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第十二章 天華の白魔

台詞回りの修正を行いました

 飛来する棍棒を一合、二合と剣で受け流す。

「――こんな見た目でアンデットじゃないの!?」

 一体何度斬りつけただろうか。

 目の前に立ちはだかる敵。

 それは目も鼻も凹凸が無いマネキンの様な魔物。

 何度か斬り付け血を流させたが、アンデット系へ有効である“浄化”の効果は見られない。

 “浄化”とは捻子曲げられた(ことわり)を修復する力だ。

 骸骨(スケルトン)屍人(ゾンビ)の様な“死”という理を無視した存在が一度でも浄化に触れたのならば、“死”という理によって動く事すら儘ならなくなる。

 ところが目の前のマネキンは既に何度も“浄化”を受けているにも関わらず動きが鈍くなる事はない。

 信じられない事に、それらが示すのは生物であるという事だ。

「このままじゃ剣が……っ」

 力任せに振り回される石棍棒。

 技も何も無い暴威は打ち合うたびに剣の寿命を容赦なく削る。

 受け流しに使った部分の刃は目に見えて刃毀れしている。

「――っく」

 棍棒を弾いて後ろに飛ぶ。

 別の棍棒が先までいた場所に振り下ろされる。

 新手のマネキンだ。

 見える範囲で3体、更に近づく足音が複数。

 絶体絶命と言える状況だ。

「あーもうっ!」

 中々攻めに転じられないもどかしさに苛立ちと口惜しさを覚える。

 こんな筈ではない。

 高みを知っているからこそ、そんな思いが浮かぶ。

 筋力、持久力、反応速度。

 全てがかつてより鈍く重い。

 犯罪者の抑制のためという身体能力の弱体化は思っている以上に重かった。

 かつて鉄剣で鉄に比する魔物を砕いた一撃、今は石の棍棒すら砕けない。

 かつて乱獲した疾風を冠した魔物より遥かに見劣りする一撃、それを息を荒げて大げさに躱す。

 弱体化した身体が全盛期の感覚に追いつかない。

 一対一、一体二までなら何とか対処はできたが3体で入り乱れて殴られると対応が追いつかない。

 全盛期の自分なら息を吐くように倒せる事が解る分、現状の惨めさに涙が出そうだ。

 追い討ちを掛けるように背後の通路からマネキンの増援が来た。

「――っ迷宮主めぇ!」

 恨み言を言っても状況は変わらない、それどころか悪化している。

 一方だけで苦戦しているのだ挟撃されれば為す術もない。

「しま――っ」

 焦りで受け流しを失敗してしまった。

 弾かれた衝撃で腕が真横に伸びてしまっている。

 体勢を崩した無防備な体に幾つもの棍棒が迫り来る。

 ……ここまでか。

 胸を満たすのは無念だ。

 ……折角ここまで来たのに。

 魔物の配置や道のりの長さから考えて迷宮主(ゴール)までは半ばは越えたはず。

 ……こうなったら仕方ない。

 現状を受け入れ、目を閉じる。

 体は床に倒れこんだ。

 直後、棍棒の連打音が通路に響いた。


          ●


「まさかの結果だな」

 他の囚人には目もくれず、あるモニターを見つめていた。

 幾人ものマネキンが棍棒という打楽器で演奏している光景だ。

「はい、以前に探索者として公開していたプロフィールは間違い……いえ、虚偽の申告でした」

 浮かぶ表示板には彼女のプロフィールが表示されていた。

『昨年までの大和国の探索者データは全て保持していますよ』

 と、和御から真顔で言われた時は冗談かと思っていたが、彼女の詳細なプロフィールを見るに嘘ではなさそうだ。

「迷宮主の娘という情報が最近判明した事を考えれば、やはり情報の操作は行われていたようですね」

「そりゃあな。迷宮主の娘ってだけでどれだけ狙われるか分からないしな」

 自己責任とはいえ、下手をすれば何万人と殺している迷宮主のイメージは悪い。

 その肉親というだけで、どれ程の色眼鏡で見られるか。

 おまけに、家族という迷宮主の弱点にもなりかねない。

 良くも悪くも情報を隠して偽造するのは仕方が無いことなのかもしれない。

「しかし、まぁ嘘つきすぎでしょ」

 表示板には“魔術士の素養あり”と記載されていた。

 その事自体は嘘ではない、嘘ではないが。

「何が“素養あり”だ。……既に魔女じゃねーか」

 マネキン達の演奏はいつの間にか棍棒を振り上げた姿で止まっていた。

 それは目標を排除したからではない。

 マネキン達の僅かな震えから行動を封じられているのが解る。

 原因は足元。

 見れば白い靄が床と彼女を覆い隠していた。

 靄は何なのか、答えは直ぐに現れた。

 それは蕾だった。

 マネキン達の足を昇るように育つそれは白く不透明。

 見るからに多角的で硬質な蕾は成長し、遂にはマネキン達を飲み込んだ。

「成る程ね……」

 その光景を近くに浮かばせた表示板を見て納得した。

 和御の手によって新たに追加された情報。

「“風花舞う雪洞(かまくら)”の一人娘か。その因子は引き継いでいる訳だ」

 遂に蕾が咲いた。

 破裂する開花は蕾自身を無数の花弁に変えた。

 周囲に広がる白の花弁に混じる赤や黒はマネキン達のものだ。

「……もう少し慣らさせたがったがしょうがない、か」

 別の表示板を作り出して文字を入力をする。

 それは迷宮を操作する為でない、伝える為のものだ。

「さて、是が非でも最高戦力をぶつけないと攻略(ころ)されるなこれ」

 花弁の中央に存在する一人の少女。

 先程と違って蒼白いという言葉が似合う髪を靡かせ、悠然と歩き出す。

 その歩みに恐れは無い。

 今の彼女は氷の魔女だ。

 “素体”と名付けたマネキンの様な魔物では近づくだけでその身が凍って砕ける。

 しかし、現在“素体”より上位の配下は一体(・・)しか居ない。

 偶然と契約にて従えた配下であり、経験を積むために囚人達を狩らせるつもりだった。

 予定が変わってしまったが、迷宮の危機なのでしょうがない。

 迷宮が無くなれば契約を履行することができなくなってしまう。

 こちらとしても可能な限り支援は行うつもりだが、彼女相手では微力に過ぎないだろう。

「和御、これからこっちに集中するから他の囚人の対処は任せても良いか?」

「ええ、任せてください。迷宮(ここ)が無くなると困るのは私もですから」

 周囲に無数の表示板を浮かばせて答える姿は心強い。

「エネルギーに関しては8パーセント程を供給戴ければ対処可能です」

「それだけで良いのか?」

 要求された量では数はともかく、質は簡易の罠しか作れない。

「如何様にでもやりようはあります。1から10まで私達が手を下す必要はありませんから」

 和御のいつもの様に浮かぶ笑顔、それに薄ら寒いものを感じたのは気のせいか。

「お、おう。それじゃ頼んだぞ」

 気持ちを切り替え、迷宮の操作を行う。

 行うのは創造、造るのは彼女との決戦の場だ。

「さーて魔女狩りと行きますか」


          ●


「地脈との接続……父さん以外の迷宮だと初めてだったけど上手く行ったわね」

 自身から漏れ出す冷気を手に集める。

 一本の剣をイメージすればその通りの氷剣が作られる。

 自身の愛剣を模した剣は、重芯や握り心地も再現されていた。

 身体だって軽い。

 弱体化していた身体は地脈からのエネルギーによって全盛期に近い状態まで回復した。

「父さんの――迷宮主の因子が無かったら弾け飛んでいたかな」

 迷宮のエネルギー供給源の一つである地脈からの供給。

 その供給ラインを走るエネルギーを少し貰うだけ。

 総量にして1パーセントにも満たないが、人の身には莫大だ。

 自身の持つ魔術的素養と迷宮主の因子特性が“氷結”というのも大きい。

 身に余るエネルギーを冷気として放出することで自滅を防く事ができている。

「これを使う時は迷宮主含めて確実に目撃者を消す約束だけど、今回は全員消すから問題なし」

 本当なら迷宮主戦かその手前で使用するつもりであった。

 しかし、配下のマネキンが予想以上に強敵であった。

 戦った手応えとして、格は骸骨(スケルトン)屍人(ゾンビ)の一つ上にあたるだろう。

「というより、上位種? 骨格や体格がマネキンと似ていたような……」

 疑問に思っていると目の前に丁度良く3種纏めて現れた。

 迷宮主に近い深部のため他の囚人と出会わなかったのだろう。

 凍らせ標本にする事で観察する。

 結果、背丈や肉付き、果ては骨格すら同じだった。

 屍人は半分以上が腐っていたので気付かなかったが、マネキンと同様に目や鼻といった部位が無い。

「マネキンは上位者? だからあんなに強かった?」

 魔物には格がある。

 基本的には上位であるほど魔物の本質が強くなる。

 目の前の魔物でいうならば骸骨からマネキンに向かって人体という“人”という本質が強く現れている。

 用が済んだ教材は砕いて処理する。

 止めていた足を迷宮主の居るであろう深部へ向ける。

「――って何で産まれたての迷宮主が上位種を大量に召喚している訳? 普通は最下種を2種召喚できれば十分で、3種召喚か上位種を数体召喚ができれば上等って話だったと思うのだけれど」

 昔、父から聞いた話だが、その道ではベテランの話であるため間違いではないはずだ。

 知っているからこそ気になる違和感。

 その答えを見つける前に状況は変わった。

「広間? いや闘技場?」

 踏み込んだのは円形に広がる広間。

 床の所々から伸びる3メートル程の柱には松明が括り付けられ、煌々と燃えていた。

「待っていたよ」

 声を掛けられた。

 それは女の声だった。

 声の持ち主は広間の中央、一際大きい柱に乗っている。

 それは一人の少女。

 身に纏う服は丈夫で動きやすい探索者然とした服装であった。

「……獣人?」

 言葉が口を衝いて出た。

 人の姿に獣の特徴を持っていたからだ。

 耳は獣の物に成っており、臀部からは尻尾が伸びていた。

 形状からしてイヌ科だろうか。

「何故獣人がここに? ここはアンデット系の迷宮では?」

 探索者としては珍しいが見ないものではない。

 獣系迷宮などでは獣と人が交じり合った魔物など普通に存在する。

「試運転中は他迷宮の干渉は禁止されているはず」

 今まで出会った魔物はアンデットに分類される存在だ。

 迷宮主は自身の特性から外れた魔物は召喚できない。

 特性がアンデットであるならば獣の特性である獣人は召喚できない。

 それ以前に、

「獣人の召喚は中規模以上の迷宮主が可能になる。そして意思の疎通ができる魔物は大規模迷宮でも少ない、一体貴方は何者?」

 投げ掛けた疑問に返ってきたのは困惑だった。

「んー? 何か勘違いしているみたいだけれど、私は名実共にこの迷宮の――ご主人様の配下だよ?」

 言っている事が理解できないといった様子で彼女は言葉を紡ぐ。

「確かに召喚された訳じゃないね。“契約”を守ってもらう代わりに私達をあげたから」

「一体何のことを……っ」

 追求は出来なかった。

 囲まれている。

 隠れているのは柱の影か。

「お喋りは楽しいけれど、そろそろ本題に入ろう?」

 薄らと浮かべた笑み。

 幼いながらもどこか蠱惑的な笑みだが、目が笑ってはいなかった。

「私達はね“目的”を果たすためにご主人様と“契約”したの。その“目的”さえ果たせるなら私達はどうなっても構わない。――でもね」

 笑みが消える。

「“目的”を果たすためには迷宮(ここ)が無くなるのは困るの。だからご主人様を狙う人は容赦しない。私達の“目的”を果たすためにも貴女は今ここで――死ね」

 直後、少女は遠吠えを上げる。

 それが殺し合いの合図だった。

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