春の女王の謎
私は春の女王を家に連れて帰った。よく見ると服はボロボロで黄緑色の髪には色んな草や枯草が絡まって、とても疲れているように見えたから。
だけどやっぱりこの人は春の女王なんだと私は思った。春の女王が歩くと背の高い雪がスーッと溶けてそこから元気な草花が芽吹き始めるんだ。
私たちの通った後は雪が溶けて草花が咲いているからすぐわかる。
家に帰って春の女王様を紹介すると、私の家族は全員驚いて慌てて普段使わない高級カップに値段の高い紅茶を出して、来客用の綺麗なクッションを用意して暖炉近くに座らせた。
そして皆どうしてこんなに冬が長いのか、季節の塔に行かないのか、なんでこんな山奥にいるんだと聞きたいことを次々に質問するもんだから、春の女王も困って口をつぐませた。
私は見かねて春の女王の横に移動して、今一番言わなければならない事を口にした。
「春の女王は、国王様に命を狙われているんだって」
そういうと皆驚いて黙り込んでしまったけど、ひいお婆ちゃんが真っ先に喋り出した。
「そんなことあるもんかね。あなたが居なければこの国には永遠に春は来ない。それなのになぜ命を狙うんだい」
そういうとお父さんも続けて言った。
「そうだ、国王は困ってるからお触れを出したんじゃないのか。さっさと塔に入って季節を動かしてくれ、最近じゃあ食うもんも減ってきてるんだ」
「…駄目なんです!」
春の女王が苦しそうに叫んだ。春の女王はドレスのポケットから紙を一枚取り出した。ヨレヨレになっているけどここらでは見ない綺麗な模様のついた紙だ。それを近くに居る私に差し出して、私はそれを受取って開いた。どうやら手紙みたいで、私は
「読んでもいいの?」
と断りを入れると春の女王様はうなずいた。私は読みあげた。
『ハル・ウヅキ・シーズン様
あなたは我が息子、フクジュ・ソウと非常に仲良くやっておりますね。しかしながら我が息子には婚約者が居るのです。
どうか二度とフクジュとは口も効かず、会わないようにお願い申し上げます。もちろん手紙を受け取って読み、返信するなどももってのほか。もしこの誓いを破ったのなら、あなたは息子を誘惑して我が国を乗っ取る悪女だと判断しお命を狙う事になりましょう。重々ご自分の行動には慎重になさい。
追伸。この手紙の事は誰にも言わないよう。このことを口にするとあなたのお命はありませんよ
シーズン国第217代国王 ジュウ・ニセク・シーズン』
「この国王様からの誓いを破ってしまったのですか?」
私は春の女王様に聞いた。春の女王さまは泣きそうな顔で頭を横に振った。
「破ってなんかいない、フクジュ王子に婚約者も居ない、もう何が何だかわからないの!」
春の女王様はそう言って頭を抱えて小さくなって泣き出してしまった。お母さんは春の女王様の背中を優しく撫でた。まるで私が悲しい時に背中を撫でる時みたいに。
「最初から説明してください」
ひいお婆ちゃんのしっかりとした声が響き渡った。その声に泣いていた女王様は泣き止んでひいお婆ちゃんの真剣な顔を見た。
「話を聞かないとこちらだって理解しようにも分かりません、どうか最初から順序よく話してください」
その言葉に春の女王様は涙を拭いて、ぽつぽつと話し始めた。
私は確かにシーズン国第三王子である、フクジュ・ソウ・シーズンと親しくさせていただいておりました。年齢も近く、お互いに話が合うので次第に意識し、ある日フクジュ王子から結婚を申し込まれました。
もちろん、王子に婚約者がいるだなんて一言も聞いた事はありませんし、王子も居ないと言っていました。
…え、同じシーズン家同士で結婚するのかですって?
確かに元は同じ一族でしたが…昔話でも伝えられているとおり、シーズン国初代国王がこの国の季節全てを司っていましたが、その娘…ウヅキ、ハヅキ、シモツキ、キサラギが生まれるとその四人の娘たちに季節を司る力が移りました。
あとはご存知のように家臣四人に娘たちをお嫁に出し、それが現在の春を司るウヅキ家、夏を司るハヅキ家、秋を司るシモツキ家、冬を司るキサラギ家となりました。ですので同じシーズン家というより親戚のようなものでしょうか。…いいえ、気になったことは聞いてくださっても大丈夫です。
ええ、王子は私に結婚を申し込んでくださってから、国王様にすぐ報告したいと帰って行きました。
その次の日に国王様からその手紙が届いたのです。私は驚いて悲しくなって泣き続けました。
その次の日に、そろそろ季節の塔に向かうようにと国王様から通知が来たとお父様に言われましたが…私の胸の内に今まで抱いた事のない感情が芽生えました。その、春を少し遅らせて国王様を困らせようと…。
…ええ、本当に私はやってはいけない事をしました。だけどあのような事を言っておいて何事もなかったかのように季節の塔へ促されて、どうしようもなく反抗したくなったのです。…お婆様、息子さんを叱らないでください、仰るとおり、本当に私はわがままでした。もはや言い訳にしかなりませんが、私はほんの少し国王様が困るくらい春が遅れたら季節の塔に向かうつもりでした。
そんなある日、フクジュ王子からの手紙が大量に庭の隅にあったと庭師が私に届けて来ました。
封筒に描かれている日付を見ると、王子から毎日手紙が送られていた事が分かりました。
…手紙はせき止められていたのかですって?
私もよく分からないのです、どうして私は国王にやり取りを禁じられているのに王子は手紙を書いたのか、何故毎日送られていたのに手紙は届かなかったのか、そして誰が屋敷の庭に王子の手紙をまとめて置いたのか…。私はすぐにでも封を破いて王子からの手紙を読みたいと思いました。しかし国王様からの手紙を思い出すと恐ろしくて、ついに開けませんでした。
そんなある日、王子が私の屋敷に訪れたのです!
もちろん私も王子とお会いしたいし、お話もしたかった。だけど国王様の手紙を思い出すとやっぱり怖くて会わずに帰ってもらったのです。
…ええ、せっかく来ていただいたのに話もせずに帰って行く後ろ姿を窓から見送ったのですが、胸が締め付けられるようでした…。
きっと王子は季節の塔に私を促しに来たのだと思い、塔へ向かう準備をしようと部屋に入ると窓が割れる音がして…。ああ、思い出すだけでも怖い。矢が、矢が窓を突き破って私のベッドに深々と刺さったのです。まるで王子と関わろうとしたらいつでも私の命を奪えるんだぞ、と言われているようで。
…大丈夫よ、エリーザ。ありがとう。
私は怖くて窓のない部屋に閉じこもるようになりました。国王様からは季節の塔に行くようにと父宛てに手紙を送り催促していましたが、屋敷から外に出たらまた矢が飛んでくるのではないかと思えて、怖くて季節の塔に行きたくても行く勇気が湧きませんでした。
だけどそんなある日、国王様が近衛兵や騎士団を引き連れて私の屋敷へと入って来たのです!
私は全身から血の気が引いて、思わずテーブルの上にあったその国王様の手紙だけを持って屋敷から逃げ、あてもなくさまよいました。幸い私の春を司る力があればいつでも暖かいし、食べ物も優しい方たちに恵んでもらっていました。
だけど行く先々に国王様からのお触れが届き、そのたびに逃げ惑い、そしてここへ逃げてきました。
逃げなければ私の命は無いと思ってとにかく必死に…。