意地悪な猫
もう二度とこの世界に来る事はないだろう。
落ちていく意識の中で私は考えた。
白い兎に導かれて迷い込んだ世界は、すべてが狂っていた。
でも私には魅力的だった。
現実から遠い世界。
いつも逃げたいと思っていたから、その世界は私にとって夢の世界だった。
狂っているのは私だけではない。
そう思うと安心できた。
白い兎が私にささやく。
「ずっとこの世界にいればいい」
それはとても甘い言葉。
その言葉に体を委ねてしまえたら、どんなに楽だろうか。
「この世界で楽しく暮らそう」
牙を見せて白い兎が笑う。
「さぁ、お茶会をしよう」
狂った帽子屋が私のために紅茶を注いでいる。
ああ、まるで夢のようだ。
「夢だよ」
大きな猫がニヤリと笑って言う。
その言葉に私の体は凍りつく。
本当は分かっている、知っている。
でも分かりたくない、知りたくない。
今までそうやって逃げてきた。
夢と意識した途端に世界が歪んだ。
白い兎も、狂った帽子屋も、大きな猫も歪んだ。
そうして私は落ちてゆく…
夢から覚めるために。
私の心には、体には、この世界の感触が残っているのに。
「夢だよ」
また猫の声がした。
なんて意地悪な猫だろう。
私の夢を壊してしまうなんて!!
怒りながら私は目覚めた。
「どうしたの?」
驚いた顔をした姉が本から目を上げた。
「…夢を見ただけよ」
そう、というと姉はまた本を読み始めた。
もっと夢の世界にいたかったのに。