花菱の母との邂逅
「あああああああ!!?」
突然鳴り響く大音響に、私は跳ね上がる。
訂正。
私固有の肉体はもう消滅していたため、気持ちだけ跳ね上がった。
どうやら荘司郎が絶叫を上げて飛び起きたらしい。
白い布団が視界に入っている。
>どしたの荘司郎?
>悪い夢でもみた?
「どしたの、じゃねえよ!
お前のせいだろうが。
……全く面識の無い女が夢の中に出てきた。
あれ、お前だろ?」
>あ、ばれた。
「ばれた、じゃないよ。
……ほんと…なんてもんを」
>あれは、覚えていたわけじゃないの?
「今の今まで、躯呑のことは完全に忘れてた。
ほんと、どうして忘れてたんだろうな。
でも、螺8B層苑躯呑@類っていう文字は、確かに覚えてた気がする」
荘司郎が頭を抑えて俯く。
「今思えば、今になって冷静に考えてみれば、正気の沙汰じゃあ無かったけど、あの時俺は本気であいつのことを妹だと思っていた。
……でも、だって、俺は、俺は」
>大丈夫!
「何がだよ」
これだけは今、荘司郎に伝えなければいけない気がした。
>もう荘司郎は一人にならないし、一人になんかなれないよ。
>何せ、この、絶対的存在であるackimnethお姉さんが、永遠に荘司郎についていくからね。
「鬱陶しいことこの上無いな」
少し、口の端辺りに違和感がある。
どうやら荘司郎はふんわりと笑ってくれたようだ。
コンコン、と、乾いたノックの音。
>どうぞ、って。
「どうぞ」
扉が開いて、外の暖かい空気と一緒に花菱が飛び込んできた。
なにやら深刻そうな表情をしている。
「声を、聞きましたので……」
「なんでもない」
「でも」
「なんでもないよ。
それより、もう一度聞きたい。
お前は何処の誰だ。
ここ以外のどんな組織に属していて、そこでお前は何をしていた」
花菱が目を伏せる。
人間というものは、俯いたり目を伏せたりと、何か深刻なことを考える時には下を向く習性があるのだとこの時学んだ。
「私は何もしていません。
本当です。
疎遠になっていた母が、人を引き連れて実験をしていたようですが、私は詳しくは知りません。
ただ、丁度一年程前、必要なくなったという書置きと一緒にアレを。
その書置きに、牧瀬荘司郎にこれを引き渡すようにという指示もありました」
荘司郎の肌が粟立つのがわかる。
「俺がその牧瀬荘司郎とは同姓同名の他人だとは思わなかったのか?
というか、まだ名乗っていないはずなのだが」
花菱が、小さく丁寧に折りたたんだ紙を、スカートのポケットから取り出す。
広げられたそれを荘司郎が凝視した。
《320年5月12日 17時3分与那城香織に連れられてあなたの職場に牧瀬荘司郎が来るので、そこで螺8B層苑躯呑@類を彼に返却すること》
『アキ。
今日って何年の何日?』
>320年の5月13日。
>えっと、記録によると、荘司郎がこの館の正門を通過したのは17時さ……。
『それ以上はいい!』
荘司郎がベッドに倒れこむ。
妹を誘拐したと思われる人物が、自分の名前を知っていて、それだけでなくまるで予言のように自分の行動を予測していたとなると、相当な不気味さを感じるだろう。
「私の母は、昔からまるで未来が見えているかのような行動をとることが時折ありました。
しかし、今回の件のように、その未来の内容を具体的に伝えられたのは初めてで、きっと何か重大な意味があるのではないかと思うのです」
予言というには、花菱が言うようにいささか具体的過ぎる。
花菱の母が通常のデータではないことは確定的だろう。
私はリマインドリストに、[khajatlughaと遭遇したら、花菱の母について問い詰める]というメモ書きを追加した。




