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季節を動かす方法は  作者: 石山乃一
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エリーザ

うちの村にその看板が立ったのは、皆が「今年の冬は馬鹿に長いなぁ」という言葉をあいさつ代わりに使うようになってからの事だった。


お城のお使いという男が、木の看板を持って雪に足を取られながらやってきて、そして積もりに積もって家を半分も埋めた雪に深々と看板を差し込んだ。その時には皆外に飛び出してそのお城からの使者を興味深く眺めていた。こんな山奥の村にお城の使者が来るだなんて、今の今まで無かったから。

そしてエホン、と偉そうに咳き込むとそのお城の使者は高々と声を上げた。


「我が国の王よりの伝令であるぞ、こころして聞けい」

その偉そうな口ぶりに集まった子たちの一人が「こころして聞けい」と真似をしてクスクスと笑うけど、周りの大人たちが慌てて口をふさいだ。その偉そうな使者は、気を取り直すようにもう一度エホン、と咳き込んで続けた。


「我が国の季節の女王の話は知っておるだろう」

そう言ってぐるりと皆の顔を見て、皆が知っているという顔つきを見た上で続けた。

「そう、塔に季節を司る女王がお入りになり季節は巡る。分かるね?」

その偉そうな態度に子供たちからまたクスクス笑いが起きたけど、使者は構わずに話を続けた。


「しかし困ったことに国王様が春の女王へ呼びかけても塔に入らず、冬の女王も塔からお出になろうとはしないのだ」

「だからこんなに冬が長いのですか」

村の一人がたまらずに聞いた。だっていつもならもうこの山の奥の村の雪もとけて畑を耕す時期だもの。

「さよう」

使者の偉そうな言葉遣いがおかしくて、子供たちは笑いを堪えるのに必死だ。


「これが王よりのお触れである」

そこにはこう書いていた。


『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。』


一通り説明し終えたお城の使者は、来た時と同じように足を雪に取られながら冬の道を帰って行った。

こんな山の奥まで来るなんて大変だったろうと私は思いながら見送った。この村は冬に訪れる人なんて居ないくらいの山奥だもの。

家に帰ると、皆ぼちぼちお昼ご飯の準備をしていた。私は椅子にふんぞり返っているお父さんに聞いてみた。


「お父さんは塔に行く?」

お父さんは顔をしかめて「誰が」と吐き捨てた。

「今まで一度だって国の使者がこの村にきた事があったか?前にこの村の畑が土砂崩れで半分埋まって、村長が国王に話をしに行った時にだって使者の一人も来なくて、結局畑はそのままだ。そんな薄情な国王のためにしてやる事なんかないね」

「だけど、春の女王様と冬の女王様が交替しないと、春はもう来ないんでしょう?そうなったら国王様だけじゃなくて、私たちも困るんだよ」

「そりゃそうだがな…」

お父さんは口ひげを撫でながら口をもごもごと動かした。


「エリーザ、そんな事よりスープをかき回してちょうだい」

とお母さんが声をかけて来た。私はスープをかき回しながらお母さんに聞いた。

「お母さんは塔に行く?」

「行かないよ。毎日朝ご飯の準備、裁縫、洗濯、お昼の準備、掃除、雪かき、夕ご飯の準備と続いていつ出かけるの」

お母さんはそう言うと大きいパンを切り落とす。私はパンをお皿に乗せて歩いてテーブルの上に置いた。


「お爺ちゃんとお婆ちゃんは?」

椅子に座って栗を小刀で器用にむいている二人はニコニコと笑いながら困ったような顔をしてお互いに目くばせをした。

「なんせこの雪だし、ここは山の奥だ。なのに塔は山を下りてもっと向こうだろう?とてもじゃないがいけないよ」

というのはお爺ちゃん。


「それに女王たちは私らみたいな身分の低い者にはお会いにならないさ。きっと地主様かそれ以上の人じゃないと言葉すら交わせないよ」

というのはお婆ちゃん。


「じゃあ、なんであの人はこんな地主様も居ない村にお触れを持ってきたの?」

その質問にお爺ちゃんもお婆ちゃんも黙り込んで、またお互いに目くばせをした。

「どうしてだろうね?」

「それくらい困ってるのかね?」

お爺ちゃんもお婆ちゃんも不思議そうに呟いた。


私はひいお婆ちゃんの目の前にパンの乗ったお皿を置いたけど、さすがにひいお婆ちゃんに同じ質問は出来ない。だって歩くときは赤ん坊より危なっかしい歩き方で、見てるこっちが心配になるくらいなんだから。


「そういうエリーザは塔に行くのかい」

歩くのは心配になるひいお婆ちゃんだけど、言葉はしっかりとしていて聞き取りやすい。そして突然の質問に私はひいお婆ちゃんを見た。


「行かないのかい」

再びひいお婆ちゃんが聞いて来る。私は首を横に振った。

「どうして」

「だって…」

私はお母さんを横目で見た。お母さんは私が危ないことをするのが好きじゃない。だから未だに包丁も握らせてもらえない。


「本当は行きたいんじゃないかい。誰か大人が行くと言ったら自分も行けるのにと思ってるんじゃないかい」

ひいお婆ちゃんは何も言わなくても私の心の中が分かっている。

「だけど…」

「もう10歳だろう。そろそろ巣立ちの準備の時期じゃないかい」


「婆さん、エリーザに要らん事言わんでくれ」

お父さんがひいお婆ちゃんに文句を言って、ひいお婆ちゃんはうるさそうにお父さんをジロリと横目で見たけど、その話はそれまでになった。

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