第十一章 闘争
暗闇のカーテンを抜けた先は小部屋だった。
四方を石壁に囲まれた狭い室内の床には淡い幾何学模様の陣が描かれていた。
「転移魔法陣……形式からしてランダム転送か」
魔法陣自体は探索者であるなら馴染み深いものである。
自身の到達した最下層と行き来するのに利用される。
しかし、転送先がランダムなのは罠以外に無い。
今回の侵攻目的から考えて迷宮内のどこかに飛ばすものだろう。
何せ、侵入者は全員脛どころか全身に傷を持っている者ばかり。
無罪放免の権利を得るために他人を殺す事を屁とも思わない人種だ。
そんな連中が丁寧に入口からやってきたのなら、入口付近は先に侵入した者達の狩場になるだろう。
それを防ぐための転移魔法陣か。
「さて、一体どこに飛ばされるのかな? 流石に石の中とかは無いだろうね」
軽口を叩くのは精神を安定させるためだ。
どんなに気丈に振舞おうが、運任せで先の見えない事態は怖い。
魔物が密集する所謂モンスターハウスに飛ばされる事も考えられるのだ。
怖いが何時までも恐れている訳にはいかない。
「――っ」
小さく踏み出した一歩を感知したのか魔法陣が輝いて、
「通路か、どっちに向かったものか」
どこかの通路に飛ばされた。
石畳の敷かれた通路は前後に伸び、先は薄暗く見通すことはできない。
幸いな事に近くに魔物や他の死刑囚は居ない。
落ち着いて探索する事ができそうだ。
「罠は……古典的だけど効率的だね」
近くの地面に足を置く。
すると石畳の石と石の隙間から糸がせり上がる。
ともすれば見失いそうなか細い糸は両壁の間に張られており、高さは足首より上程だ。
「戦闘時に引っ掛かったら命取りだね。父さんも言っていたけど単純な仕掛けの方がエネルギーの節約になるんだっけ?」
直接命に関わるものではないが、生死を掛けた闘争の中で脚を取られるというのは敗北に等しい。
「……今この迷宮は試運転中で私達を殲滅する構成になっている筈、油断は禁物」
どれだけ探しても非常口の魔法陣は無いだろう。
試運転は迷宮主と侵入者のどちらかが力尽きるまで続く。
エネルギー残量の事を考えず確実に殺すための配置は幾つもあるだろう。
「今まで潜った迷宮と比べちゃ駄目だ」
探索者を活かさず殺さず招いては帰す、という他の迷宮の運営方法は試運転を乗り越えた迷宮だけ。
試運転の真意は、死刑囚の資源的有効活用であり、迷宮主への試練だ。
国が欲しているのは、より多く稀少な資源を恒久的に吐き出す迷宮だ。
私達死刑囚は、迷宮主がこの先を生き残れる地力を有するかどうかの試金石であり、養分に過ぎない。
「数打ちにしてはそこそこ良いね」
鞘から抜いて素振りをする。
質はともかく重心が整っているため剣筋のブレが少なくて良い。
自身には多少扱い難いが、特注ではなく数打ちなので仕方がない。
「――っと、お客さんかな」
素振りする剣の風切り音に硬質な音が混ざる。
足音だ。
魔物か囚人かは知らないが、今この迷宮内では自分以外は敵しかいない。
素振りを止めて剣を構える。
「なるべく人は斬りたくないんだけど」
実際は囚人の中に快楽殺人者や婦女暴行殺人者が混ざっているので、そんな甘い事を言っていられる状況ではない。
だが、進んで人を斬りたいとは思えない。
そんな思いが通じたのか、暗闇から現れたのは異形だった。
「骸骨、ね。“浄化”の付与にアンデット……成る程、誰かさんはこの迷宮を攻略して欲しいようだ。私にとっては好都合だね」
どんな思惑であれ、支援があるのはありがたい。
相手も自身の存在に気付いたのかカタカタと骨を震わせ威嚇してきた。
見た目の異形さも相まって恐怖を煽るが、迷宮においては初歩の初歩。
一体一であるならば慣れた初心者でも鼻歌交じりで倒せる雑魚に過ぎない。
「ブランクを埋めるのには最適かな? っと罠には気をつけないとね」
何かを確かめるような、されど軽い足取りで骸骨と接敵する。
●
「うっそ……何で付与武器が支給されてんの?」
数多のモニターに映る惨状は予想外のものだった。
自身の配下達が簡単に蹴散らされる光景は心臓に良くない。
「あっ、おかえりなさいマスター。上手く行きましたか?」
部屋の中には宙に半透明の板を浮かばせた和御が居た。
幾つも浮かぶ板、情報の表示板には簡易グラフなどで迷宮内の状況が表されていた。
本人からの要望で迷宮内での権限の一部を貸与したが、こういう使い方もあるのか。
「一応ね。あとは結果で証明するだろうよ。それで状況はどんな感じ?」
「入口付近は“浄化”の付与武器によって壊滅的です。先日漏れた情報からの介入でしょう。嘆かわしい事に何処かの迷宮主と核ハンターは繋がっているようです。全く、担当職員は何をしているのでしょうか」
ため息をつく彼女から表示板が一枚飛んでくる。
簡易に纏められた状況はどう見ても芳しくない。
「入口から半ばまで配置した骸骨と屍人はアンデット特性のために損耗率が高く、召喚が追いついていません」
「……自動召喚の設定は見直したほうが良いか」
彼女と同じように表示板を作り出す。
映すのは魔物召喚の設定方法だ。
迷宮主としての能力は感覚だけでも操作は可能だが、視覚化するだけで解り易さが違う。
「こうなったら骸骨と屍人の召喚比率を下げてその分を素体に回すか」
「武器の所持はどうしますか?」
「石棍棒で。鉄の創造はエネルギー変換率が悪すぎる。剣は囚人の死体から回収した物を使えば良い」
モニターに映るのは配下が次々に倒されていく光景が多数だ。
召喚に掛かるコストが安かったため、やり過ぎたかな? と思うほど骸骨と屍人を大量召喚したが、その数は既に半分を切っている。
1対5の状況を剣の一振りで覆すとかどこの無双ゲームだ。
「鉄剣の性能じゃないな、浄化が強力なのか」
「かなり高位の術者に付与してもらっているようですね。費用を考えれば確実に真っ赤ですね。迷宮核を回収できたとしても足りませんよ」
聞いていたように核ハンターは迷宮核を手に入れるためならば、一つの組織の資金を使い潰す事すら厭わないようだ。
執念というべきか狂信というべきか、恐ろしい連中だ。
「しっかし、剣の性能云々を抜きにしても腕が立つ連中が居るな」
こちらもただ侵攻されるだけではない。
既に何人もの囚人を排除している。
主に罠によるもので、配下による殺害は一割にも満たない。
それでも罠自体を見抜いて利用する者や戦闘を回避して進む者も居た。
「彼らは元探索者の様ですね。弱体化を受けているとはいえ、経験は残りますから」
和御はそれらしき人物を何人か抽出して表示する。
「その中でも特に注意すべきなのは彼女ですね」
指し示したのは1人の少女。
囚人の殆んどが成人しているため、未成年であろう彼女の存在は一際目立つ。
「彼女は迷宮主の娘です。父親である迷宮主は既に攻略されていますが」
「迷宮主の?」
迷宮主、それも“甲種”に至った者は人であって人でない。
それは法律という点だけでなく、遺伝情報という点でも違う。
迷宮核の特性に合わせた姿に変化してしまうからだ。
幸いな事に自身の外見は変わらなかったが、構成する物質は既に常人のそれとは違う。
人間と子を成すというのは不可能ではないそうだが、その確立ははるかに低い。
「はい、それ故に幼少の頃から父親の迷宮で探索と運営に関わっている経緯を持っています。マスターが学んだ基礎知識以上のものを持っている可能性が高いです」
「ちょくちょく勉強はしているんだけどなぁ。そうなると罠の配置とかはバレバレかね、学んだ基本を忠実に配置しているけど裏を返せば教科書通りだもんな」
見ている限り罠の大半は無効化されるか避けられている。
掛かった罠もダメージの無いものだけだ。
「ですが脅威なのはそれだけではありません」
「……魔術だな?」
迷宮主と核を破壊した人間が使用する“異能”とはまた違う。
それは探索を繰り返し、迷宮に適応した人間が起こす不可思議な術。
人はそれを過去の伝承になぞらえてそう呼ぶ。
誰もが扱える訳ではないが、研究によれば迷宮との親和性が高い者ならば可能性は高いとの事。
何を持って親和性を測るのかは、難しい単語が並んでいたので残念ながら覚えていない。
ともかく、彼女を構成する遺伝子の半分は迷宮主のもの。
迷宮という存在との親和性は高いだろう。
迷宮主である父親から手解きを受けていたのならば尚更だ。
「素体の集団が近いし、運が良ければ見られそうだな」
表示板で迷宮内を操作しながら考える。
「……いざという時は頼むか」
モニターの一つに目を向ける。
そこには全身を切り裂かれ息絶えた囚人と、通路の奥へ点々と続く血の足跡が映っていた。




