”を守るように囲む新たな魔物達。

 “わたし”は解った、彼らはかつての同胞だと。

 気付けば四方八方、遠くから嘶きや遠吠えが聞こえる。

 彼らもまた迷宮の魔物であり、探索者と鎬を削る存在。

 しかし、彼らの迷宮は“大和”という国に属す一員でもあった。

「――っ!」

 少女と仔犬は馬の魔物の背に乗せられて戦場を後にする。

 振り返れば異形達との戦いが始まっていた。


          ●


 目の前の光景は時が止まったかの様に停止する。

 “私達”の記憶がそこで終っているからだろう。

「ねぇ、そこに居るんでしょ?」

 それは“わたし”への問いかけ。

 夢を見るように身動きはできず、意識だけが浮いているような感覚ではあるが、大切な相棒の存在をはっきりと近くに感じ取れた。

『うん、ここに居るよ』

 感情と共に鮮明な言葉が返ってきた。

 鮮明になった理由は、現実に行われている事が原因なのだろうがあまり想像したくはない。

「迷宮主の密偵(スパイ)だったの?」

『……うん。この迷宮に連れてきたのも主からの指示だったの』

「そっかー」

『怒らないの?』

 ショックはあるが驚きの方が遥かに強い。

「今まで不利益を被っていないからねぇ。……あ、もしかして私の着替えシーンとか覗かれていた?」

 そうなると一大事だ。

 目の前で着替えているし、一緒にお風呂に入ったりもしている。

 覗かれていたのなら恥ずかしさで死んでしまう。

『同じ(おんな)としてプライバシーは守っているから大丈夫だよ』

「ん、なら良し! オールオッケー!」

 唯一の懸念は解決した。

『……そういう細かい事を気にしないところ、昔から変わらないよね』

「変わる必要も無かったしねー」

 相棒が苦笑している姿が浮かぶ。

『ゴメンね。わたしが連れて来なければ――』

「はい、ストップ! “自己責任”、探索者なら誰でも知っている言葉だよね」

 初心者講習で耳にたこができる程聞かされる言葉だ。

「確かに迷宮まで連れてきたのはそうかもしれないけれど、中に入ったのも、引き際を間違えたのも全部“私”が決めた事。そりゃ迷っていた所を煽られたけれど、強くなりたいのは“私達”の共通理念だしねぇ」

 相棒もただ情報を得るために誘導した訳ではないのは繋がりを通して分かる。

 危険を顧みずに迷宮に潜ったのは迷宮核という魅力的な存在を得たいが為。

 得られる力。

 あの異形共を倒せるほどの強さを得られる最短の道だ。

 結局、近道した結果がこの様だが。

「あの迷宮へ復讐したかったんだけれど……悔しいけどここまでみたいだね」

 “私”はともかく“わたし”にとっても大事な家族であった。

 血の繋がりどころか種族も違うが、温かい日常を過ごす家族であった。

『結局、核は破壊できずに撃退止まり。何処の国の所属かも分からず仕舞いってオチだもんね』

 国交を絶った今の時代、国外の迷宮へ潜る機会は基本的に無い。

 順位者(ランカー)という最高峰へ至ってやっと少ない機会を得られるという。

 それ以外に常人が国外の迷宮と関わる方法は無いに等しい。

「あーあ、私の体どうなっているんだろ? ――というよりこのまま死ねるのかなぁ?」

 脳が焼き切れそうな程の苦痛の中、自身の身体の半分が作り変えられたのを確認したのが最後だ。

 弄り回されていたが、最後にしっかり処分してくれるのだろうか?

 用が済んだとばかりに放置されているのならば、寿命が尽きるまでこうしていなければならないのか。

 そもそもあれだけ弄くられて寿命という果てが存在しているのか。

 その結論に寒気を覚える。

「……このまま死ねなかったらどうしよう。道具も無しに暇を潰す方法なんてそんなに知らない」

『しりとりだけじゃ飽きちゃうよね』

「いや、何すんなり状況を受け入れようとしてんのさ」

 気がつけば呆れたような顔をした男が目の前に居た。

 私達を捕まえた迷宮主だった。


          ●


「何か良い感じに干渉できたから話に来たんだけど、中々ヘビィな過去を持ってんだねぇ。あ、勝手に覗いた事については悪かった」

「別に恥ずかしいものは見られていないんで大丈夫ですよ?」

 主に着替えや入浴とか。

「そうか。なら俺が来た本題に入ってもいいか?」

「別に構わないですけど。暇ですし」

「ああ、そう。じゃあ簡単に言うが、あんた達の処遇についてだ」

 そう言って近くの瓦礫に腰掛ける。

 私達の記憶の産物ではあるが、迷宮主は触れる事ができるようだ。

「今考えている処遇は三つだ。この中から選んで貰おうかと考えている」

 指を数えるように立てて言う。

「まず一つ目、このまま放置。結構手を加えたんだけどな、あんた等から迷宮に必要なエネルギーが回収できるんだよ。寿命はあるみたいだし生命維持して死ぬまでエネルギー供給源として放置ってとこか」

「寿命ってどれくらいあるんです?」

「色々強化したから……外的要因が無い限り最低でも100年は確定か?」

「そんなに長いと暇潰しがなくなっちゃうね」

『古今東西ゲームでもネタが無くなっちゃう』

「いや、だから何でそんなに前向きに悲観的なんだよ。……あー、一応望む夢を見させる事はできるぞ。それこそ何事も無く、ただ平和に生きる夢を死ぬまでな」

 どこか呆れたような顔をしているが、何か変なことでも言っただろうか。

「それと二つ目、ここでスッパリ終らせる、つまり殺すって事だな。エネルギーの回収はできなくなるが、迷宮に吸収すればあんた等の因子情報を得る事はできるからな。未練が無いって言うならお勧めだ」

「えっ」

 予想外の選択肢に思考が止まる。

 そんな私の事をお構い無しに迷宮主は続ける。

「そして三つ目、今の過去を覗いたからこそなんだがな。――俺の配下になる事だ。魔物に生まれ変わる事になるし、今の人格は消える事になるかもしれない。ただ……復讐の機会を得られるかもしれないぞ」

「――どういうこと?」

 思わず詰問するような声が出てしまう。

「まぁそう急かすなって。希望を持ち過ぎない様に始めに言っておくが、あくまでかもしれない(・・・・・・)ってだけで、確実って訳じゃない。宝くじで一等が当たるより低い確率かもな」

『それで? 何が言いたいの?』

 相棒から焦燥感が伝わってくる。

 私達にとってあの異形達の迷宮主を倒す事は悲願である。

 どんな手段を持ってしても叶える気で居た。

 月並みではあるが例え悪魔に魂を売ろうとも。

「俺、っていうか迷宮主はな。望む望まないに関わらず迷宮同士の潰し合い、迷宮戦争(ダンジョンバトル)をする機会がある。それも国の内外問わず(・・・・・)な」

「なるほどね。貴方の配下になれば、その迷宮戦争に参加できるって事ね」

「詳しくは省くが、国内はともかく国外の迷宮と戦争が起きるのは稀だし相手を選ぶ事はできないからな。それに迷宮戦争は迷宮が同格っていうのも条件の一つでもある。相応に迷宮が成長する必要もあるから新築迷宮のウチだとかなり先の話になるな。それでも構わないっていうのな――」

「受けるわ。その三つ目の選択を」

『わたしも同じよ』

 迷う事は無い。

「ただし条件があるわ」

 捕虜の身とはいえ、言わせて貰う。

「私達の復讐目的である迷宮主を攻略させるか、その死を確認する事。そして復讐達成までの助力を惜しまない事。それさえ守ってくれるなら靴も舐めるし、服を剥こうが何だって受け入れる」

 私の覚悟を伝える。

「だけど、条件を破るのなら貴方を必ず殺す。例え首だけになろうとも噛み殺す」

 図々しくはある条件だが、譲れない一線であった。

 不遜な物言いに迷宮主は、

「ああ、それで構わない。それぐらい意思が強ければ問題はなさそうだしな」

 苦笑はあれど、受け入れた。

「思い立ったが吉日と言うし、早速魔物へ転生してもらおうか。今は少しでも戦力が欲しいしな」

 瓦礫から立ち上がり、私へと近づいてくる。

「あ、そうそう。生まれ変わる点について説明しとくわ」

 私へと伸ばされた手が触れる。

「生まれ変わるのは“あんた等”で一人だから。言っただろ? “今の人格は消える事になるかもしれない”って」

 身を撫でる温かさに思わず安心を覚えてしまう。

「精神が合一するのか、バラバラになってゼロからやり直しになるかは初めての事で分からんが、まぁ頑張ってくれ」

「え? ちょっと、それってどういう――っ!?」

 答えを聞く間も無く“私”と“わたし”が混ざり合った。


          ●


 斬りつける様な冷気が肌を撫でる。

 手始めに雑魚をぶつけてはみたが、これといった戦果は上げられていない。

 数を頼りの攻撃だが、彼女への有効打は片手にも満たない数だ。

「貴女は手を出さないんですか?」

「だって貴女に下手に近づいたら氷漬けにされちゃうし」

 “わたし”であった時のような保温の為の体毛は今は無い。

 見ている限り有ったとしても、あまり意味は無さそうだが。

「確実に倒す為には準備をしないとね」

 情報収集もそうだが、生半可な武器では届く前に砕かれる。

 目の前の冷気に耐えられる武器となると“私”が思いつく限り魔剣や妖刀の類か。

 どちらも中規模以上の迷宮、それも深層にて手に入るような物だ。

 鉄剣一本が贅沢である新築迷宮では間違っても手は出せない。

「準備に時間が掛かりそうだから、暫くはその子達と遊んでて」

 迷宮主(ごしゅじんさま)から送られる情報からすると、対策武器の準備が終るまであと少し。

 貯蓄が減る事に嘆いていたが、そんな甘い事を言っていられる相手ではない。

「い、い、か、げ、ん、に……して!!」

「ひゃっ」

 冷気が爆発した。

 蟻が集るかのように群がっていた雑魚は砕け、氷片が地面を白く染める。

「見たところ貴方がこの迷宮の最高戦力。貴女を倒せば攻略したも同然」

「倒せるのならね」

 飛来する氷剣を柱を飛び降りて回避する。

「――よっと」

 すれ違い様に柄に当たる部分を握って掴む。

 剣から感じる冷気は鋭く痛い。

 一振りで雑魚が凍っていたが、これは魔剣に近い物ではないだろうか。

 素振りをした感じでは丁度良い重さだ。

「……何で凍らないの?」

 触れていても凍らない事に瞠目する。

「私が魔剣狼でもあるからかな?」

「誤魔化す気?」

「嘘じゃないんだけどね」

 刃を向け合い対峙する。

 先程までと姿勢が違う、彼女の小手調べは終わりのようだ。

「だったら斬り伏せるまで」

「できると思う?」

 氷の剣が切り結ぶ。

 人外同士の戦いが始まった。

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