アキ・シモツキ・シーズン
シモツキ家の屋敷の広い庭の木は赤・黄色・茶色に染まっていて、それにうっすらと雪が積もっていて、とても幻想的で綺麗な庭が広がっている。
「じゃあ行きましょう。ハル様は念のため馬車に居てください」
トウジ王子がそう言って馬車を降りるけど、ナツは動こうとしない。
「ナツ?」
私が話しかけると、ナツはポツリと呟いた。
「私もここにいる」
私は驚いてナツの顔を見た。ナツは続ける。
「実は前にアキ様を言葉で傷つけてしまったの。しまったと思ったんだけど、アキ様は大人だから何事も無かったように平然とした顔をしていて未だに謝るにも謝れなくて…もしかしたら私の一言のせいで今回の騒動が起きたんじゃないかって」
「何をそんなに言ってしまったの?」
ハルが心配そうに聞いても、ナツは答えず口を引き結んで黙ってしまった。
「分かりました、僕とエリーザでアキ様に会ってきます」
ナツの様子を見た王子はそういうと、私を引き連れて秋色に色づく庭を通り抜けて屋敷の中に入った。入るとすぐに召使が現れ、トウジ王子の顔を見るとすぐに秋の女王の部屋へと通された。
部屋に入ると、秋の女王は窓辺に佇んで外を見ていた。紅葉のような真っ赤な髪の毛に一束黄色い筋が入った髪の毛を腰まで伸ばしている。秋の女王様はゆっくりとこちらに顔を向けて微笑んだ。だけどハルみたいに柔らかくもなく、ナツみたいに明るくもない。まるでもうすぐみぞれになりそうな秋の雨を感じさせる、ひんやりとした微笑みだ。
「お久しぶりですアキ様。こちらは僕の友達、エリーザです」
「あらそう」
秋の女王様はそっけなく言うとドレスの裾を揺らしながらこちらに近寄ってきた。そして私の前に立ちはだかり、オレンジ色の瞳で私をジッと見つめる。
秋の女王は冬の女王よりも、ハルよりも、ナツよりもずっと年上の、綺麗な大人の女性だ。そのしっとりとした瞳に見つめられるとなんだか照れてしまう。
「他の女王に比べてずいぶん年がいってると思ってるでしょう?」
私はびっくりして首を横に振った。だけど秋の女王は軽く鼻で笑ってからトウジに向かいあう。
「トウジはまた暇になったから遊びに来たの?ダメよ、季節の塔からひんぱんに抜け出しては」
ゆっくりと落ち着いた笑顔と声でトウジ王子を叱るけど、トウジ王子は例の手紙を取り出して秋の女王に見せるように差し出した。
秋の女王はそれを見て眉毛一つ動かさずにその手紙を見た。トウジ王子は問い詰めるように秋の女王に聞いた。
「これはあなたが書いた手紙ではありませんか?アキ様」
「国王様の名前が書いてあるじゃないの」
「しかしこの筆跡はあなたのもので王のものではないと証明済みです。それにこの手紙はシモツキ家が特別に作らせている紙だという事、あなたの執事の部屋からフクジュ王子からハル様宛ての手紙が見つかった事、それにあなたの家の弓使いがハル様の屋敷に弓を引いた所も僕の従者が見ています。もう言い逃れはやめてください」
秋の女王は微笑みを崩さぬままトウジを見据えている。段々と周りの空気が霜が降りた朝のようなキンと刺すような空気が漂っている気がして、私は身震い一つした。思えば今までハルとナツと一緒に居て暖かかったから、毛皮のコートも長袖も脱いで馬車においてあった。トウジ王子はそんな私にふと目を向け、上着を脱いで貸してくれた後に続けて言う。
「国王様も自分の名前を勝手に使った者を探しています。あなただと分かるのは時間の問題ですよ」
秋の女王様はしばらく黙り込んでいたけど、急に声を押し殺したように笑い出した。
「怖い子ね、トウジ。ここまで頭も口も回る子だと思わなかったわ」
秋の女王様はそう一言いうと、ひたとトウジの目を見た。
「それで?あなたはこれからどうしたいの?国王様の名を勝手に使った者はむち打ち500回の刑の後に縛り首よ」
私は驚いて秋の女王を見た。それが分かってて、どうしてこの人はそんな事をしてしまったんだろう。
秋の女王は微笑みながら続ける。
「できるわけないでしょう?私が死ねば、この国の秋が消えてしまうんだから。秋が消えれば、何もかも収穫する前に冬が来て全て枯れてしまうわ。国王だって私が犯人だと分かっても何もできやしないのよ、頭の良いトウジならそれくらい分かるでしょうに。さあ、あなたはこれからどうしたいの?言ってごらんなさいな」
秋の女王はからかうように言葉をたたみかけ、反対にトウジ王子は口を引き結んで、次の言葉をどう続けようか悩んでるようだった。
「あの、どうしてこんなことをしたの?」
私は上着を着込んでからそう聞くと、秋の女王がこちらを見た。
「どうしてかしら」
その言葉に私は驚いて目を見開いた。
「理由なんて無いの?嫌がらせでやったの?」
あっはは、と秋の女王はおかしそうに笑った。
「嫌がらせ?そうかもしれないわね。ただの嫌がらせかもしれないわね」
のらりくらりと私の言葉がかわされているような気がして、やきもきした。秋の女王は外に目を向けた。
「ナツの馬車で来たという事はナツがあそこにいるんでしょう。だけどあの子はここに来ないのね」
「ナツは秋の女王を傷つけてしまったと後悔してたのよ」
そう、パッと周りを照らす雰囲気のナツが、馬車の中で一言を口もきかずに口を固く引き結ぶくらいに。
「傷つけた…ね」
一瞬秋の女王の微笑みがくずれて寂しそうな顔が浮かんだ。
「何があったの?ナツの言葉でこんな事をしたの?私と…トウジ王子で良ければお話を聞くわ。ひいお婆ちゃんも、話せば楽になることもあるんだよと言ってたもの」
秋の女王様は外の…多分ナツの馬車をぼんやりとした表情で眺めてから軽くため息をついて私の目を見た。
「別に話してもいいけど…子供にこの話が分かるかしら」
その言い方が自分を子供扱いするお母さんのような気がして、ムッとして思わず
「私はもう10歳よ」
と、言った。秋の女王は少しおかしそうに目を細めた後に
「そう、あなたはずいぶん大人なのね。じゃあお話してあげるからそこに座ってちょうだい」
と、やっぱり子供扱いをしながら私たちにお茶を用意してくれた。
「私には子供が居ないのよ」
秋の女王様はお菓子も用意して座ると、お茶を飲み込んだ後に呟くように口を開いた。
「季節を司る力は、女の子が生まれると15歳程度でその子に力が移る。だけど私には子供が生まれない。他の女王たちの子供たちは次々に新しい季節の女王となっているのに、私には男の子すら…」
秋の女王様は長いまつ毛を伏せて続けた。
「もう秋の季節は終わりだと言う陰口も聞こえるわ。逆に国王様は顔を合わせる度に世継ぎは出来ないのかと皆の前でも聞いて来る。もう嫌になっちゃって」
秋の女王様はそういうとソファーにもたれてから私の顔を見て、からかうような口調でささやいた。
「ほら、あなたにはまだ分からない話でしょう?」
確かに私にはよく分からない話だけど、もっと分からない事もある。
「それでなぜハルや冬の女王に国王様の名前を使って手紙を送ったの?」
二人とも命を狙われていると本気で脅えていた。それを思い出した私は腹が立って、つい問い詰めるような口調になってしまった。秋の女王はカップから昇る湯気を眺めながらゆっくりと呟いた。
「みんな可愛いわ。私には子供が居ないから、それを埋めるように私は他の女王の子を可愛がった。もちろんトウジを含めてみんな可愛い」
「じゃあなんで…」
「…どうしてかしら」
またのらりくらりとかわされるかと思ったけど、秋の女王はゆっくりと考えを巡らせるようにしてから口を開いた。
「前にナツと話した時、ハルとフクジュ王子はいつも一緒で仲が良いと言っていたわ。私もそう思っていたし、冗談でもうすぐ結婚かしら?と言ったら、ナツが、それならハルを子供同様にしてたあなたはいずれお婆ちゃんになるのね、と言ったの。その直後にナツはしまったという顔をしていたけれど…おかしいわね、自分の子供も居ないのにお婆ちゃんですって」
秋の女王はゆっくりとお茶を飲み込んでカチャリとお皿の上にカップを置いた。
「そうね…多分私は嫉妬したのよ。私に子供はできないのに、他の女王たちには子供が出来て、そしてその子…ハルも結婚しようとしていて…そうすればいずれ子供もできるでしょう。そんなハルの未来に私は嫉妬したの。私にはいつまでたっても子供ができないから」
秋の女王はクッと笑うと、
「馬鹿みたい。ハルをいくら陥れても自分の子が生まれるわけないのに」
と微笑みが消えて一瞬泣きそうな顔になった。その顔を見て私はさっきまでの腹立だしさが一気に消え失せて、たまらなくなって言った。
「私のお母さんも周りの友達には子供が次々とできるし、親戚の人にはまだ子供できないの?って聞かれるからすごく悩んでたと言ってました」
秋の女王は私の顔を見た。私は続けた。
「だけどひいお婆ちゃんに『そんなに思いつめた固い顔の母親を求めて生まれたがる子がいるもんかね』って言われて、それもそうだってお母さんは思ったんだって。それから深く考えないようにして毎日笑ってすごしていたら私が生まれたと言っていたわ」
私は立ち上がってテーブルに手をついて身を乗り出した。
「秋の女王もきっと周りから色々言われて思いつめてるだけなんだと思う。だから毎日笑って過ごせば子供はできるはずよ」
秋の女王は申し訳程度に微笑んで、
「そうだといいのだけれど」
と目を伏せた。私はもっと身を乗り出した。
「絶対にできるわ!だって、私は子供が生まれないと悩んでいた母親から生まれた生き証人なんだもの!」
すると秋の女王は目を見開いて、そして静かに私たちを見守っていたトウジ王子が噴き出して、二人とも口を大きく開けて笑い出した。私は変な事を言ったかと戸惑ったけど、二人の笑いは止まらない。
「エリーザ、君って案外と楽しい事を言うね」
トウジ王子は笑いながら涙をぬぐい、
「そうね、確かにあなたは母親の生き証人でしょうね」
と、秋の女王も涙をぬぐいながらまだおかしそうに笑い続ける。
気づくと部屋の中は秋の終わりのような寒さではなくなり、秋晴れの時のようなすっきりとした空気が部屋の中に漂っている。秋の女王は立ち上がってストールを肩に巻いた。
「エリーザの話を聞いていたら何もかもどうでも良くなっちゃった。この騒動の事も、私がしたことも全て国王様の前で話すわ。それでいいんでしょう、トウジ」
もしかしたらムチ打ちを受けるかもしれないのに…と私は心配になったけど、秋の女王は私をチラと見た。
「本当に私に子供が生まれると思ってる?」
私がうなずくと、秋の女王は最初とは違う晴れやかな表情で私の頭をなでて
「男の子でも女の子でも、子供が生まれたらあなたみたいに真っすぐ人の目を見る子にしたいわ」
と部屋を出た。