ナツ・ハヅキ・シーズン
次の日、身支度を整えて私と春の女王は家族に挨拶した。皆私と女王を抱きしめて無事を祈ってくれる。お父さんとお母さんは最後の最後まで反対して怒っていたけど、ひいお婆ちゃんが
「二人して子供がやろうと決めた事に反対ばかりして!あんたらはエリーザを親のいう事だけ聞く無能に育てたいのかい!」
と叱ったら渋々とうなずいた後に悲しそうな顔で私を抱きしめた。
春の女王が一晩いたおかげで私の家の周りの雪は全部無くなって、村の雪もぐんと低くなった。村の皆は春が来たと喜んでいるけど、きっと春の女王がこの村から去ったらあっという間に積もるんだろう。
私と春の女王は家族に見送られて村から出発した。
歩きづらい山道も、春の女王が居ればすぐに雪が溶けるので歩きやすい。
「本当に良かったの?」
村からしばらく歩いていると春の女王が心配そうに私に声をかけて来た。春の女王の着ていた服はボロボロだったので、今はお母さんの服を着ている。それでも春の女王の周りは暖かくて日の光のような黄色い光が舞っているようだ。
「いいの。実を言うと私は塔に行って季節を動かしたいと思っていたけど一人で行く勇気がなくて…だから春の女王が一人で行くと言った時私がついて行こうと思ったの」
春の女王は申し訳なさそうに口をつぐんだと思うと、震える声で言った。
「ごめんなさいね」
「どうして謝るの?」
「だってそうじゃない。私は怖くて逃げ回って、エリーザを巻き込んでしまったんだもの。正直にいうとね、エリーザが一緒に来てくれると言ってくれた時、とても心強かった。だけど私より小さいあなたを頼りにしている自分が恥ずかしくて、だけど一人で大丈夫と押しとどめられなかった自分が情けないの」
そんな春の女王の言葉がとてもいじらしくて、私もつい言葉を返すように口を開いた。
「それなら私も正直に言います」
私はそういうと春の女王様は私の顔を見た。
「私は春の女王が好きだからついて行こうと思ったのよ。そしてついて来るなと言われなかったからついてきた。そして今、春の女王に頼られてると知ってとても嬉しかったし心強く感じてるわ。それじゃダメなの?」
春の女王様は驚いて目を見開いたけど、すぐに顔をほころばせた。会った中で初めて心から微笑んでいる顔で、見ている私もついほころぶ顔だ。
「ありがとうエリーザ」
私は微笑んでうなずき、色々な話をした。
春の女王の屋敷や王家での話は私の暮らしでは想像できないほどきらびやかだし、私の暮らしの話は春の女王にはとても興味深いらしく、山での生活を春から冬にかけて話した。
そうしているうちに山を降りて街道に出た。いつも村からこの街道に出る道は半日はかかるけど、春の女王と話しているとあっという間に感じる。
「夏の女王の家はどっちにあるの?」
私は聞いた。シーズン国のお城がある方向は分かるけど、季節の女王が住む家がどこにあるかまでは知らないんだ。春の女王は説明しようと口を開きかけると、後ろから馬車の近づいて来る音がしたので私たちは道の端へと寄ったけど、馬車もスピードを下げて隣にゆっくりと停車する。
私と春の女王が不思議に思ってその馬車へと顔を向けると、いきなり馬車の戸が開いて一人の女性が飛び出してきた。
「ハル?ハルなの!?」
「ナツ!?」
春の女王の言葉を聞いて私は驚いた。ナツとは夏の女王の事じゃないか。
夏の女王はひまわりのような黄色いボリュームのある髪の毛を後ろで一束ねにし、夏の空みたいに青い、大きい目をした人だった。そしてまるで子供を叱るような口調で
「今までどこに行っていたの、大騒ぎになってるのよ!」
と言いながら春の女王をしっかりと抱きしめる。
「ごめんなさい…」
春の女王は申し訳なさそうに肩をすくめて目を伏せた。それを見た夏の女王は他に言いたい事を無理やり飲み込んだような顔つきでふと私を見た。
夏の女王はまるで夏の日差しのようで、目が合うだけで全ての不安が一気に吹き飛んでしまうような明るい雰囲気があった。
「後ろの子は?」
「エリーザよ。この山の奥の村の子で、私を支えてくれるわ。それで…」
春の女王が話そうとするのを押しとどめて夏の女王は馬車を指さした。
「まず話は馬車の中で聞く。乗って」
そして夏の女王は私の方を向いた。
「あなたもよ、おちびちゃん。あなたも何かしら事情を知ってるんでしょう」
私は自分の服と足元を見た。雪が溶けた直後の道を歩いてきたから足元はドロドロだ。それに対してその馬車の外側はキラキラ輝く金属の板が張られ、中にはふかふかした座り心地の良さそうな座席、床には絨毯、窓には光沢のあるビロードのカーテンが引かれている。
こんな格好では綺麗な馬車を汚してしまう。
私はそう思ってもじもじしていると、夏の女王はいきなり私の手を引っ張って中へと引きこんだ。
「私が入ってと言ってるのだから遠慮しなくてもいいのよ」
あっという間に絨毯はドロドロになってしまうが、夏の女王は構わず私を座らせ、春の女王も招き入れて私の隣に座らせてドアを閉めて出発させた。
「さあ、何があったか聞かせてもらいましょうか?ハル」
対面に座っている夏の女王は怒っているように腕を組んで春の女王を見た。
春の女王と夏の女王が一緒に居る馬車の中はあっという間に毛皮のコートも長袖もいらないくらいの気温になっていた。
まるで春が終りかかって夏が始まる辺りの、緑が濃くなって草木もぐんぐんと成長していくときのわくわくした空気に似ている。
春の女王は私たちに語った話と同じ話を夏の女王に聞かせた。
夏の女王はハルの話に大きくうなずいたり、そして驚いて口を開けたりと春の女王の言葉一つ一つをしっかりと受け止めていた。
「つまり国王様が怪しいけどその手紙は偽物で、国王様からの手紙と嘘をついたり、フクジュ王子からの手紙を届かないようにしたり、弓を射てハルを脅した犯人が居るっていう事?」
夏の女王は考えをまとめるように言った。
「そういう事になるのだろうけど…」
「本当に心当たりはないのね?」
夏の女王の言葉に春の女王様はうなずいた。
「とりあえず、国王様に会いに行きましょう」
夏の女王様はそう言うけど、春の女王が不安そうな顔で夏の女王を見る。
「だけどもし本当に国王様が私の命を狙っていたらと思うと怖いわ」
「大丈夫よ。ハルが居なくなったと聞いてすぐ国王様に話を聞きに行ったけど、本当にハルの事を心配していたのよ。私も今まで探し回ってようやくハルを見つけたけど…。国王様は言ってたわ。フクジュ王子からあなたとの結婚の報告を受けて嬉しく思ったのに、その次の日から手紙のやり取りもなくなったし、王子が会いに行っても会わずに帰されたから心配して国王様自らお見舞いに行ったら居なくなったって」
「国王様がそうおっしゃっていたの?」
春の女王が驚いたように言うと、夏の女王はうなずいた。
「そうよ。だから国王様は二人の結婚に反対なんかしてないし、あなたの命を狙う事もない。これは私も証明するわ」
春の女王は戸惑いながらも嬉しそうに微笑み、私も嬉しくなって
「よかったね、ハル」
と思わず名前を呼んでしまって、あ、と慌てて
「ごめんなさい」
と謝った。すると春の女王も夏の女王も一瞬の間を置いておかしそうに笑いだした。
「いいわよ、エリーザ。今みたいな呼び方の方が嬉しいわ。これからはハルと呼んで」
「だけど…」
夏の女王はまだ笑いながら、
「あら。本人が良いと言っているのだからそう呼べばいいのよ。そうね、私の事もナツと呼んでちょうだい。女王と呼ばれるのは肩がこるのよ」
と、いたずらっぽく笑った。
「いいの?他の人に怒られない?」
私がそう聞くと、二人は微笑みながらうなずいた。なんだか大人が思っているより、季節の女王たちは身分の差なんて気にしてないのかもしれない。
「まずは季節を冬から春に動かしましょうか?ハル。国王様との話は季節の塔の中でもできるものね」
「そうね、ナツ」
馬車はゴトゴトと音を出して、シーズン国の城下町へと入って行った。