第九章 第365号職員の観察書
私はある迷宮主の担当という任を与えられた。
実際に合ってみた感想として、温和であり探索者にしてはのんびり屋というべきか、だからこそマイペースというべきか。
少なくとも悪い人ではなさそうだ。
どんな相手であっても拒否ができないこの身では、少なくとも好意的に付き合うことができそうで安心した。
これから長い付き合いになる彼について、私なりに分かった事を纏めてみようと思う。
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名前は【検閲事項】、現在は“365号迷宮主”として国に登録されている。
彼はまるで道具みたいだと言っていたが、迷宮主の“名付け”はもう少し成長してからでないと危険だ。
性別は男性。
以前の住居から運び出された春本のジャンルからして、男性としては正常であるとはいえる。
少なくとも異性に対してトラウマなどを抱えている事は無さそうなので安心だ。
年齢は享年26歳、新生0歳児か。
経歴は、知った様な口で言うならば中々に大変ではあったと思う。
幼少期、両親と彼の穏やかな家庭は一つの事故で崩された。
原因は、高速道路の路上であろうことかの喧嘩。
彼ら家族にとって無関係な筈のそれはヒートアップし、果ては多人数を巻き込んだ。
重軽傷者多数、死傷者数十人という当時の世間を騒がせた大事故。
事故の中心部、両親の犠牲で奇跡的に生き延びた彼は料理屋を営む叔父夫婦へ引き取られた。
当初は塞ぎこんでいた彼は叔父夫婦家族の努力によって、中学卒業には以前の明るさを取り戻どす。
しかし、悪質な道具屋が未鑑定の呪物を鑑定済みと偽って販売。
叔父夫婦は重度の呪いに掛かり、店は閉店。
解呪と治療の費用を稼ぐため、高校中退後探索者となる。
探索者としての目は出ず、主に甲種迷宮『深き湖沼の粘』の浅層にて魔石と宝物を回収する日々を送る。
金策のため、進んで他人と組む事は少ない。
迷宮探索中、迷宮核を入手後転送罠に掛かり深層へ送られる。
迷宮脱出時に致命傷を負い死亡、その際に迷宮核が破損した心臓に融合し迷宮主として蘇生する。
契約時の対価には叔父夫婦の治療を要求している。
まだ回復とまでは行かないが、好転した事を伝えた際に安堵の様子が見られた。
現在は迷宮を創造し、試運転を控えている。
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「こんなところですか。少々纏め過ぎな気もしますが……」
筆を置いて伸びをする。
少々だらしない姿であるが、自室では構わないだろう。
「マスターは……まだ、“練習中”ですか」
自室の扉を僅かに開けるとそれは遠くから聞こえてくる。
悲痛な叫び声が鳴り止むのは何時になる事やら。
「これも、迷宮主と化した影響なのでしょうか? それとも……」
身内に甘く、敵には容赦無い。
前者はともかく、後者は人物調査でも聞かなかった。
今までは敵を作らないよう立ち回っていたのか、それとも迷宮主としての防衛本能か。
「……どちらにせよ、迷宮主としては間違いではありませんか」
これから先、数え切れない命を奪うのだ。
狂気に飲まれるのは避けたいが、正気ではいつか擦り切れる。
「迷宮主として避けられない同属殺しは近々の試運転で、という事ですか」
彼に彼女を殺害する気は無いだろう。
異能の事も考えれば活かしておいた方が得でもある。
「折角順調に進んでいますし、試運転という試金石を乗り越えて貰わなくては困ります」
先程入れたコーヒーで喉を潤す。
「私だってまだ消えたくありませんしねぇ」
机に置いたコーヒーカップを愛おしそうに眺めた。




