緑ひげのサンタさん
しんしんと降り積もる聖なる夜。
良い子の皆はすでにぐっすりと眠る時間帯。だけど、とある男の子だけまだまだ起きていました。
コーン、コーン、コーン。
二十四日から二十五日に変わる鐘の音。その音が部屋中に鳴り響きました。
コーン、ゴーン、ゴオオオォォン!!
ものすごい音が聞こえましたが、この男の子は怖くもなく、逆に寄る遅くまで起きているということにわくわくさせられていました。
「まだかな、まだかな」
ドキドキ、ワクワク。
すでに親も寝ていることは確認済みです。この男の子は二年ぐらい前から思っていました。
サンタさんはほんとうにいるのかな?
その疑問は頭の回りをくるくるとまわり、うーんうーんと考えました。そして一つの解決方法に辿り着いたのです。
そうだ! この目でみてみよう!
そう思ったのは二十四日の朝です。お母さんに初めて嘘をついて、ワクワクしながらずっと、夜まで待ち続けました。
夜に出されたごちそうも、気がそぞろ。
お母さんに「どうしたの?」と不思議そうに聞かれても「ううん、なんでもない」と答えて上を向き。
お父さんに「風邪でもひいたのか?」と聞かれても、「ううん、スプーンとフォークを間違えただけ」といって箸を持ち。
二人に「今日は早めに寝なさい」と言われても、「うん。サンタさんに挨拶するね」と目を擦りました。
両親は本当にどうしたんだろうと困ってましたが、それでもこの子、良介くんが楽しそうにしていたため、良介くんを見送ったあとは二人で大人のお話し合い。
その後は二人共ベッドに向かったのをみて、しめしめと良介くんはベッドで待ち続けます。
「もうくるかな? 来てほしいなぁ」
時計を見ると、もうすぐ短い針が『1』を指します。良介くんはさらにわくわくし始めました。こんなにわくわくするのは初めてです。
夜は大人の時間。そう言われて育ってきました。
大人ってなんだろう? 良介くんは考えます。
そんなとき、突然目の前が光り始めました。とても眩しくて、頑張っても直視できません。
「でも、わかってたよ!」
良介くんは隣の部屋でお父さんとお母さんが寝ていることも忘れて叫ぶと、ベッドの脇に置いてあったサングラスを手にとってつけました。
サンタさんは光る。
そう教えたのは保育園の先生でした。
だからお父さんから借りていたのでした。
それでも軽減されない眩しい光。そのとき、その光のくるほうから声を掛けられました。
「おや? まだこの家の子は眠っていなかったのかな? これは失礼しました」
声が突然謝ると、一気に光は消えました。そこから現れたのは、
「え? サンタ、さん?」
良介くんは首を捻りながらそう尋ねました。
良介くんの知っているサンタさんは、ふっくらとしていて、赤い服と帽子、そして白いおひげが特徴的です。
ですが、目の前のサンタはどうでしょう。
確かにふっくらとしていますが、緑色の服と帽子、それに緑色のおひげを生やしているではありませんか。
良介くんが首をかしげるのも納得です。
「サタン、さん?」
「違うよ? サンタさんだよ」
どうやら違ったようです。
良介くんはベッドから降りると、ゆっくりと近づいていきます。
「じゃあサンタさん。どうして赤じゃないの? どうして緑色の服を着ているの?」
「そりゃあだって、サンタはもともと緑色だからね。もう、まったく。
赤こそがサタンの色だっていうのに」
サンタはぷりぷりと怒ります。
「そっかー。サンタさんは緑色なんだー」
「そうだよ。神さま、ってわかるかい、きみ」
「きみ、じゃないよ。ぼく、良介っていうんだ!」
「そうかい、そうかい。じゃあ、良介くん、神さまは知ってるかい?」
「うん! お空からぼく達を見守っているんだよね!」
興奮気味にそう言うと、サンタさんはにっこりと笑いました。
肩に担いでいた大きな袋を下ろしながら言いました。
「その神さまの一人がね、緑色が一番えらいぞー! って決めたんだ」
「えらい?」
「そう、えらいんだ」
なるほどー! と目を輝かせながら何度も頷きます。サンタさんの言ってることは、わかりません。ですが、一番すごいということはなんとなく伝わってきました。
サンタさんがチラリと時計を見ると、やれやれと首を振ります。
「良介くんと話していたら時間が経ってしまったようだ」
そう言われて良介くんが時計を見ると、あれから十五分も経っていました。時間があまりにも早く経ったため、少し驚きです。
「良介くんは、私に会おうとしたのかな?」
「うん」
「そうかい。でも、お父さんとお母さんにこう言われなかったかな? 『良い子は早く眠りなさい。じゃないとサンタさんが食べちゃうぞー!』って」
「ううん! そんなこと言われてないよ! サンタさんはね! 真っ赤っ赤で、白いおひげを生やしてて、とても太ってるって言ってたよ!」
「それはいかん。私はさっきもいったが、緑の服を着ているし、それにこのおひげもりっぱな緑色だ。しかし、こうしてたくさんのおもちゃをもっている。これでは証拠はできないかい?」
少しぷくぷくと頬を膨らませながら良介くんにせまられたせいか恐怖で身を縮こませました。そしてその状態で顔を一生懸命横に振ると否定します。
サンタさんはそれをみてほっほぅと声をあげます。
「よろしい。良介くん、君はこれからも目に見えるものだけが全部じゃないってことを覚えておくんだよ」
「うん!」
良介くんは笑顔で頷きました。
その良介くんの頭を、サンタさんはその大きな手で撫でました。
「さてさて、良介くん。そろそろ私は行くが、ついてくるかい?」
「いいの?」
「もちろん。それに、夜が明ける前に返してあげるからね」
「ありがとうサンタさん!」
ばんざいして良介くんは喜びました。
これからそりに乗って、トナカイさんに引いてもらいながらいろんなところを回る。
そう思うと早く早くと気が急いてしまい、サンタさんのお腹をぽよぽよと押してしまいました。
しかしサンタさんは怒らず、良介くんにパジャマの上から暖かい服を着せると、ゆっくりと飛び上がりました。
「トナカイさんはどこにいるの?」
「トナカイさん? ああ、ああ。トナカイさんはいないんだ」
そういったサンタさんに良介くんは目を丸くしました。
それはそうです。トナカイさんがいなければそりを引く動物がいないということになるからです。
「じゃあ、そりはどこにあるの?」
「ソリ? ああ、ああ。ソリも使わないんだ」
「ええ!?」
良介くんが驚きました。しかし、それもしかたがないことです。ソリがなければ乗り物がないということなのですから。
じゃあどうやってうごくのだろう?
良介くんは不思議そうな顔をしていると、サンタさんは良介くんに微笑みながら言いました。
「この緑のおひげを一本使うのだよ」
プツンとおひげを抜くと、外へ放りました。すると、そこに一本の大きな、それはとても大きな本が現われました。それはサンタさんが五人のっても平気なほど。
「すっごーい! 魔法みたい!」
「魔法だよ、良介くん」
魔法で合っていたようです。魔法は本当にあったんだ、と良介くんは大興奮しました。
上機嫌でほっほうと言うと、良介くんを抱いたまま本へ移りました。
「さあ、いこう!」
サンタさんが声を上げると、本はグンッ! とスピードを上げて空を走り始めました。
とてもきれいなお空には、いくつもの輝くお星さま。いつもより近くでみるお星さまは良介くんにとってとても新鮮です。
「さあ、さあ、良介くん。最初の家はここだよ」
サンタさんから声を掛けられると、上を向いていた顔を元に戻します。すると、
「あ! ここ、あやちゃんの家だ!」
最初からお友達の家だったようです。
「ほっほう! この子は新しいお人形だね!」
大きな袋に手を突っ込むと、すぐにとてもかわいらしいお人形を取り出しました。
サンタさんはそのお人形を持って窓から入り、あやちゃんの枕元に置いてあった赤い靴下の中に入れました。
そして、隣にあった『サンタさんのお手紙』を手に取ります。
「なになに、『サンタさんへ、わたし良い子にしていました。なので、あいをください』。なるほど……」
「ねえサンタさん。あい、てなあに?」
サンタさんは思わず黙りこんでしまいました。
サンタさんはわかっています。ですが、良介くんに教えるのがとても難しいのです。
なので、サンタさんは口にチャックをしたまま良介くんと一緒にまた本の上へ戻りました。
そのとき、
「んん……? さんた、しゃん?」
なんと、あやちゃんが起きてしまいました!
「おはよう、あやちゃ……」
「良介くん、もう行くよ!」
サンタさんは普通、姿を見せてはいけません。だから、叫ぶと同時に本を勢い良くとばしました。
次に着いたところは、クリスマスツリー、が飾ってある隣の家でした。
「おとなりのいえ、もーくんの家だよ? サンタさん、行かないの?」
「良介くん、その役目は赤鼻のサンタさんにやってほしい、っていう目印なんだ」
「そうなんだ! もーくん、赤鼻のサンタさんという人が好きなんだね」
赤鼻のサンタさんは、とっても寒い日にしか現れないサンタさんです。
良介くんはそこまで知らなかったため、もーくんのことを勘違いしてしまいました。年明けに大きな赤いお鼻をあげようと、良介くんは微笑みながらそう決めました。
そうやってサンタさんは次々とプレゼントを配ります。
親友のみーくんにはビー玉を。おさななじみのゆめちゃんにはうさぎのぬいぐるみを。ゆめちゃんのお友達のガーナ=アランカル=ドミンゲスちゃんには立体型世界地図を。
そうやってどんどんプレゼントを配っていきました。
「さて、次の家で最後だよ」
サンタさんはそう言いましたが、すでに時間は四時を回っており、良介くんは眠そうに頭を揺らし始めていました。
本を勢い良くとばし、辿り着いた家。
そこは、良介くんの家でした。
そう、最後の家は良介くんの家だったのです。
ゆっくりと良介くんをベッドまで運ぶと、サンタさんは、
「メリークリスマス」
と良介くんの耳元で呟くと、すぐに良介くんは眠ってしまいました。
明日はきっと、お昼すぎに目を覚ますだろう。
サンタさんはそう思いながら良介くんの頭を撫でると、手紙を一枚書きました。
その手紙と、プレゼント。二つを枕元に置き、おひげを二本抜きました。
すると、一本はさっきと同じ本。
もう一本は大きなゲートが開きました。
「ほっほう! では、また来年のクリスマスに会おうぞ、良介くん!」
そう言うと、サンタさんはゆっくりと乗り物を進め、ゲートの先へと帰って行きました。
次の日、良介くんはサンタさんが思っていた時間より早い、八時に置きました。習慣は夜更かししても失われないみたいです。
最初はボーっとしていましたが、すぐに昨夜のことを思い出して枕元をみました。
すると、そこにはプレゼントと、手紙。
サンタさんはいたんだ! そう喜ぶと、すぐにお別れを言えなかった悲しみが襲ってきます。
悲しそうな表情をしたまま、良介くんはまず手紙を開きました。
『良介くんへ。
来年は、もっとすばらしいプレゼントをしよう。
しかし、今年はそれでがまんしておくれ。
では、メリークリスマス!!
緑ひげのサンタより』
その手紙を読んですぐにプレゼントを開きました。
すると、その中には、緑色のおひげと、緑色のくつしたが。
「……うん! ありがとう、サンタさん!」
良介くんはきっと忘れないでしょう。そして、自慢するでしょう。
サタンさんは赤色。
サンタさんは緑色。
サンタさんに教えてもらったことを、きっと忘れないでしょう。
お読みいただきありがとうございます。
サンタコスを緑にした場合、クリスマスツリーは無くなるようですね。