第十章 試運転開始
後半に表現を二言ほど追加しています。
振動が体を揺する。
小石でも乗り越えたのだろう。
鉄格子とスモークフィルムに遮られる窓からは長閑な田舎道が見えた。
幾ら大型バスの護送車とはいえ、整備が進んでいない道では揺れも酷い。
「…………」
車内の空気は重い。
私以外にも多数乗っている筈だが、吐息の一つも聞こえない。
吐息の一つでも過敏に反応してしまいそうな雰囲気だ。
実質の処刑場に送られているのだから仕方が無いといえるが、刑務所で散々聞き飽きた軽口が静かになるのは歓迎すべき事だ。
「…………」
両手に嵌められた金属が煩わしい。
今、この車に乗っているのは運転手を除いて唾棄すべき者しかいない。
理由は知りたくもないが、人道的にも法律的にも道を外れた外道達だ。
冤罪の可能性は無い、自白剤より手軽で後遺症の無い淫魔の“魅了”があるからだ。
迷宮の深層にて相対する彼女らに普通の人間が装備も無しに耐えられるわけがない。
そう言うと私も犯罪者になってしまうが、やらかしたのは親であり私自身は無実だ。
この状況は“親”がこの“国”と交わした“契約”に基づくものであり、私自身はつい先日まで日常を謳歌していただけだ。
一体誰を怨めばいいのだろう?
“契約違反”という無機質な文字列を履行するこの国か、過去の栄光に縋りついた愚かな親か。
それとも親を人として生きる事を否定した記憶に無い祖国か。
やり場の無い怨嗟だけがドロドロと胸の内を巡る。
「…………」
窓から見上げる空は青く、澄み渡っている。
……ああ、そういえば今日は皆で遊園地に行く約束だったんだっけ。
今頃は楽しんでいるであろう友人達の幸せが酷く羨ましかった。
●
「もう少しで試運転開始時刻となりますが準備の方は大丈夫ですか?」
「……何とか形だけはなー。この前のアレで貯蓄の大半を消費したのが痛い」
だが、何も悪い事ばかりだけでは無い、知った事もある。
罠や魔物を生み出すのは簡単だ。
しかし、維持する為のエネルギーが膨大だった。
特に罠だ。
構築、維持、起動、再装填と常に消費している。
莫大と思っていたエネルギーが一気に目減りした時は目を見張った程だ。
経費削減の為に削っては直し、を繰り返して手直しをしたが、満足いく出来には程遠い。
“練習”に時間を掛け過ぎた弊害だ。
流石に肉の塊になるまではやり過ぎた。
得るものは大きかったが、それが生存に繋がるかは未知数だ。
「本来なら試運転での侵攻で迷宮主としての防衛本能を刺激し、異能を把握してもらうつもりでしたが先日の彼女のおかげで習熟する余裕ができましたね。……ですがここまで使いこなすのは予想以上です。並みの迷宮主ではこうはいかないでしょう」
声にあるのは驚きと賞賛。
しかし、素直に喜べない。
「確かに使い方は分かったし、使いこなせればこれ以上ない強みなんだが……何でもかんでも自由自在って訳じゃない」
存在を書き換える、と言えば神をも恐れぬ異能である。
が、実際は種がなければ何もできない手品に過ぎないのが本当だ。
「今使えるのは“魔剣狼”の因子だけ。最高戦力が“素体”だけっていう事態は免れたけど、魔物の“幅”が狭すぎる。将棋で言う六枚落ちってヤツだ、もちろん減っているのは俺の駒だ」
頭の中で配下の魔物を思い返す。
ざっと数えて4種か。
その内、3種は段階を変えただけなのが悲しい。
もはや魔剣狼の因子を使った1種が希望だが、戦力の決め手というには不安がある。
たった4種、決め手に掛けるそれらの運用に頭を悩ませる。
「あ、いや、でもどうかな……?」
「マスター?」
ふと思いついた手段。
それはまさに外道といえるものだが、この迷宮で咎める者や諌める者はいない。
迷宮主の自分こそが最高権力であり法だ。
「ちょっと思いついた事を試してくる。試運転に間に合うかは分からないけれど、何時でも開始できる状態にはしておくから」
迷宮内の映像を纏めて監視するためのモニタールームから出て行く。
目指すのは“彼女”が居る部屋だ。
●
小さくはあるが、耳に刺さるようなブレーキ音と共に護送車は止まる。
目的地に着いたのだ。
護送車であるバスの扉が開く。
「前から順に降りろ!」
外から命令するのは刑務所で顔なじみとなった刑務官だ。
ご苦労な事にわざわざこんな所まで同行していた様だ。
窓から外を窺えば銃を携帯した警察官と刑務官に囲まれている。
何人か銃ではなく剣を装備した者が居るが、彼らこそがこの場での最高戦力であろう。
当然の事だが逃がす気は無い様だ。
「グズグズするな!!」
怒号ともとれる大声に仕方なく列に並んで外に出る。
……途中でお尻を触ったヤツはあとで剣の錆びにしてやる。
死にたくないのかどこか重い足取りの死刑囚達は指示に従って並ぶ。
およそ50人の死刑囚の目の前には一面がくり抜かれた石箱が鎮座していた。
この石の箱こそが迷宮の門だ。
この門を潜り抜けた先が私達の死地である。
「お前達に与えられた権利は1つ! この迷宮に潜るか否かだ!」
刑務官の大声が響く。
今私が立っているのが集団の中ほどで良かった。
以前、目の前で叫ばれて死ぬかと思った。
今頃、最前列の者は鼓膜が割れるような錯覚を覚えているはずだ。
「拒否するならば、このままバスに乗って戻るとしよう! その代わり! 確実な死が待っているが、理不尽に死ぬ事はないとだけ言っておく!」
バスへ動くものは居ない。
死刑囚の身だ、迷宮から逃げても死刑は決まっているのだ。
とはいえ、情報無し、準備無し、装備は無しの無い無い尽くしで迷宮に潜るのは自殺行為に変わらない。
二つの未来には死という穴が横たわっているが、この場に居る全員は迷宮を選ぶ。
「……よろしい! この迷宮は貴様らの死に場所となる! しかし! 足掻きに足掻いて迷宮核をもぎ取ってきたのならばっ! その者は無罪放免としよう!!」
例えそれが蜘蛛の糸の様にか細くても、未来への希望があるからだ。
「武器は剣を一本を支給する! 迷宮侵入後は自己判断で行動せよ! 全てが自己責任だ! 以上、順に進め!!」
門への半ばに置かれた箱。
中には何十本もの剣がある。
一列に並んだ死刑囚は職員から数打ちの剣一本を受け取って門を潜る。
ベルトコンベアの様な流れ作業であっという間に私の番が来た。
「……どうも」
職員から無言で手渡されるそれを受け取る。
礼を言うのは自身が無実であるというアピールだ。
事ここに至っては意味は無いが。
迷宮の門へ向かう途中、剣に違和感を感じた。
……あれ? この剣、属性が付与されている?
僅かに剣を抜いて刃を確認すれば、それは間違いではなかった。
鈍い銀に混じる温かな光。
それはアンデット系に特効である“浄化”の付与の証だ。
気付き注視すれば他の死刑囚の持つ剣にも浄化が付与されている。
箱に納められた剣も一つとして付与されていないものは無い。
……溝に捨てるも同然の武器に属性付与を? 元が数打ちっていっても馬鹿にならない金が掛かるのに?
浄化という属性を付与できる人間は限られている。
通常は依頼を申し込むが、浄化はその稀少性ゆえに依頼費用は馬鹿にならない。
結果として剣一本の値段は死出の門出への祝いにしては度が過ぎている。
……まぁ、何か意図があったとしても関係ない。
付与された武器は、その属性に関わらず耐久性が僅かに上がる。
その僅かな差の分だけ、望んだ未来を手に入れる可能性が上がるのだ。
……迷宮核を奪う。ただそれだけを果たせばあの日々に帰れるんだ。
親も祖国も関係ない、ただただ平和な日常を謳歌したいだけなのだ。
鞘に着いたベルトを腰に巻く。
左腰に感じる武器の重みは久しいものだ。
二度と味わう心算も無かった感覚に手に力が入る。
……私は帰るんだ。例え他の人間を皆殺しにしてでもあの日々に!
決意も新たに門を潜る。
久しい闘争の香りに口の端が上がっている事には気付かなかった。
気付きたくなかった。




