黒い日
明日こそ終われる
昨日こそ終われる
次こそ 次こそ
闇。
何もかもが黒く塗りつぶされたような世界。
それは時に、秘密や嘘、深く深く奥底に埋めた記憶を包み込む、優しく、狡猾な霧にもなりうる。
闇の中ではあらゆる嘘も、あらゆる秘密も覗かれてしまう。
現実なのか夢なのか、錯覚するくらいに暗く、冷え切った箱の中。
その中心で揺らめく白色灯は、さながらスポットライトのようにその真下の台を照らし出していた。
規則的な機械音に、金属の擦れ合う音が混ざる。
鼻をつく刺激臭が辺りに蔓延り、長く居れば頭痛のしてくるような空間だった。
薄ぼんやりとした灯りの下、台の上に一人の少年が寝かせられ、その周りでせわしなく動くものがあった。
灯りに、三つの影が集まっているのだ。
角が生えた黒光りする大きな頭部に、鈍く光る紺色のスーツ。
一部分に入った赤いラインが拍車をかけるように異様さを醸し出す。
動きこそ人のそれだが、頭に被っている黒い防護具はなにか、人ではない別の生き物を連想させる。
と、不意に三つの影のうちのひとつが慌てだした。
「脈拍数低下!脳波に大幅な乱れ!」
あまり低くはない、防護具越しでも聴き取れる男の声。
残りの影も、その声に反応するように騒ぎ出した。
異常を知らせようとやかましく鳴り響く機械音が部屋中を駆け巡る。
「D36投薬中止!D25、HA100投薬開始する!」
一つの管を外した直後、一本、二本、三本……と、次々に多色の液体を付けていく。
針状の変わった透明な器具で、腕や太腿に管が通される。
台に寝ている少年は依然静かで、まったく動く気配は無い。
しばらくして、慌ただしかった音の波が止み、規則的な機械音に戻っていく。
防護具を付けた男が一人、台から少し離れた壁の前に駆け寄る。
暗い室内に溶け込んだ二人の人物。壁に寄り掛かり、状況を静観しているのだろう。
駆け寄った男の顔はマスクに覆われ、表情こそ窺えないが、わずかに声が震えていた。
「申し訳ありません!レイヴン様の薬では拒絶反応が出てしまいました……!」
酷く落胆した報告に動じず、レイヴンと呼ばれた男が顔を上げる。
黒い布が鼻から下を覆い、全身真っ黒なスーツに、黄色い蛍光線。
レイヴンは自分の隣にいる金髪の男に一瞥くれてから、静かに口を開き、「構わん、S6FFとV885を追加投入しろ」と言った。
金髪の男は壁に寄り掛かったまま、僅かな不快感を顔に示す。
「もう……やめないか、こんなこと」
マスクをつけた男は二人の会話に戸惑い、足を止める。
しかしレイヴンが手を軽く振ると、ひとつ頷いて台の方へ戻っていった。
「俺たちが止めると言ったところで、素直に止めさせてもらえると思っているのか、ウルグ」
金髪の男――ウルグは溜息を吐いた。
「あの子に罪は無いだろう。なのになぜ……」
そこまで言いかけたウルグの言葉を、レイヴンが遮る。
「あの子に罪は無くとも、あの一族にはある。あの人の指示通り、俺たちは何も考えず、覚醒させるまでだ」
レイヴンの一言は沈黙を呼び、再び深い闇霧が辺りを覆い隠した。