エリーザの決意
春の女王様が話し終わった後は皆が遠い国のお話を聞いたかのようにぽかんとした表情で春の女王様を眺めていた。
「しかし国王からのお触れにゃ、あんたが消えたなんて一言も書いてなかったぞ」
「書くわけないだろう、そんな国の大事を」
お父さんの言葉にお爺ちゃんが反論した。
ひいお婆ちゃんはギッチラと椅子をきしませて身を乗り出した。
「私は王様があなたの命を狙っているとは思えません。仮に私が国王で王子に本当に婚約者が居てあなたと仲良くさせるのを止めさせたいなら、まずあなたではなくあなたのご両親を説得し、ご両親からあなたを説得するように頼みます。ご両親からそのような話はされなかったんですか」
そういうと春の女王様も何か言いたげな表情になって顔を上げた。
「実は私も不思議に思っていたんです。国王様からの手紙はまず全てお父様に届いて、その中に私宛の手紙があったらお父様から渡されるのですが、その手紙は直接私に届いたんです。それに国王様にしてはいつもと違う柔らかい文章な気がして…」
それを聞いていたひいお婆ちゃんは何かをじっくりと考え込んだ後に口を開いた。
「誰かがあなたを陥れようとしているのでは?」
暖かい暖炉の前に居て頬が赤くなった春の女王様の表情が一気に青くなって固くなった。ひいお婆ちゃんは続けた。
「私も先ほどの手紙をお聞きして、国王の手紙にしてはどうも女性的な文章だと思っていました。それに王子と関わるならば命を狙う、と言いながら次の日に季節の塔に来いと言うのはおかしいと思いませんか?それに国王だって王子にもあなたと交流をするなと言うはずです。なのに王子は手紙を毎日送り、堂々と屋敷までやって来た…。ならば王子はよほどの考えなしか、国王にあなたと交流するなと言われていない事になります。…まあ、あなたが好いたお方ならそんな考えなしではないでしょう。私には二人の仲を誰かが引き裂こうとしているように思えるのですが」
「けど、誰が?」
お母さんがひいお婆ちゃんに聞いたけど、ひいお婆ちゃんは首を横に振った。
「そこまで分かるものか。だけど国王が春の女王の命を奪ったとするよ。そうしたら冬が終わらず食べ物も何もなくなる。国の王たる者がそこまで浅い考えの持ち主とは思えないし、仮にそんなのが王ならとっくに周りの家臣が王の玉座か引きずり降ろしているはずさ。だから国王が春の女王の命を奪うことはまずあり得ないと私は思うね」
それを聞いてお爺ちゃんとお婆ちゃんが春の女王に向かって交互に言った。
「それなら塔に入ればいいんじゃないか?」
「そうそう、国王様に命を狙われているわけではないならもう安心でしょう」
「いや、それでも春の女王の部屋に弓を射た者がいるはずだ。心当たりはありませんか」
ひいお婆ちゃんの言葉に、春の女王は固い表情のまま首を横に振った。
「なら逆に、味方になってくれそうな方は」
春の女王様は少し遠くを見て考えた後にポツリと呟いた。
「…夏を司るハヅキ家の、ナツ・ハヅキ・シーズン」
「それなら夏の女王に助けを求めてはいかがですか」
春の女王様は唇をかみしめ、そして力なく二回頷いて
「はい、ありがとうございます」
とゆったり頭を下げた。
「何なら村の誰かと一緒に行くといい。村長には私から話をつけるが」
と、ひいお婆ちゃんが言った。ひいお婆ちゃんはこの村の中で一番の長生きだから、村長さんもひいお婆ちゃんのいう事には頭が上がらないんだ。だけど春の女王様は頭を横に振った。
「いいえ。これは私の行動が招いた結果です…これ以上皆さまに迷惑はかけられません、なんとかしてみせます」
そのかすかに震えるピンクの瞳からは色んな言葉が飛び出してくるようだった。
頑張らなくちゃいけない、怖い怖い怖い、私は春の女王よ、また一人ぼっちになるのだわ、気を強く持って、自分がやらないといけないのよ…
その複雑な表情を見て私はたまらなくなってつい叫んでしまった。
「私も一緒にいく!」
全員が驚いて私を見た。真っ先にお父さんが「ふざけるな!」と怒りだした。お母さんも、お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、口々に「やめなさい」「危ないぞ」「遠いんだぞ」と言って止めようとするので、思わず反発した。
「だって皆冬が長くて困ってるのに、この村の人ときたら誰も塔に行かないじゃない!ただでさえ山の奥で春が遅いのに、これ以上黙ってたら屋根も雪に埋まっちゃうわ」
そういうと、奥の方でひいお婆ちゃんが手を鳴らさないように拍手を私に送った。それを見て私の心には勇気が湧いた。
「私は決めた。春の女王様が無事に季節の塔に入るまで、春の女王様を支えることにする!」