いたずら
「お母さん。ごめんなさい」
「謝っても許しません。今日という今日はお父さんに言いますからね。またこんないたずらして」
母親は半ベソをかいている子供の手をひきながら長い廊下をどんどんと進んでいく。
「もうしないから」
子供は最後のお願いというように、母親の手をひっぱり精一杯の抵抗を試みた。しかし母親は聞く耳すらもってくれない。
「この前いたずらしたときもそう言ってたでしょ。お父さんは未だにあのときのあなたのいたずらの後片付けに苦労してるのよ」
子供は母親の言葉をひどく心外を受けたというふうにまっこうから反論した。
「あれはいたずらじゃないよ。四足歩行の動物が二足歩行できるかどうか実験しただけだよ」
「その変な実験のせいで大変なことになってるんでしょう。今お父さんが一生懸命もとに戻そうとしてるのに。あなたって子はまたこんなしょうもないいたずらして」
真剣な反論も全くこうをそうさず、母親の怒りのボルテージは上がる一方である。子供は次なる作戦『泣き落とし』を試みた。
「お願い。お父さんには言わないで。今度こそあのおもちゃ取り上げられちゃうよ」
「いいかげんにしなさい。ほら、お父さんのお部屋に入るわよ」
長い廊下のつきあたりにそびえる重厚な扉を押し開け、母親が部屋へと入っていく。子供もあきらめた様子で、母親の後ろに隠れるようにひっそりと部屋へと入る。父親は部屋の奥のデスクに座り、難しい顔でモニターと手元の資料を交互に睨みつけている。
「あなた……」
母親が静かに父親に声をかける。父親の鬼気迫る形相を見て、母親もさっきまでのテンションが一気に下がってしまったようだ。しかし、父親は意外にも母親のほうに笑顔で振り返った。
「おー。お前か。聞いてくれ。ようやく半数まで減ったぞ。やはりこの前の大地震と大津波が効果あったようだな」
「それは、ようございました」
母親は父親の機嫌がいいことに安堵しつつも、これから報告しなければいけない『子供のいたずら』を思うと、口が重くなった。一方、父親は上機嫌で会話を続ける。
「やはり進化しすぎてしまうものは、全滅させるしかないからな。これで恐竜の時のように氷河期でも起こせば、一気に全滅するだろう」
上機嫌な父親も自分と周りとの温度差を感じ、妻に視線を向ける。妻はなんともいえない複雑な表情でわが子を見つめている。
「おい。また何かいたずらしたのか」
父親は不安にかられ子供に問いかける。
「いたずらじゃないよ。アダムとイヴが『どうしても食べたい』っていうから食べさせてあげただけだよ」
子供は自らの保身のため、言い訳めいた回答をした。それがさらに父親の怒りのボルテージを上げることになるとはまだ気づいていない。
「食べさせたって、何を」
父親は精一杯、平静を保ちつつ子供に問いかけた。
「智慧の実」
子供は平然と父親の問いに答える。
一瞬の沈黙が部屋に訪れる。そして、怒りのボルテージが最高潮に達した父親の怒声がその沈黙を破る。
「ばかもの。
『人間に智慧の実を食べさせた』だと。この前『猿に2足歩行をさせた時』に動物の進化が引き起こす弊害を嫌というほど教えただろう。ようやく人類を半減させたところだというのに」
父親は言い終えるやいなや、頭を抱えて2・3歩よろめいた。母親が手を貸しながらいすに座らせる。
「もうだめだ。智慧の実を食べた人間の進化は神の力では止められない。こうなってしまっては、この前のスーア星のように自滅するまでほっておくほかないな」
父親が独り言のようにつぶやいた。一方子供はあっけらかんと母親に質問をした。
「お母さん。やっぱりぼくの地球取り上げれちゃうかな?」
その言葉が再び父親の怒りのボルテージをMAXにした。
「ばかもの。
お前は地球が自滅するまで謹慎だ。それまで、地球の観察日記でもつけていろ」
「あなた。そんなに叫ぶとまた血圧があがりますよ」
あれから3万年後。
神様は観察日記をつけながら、とある地球人の会話を聞いていた。
A: 「なー。人類ってどうして生まれたんだろうな?」
B:「なんだよ急に。哲学めいたこと言い出して」
C:「はっはっは。案外『神様のいたずら』なんじゃねいの」
Cの言葉にAとBも思わず笑みをもらす。
しかし、Aの笑顔の表情は他の2人とは少し違う凄みを持っていた。へらへらと笑いながら歩いていたBとCは突然立ち止まったAを確認するため後ろを振り返った。
B:「おいA、何してんだよ。置いていくぞ」
Aはにたにたと笑いながらズボンのポケットからスイッチのようなものを取り出した。そのスイッチを左手の手のひらにのせるとBとCに話かけた。
A:「この地球が『神様のいたずら』で作られたんなら、『人間のいたずら』で終ったっていいよな」
BとCはAの言っている意味がわからずただAを眺めていた。次の瞬間、Aは自分の手のひらに置かれたスイッチを押した。
BとCは最期までAの行動の意味を理解することはできなかった。Aがスイッチを押した瞬間に地球中の核施設が爆発した。地球上の人類、動物、植物すべてが地球とともに宇宙のちりとなったのだ。
神様は観察日記の最後に「おしまい」と書き込むと、日記を手に握り立ち上がった。
「地球も自滅したし、次の星もらえるかな」
神様はうきうきとした足取りで父親のもとへと急いだ。