螺8B層苑躯呑@類を発見
私は視覚レベルを上昇させた。
床の上に、無造作に放り出された一冊のノートが見える。
ノートは白い面を上にして開かれていた。
手にとって顔に近づける。
辛うじて読み取れるくらいの雑な文字を、覗き込むようにして読む。
『荘司郎へ
メリークリスマス』
文字を画像として取り込み、検索する。
ノートの全容が、即座にインプットされた。
『人間は誰しもが、内に独自の世界を持つ。
人体の製造は現在の技術でも可能である。
しかし、俗に命などと呼ばれるそれを製造するのは、非常に困難なことだ。
命とは、人間が内に秘める内的世界のことなのではないか?
ならば、人体を製造し、その中に世界を保存することができれば、クローンなどではなく、人間を一から製造することが出来るのではないか?
我々は上記の理論に基づき、人間の製造に着手することにした』
私は薄暗い部屋の中で、一人困り果てる。
「理論って…理論ってないよ」
マッドサイエンスですらない、幼稚な妄想の書きなぐりだ。
数式一つ見当たらない意味不明な妄想。
どうやらこれは荘司郎の親が書いたものらしいのだが、こんな奇妙な妄想に取り付かれて、本気で人間なんかを作ろうとする人が親だったとしたら、荘司郎は幼年期にどれだけ苦労していたことだろう。
まあ、自分はもっと突拍子の無いもの、要するにtehkritthにこうして住まわせて貰っているわけだが。
そう思いなおして、私は例の単語がノート中に含まれていないか照合する。
結果が返ってこないことを確認し終わったその時、突然何も無かった部屋のつきあたりに扉が出現した。
音も無く、まるでずっとそこにあったかのように、ひっそりと出現した。
私は生唾を飲み込み、扉にそっと手を触れる。
いや、触れる直前に扉は消滅したので、触れることは出来なかった。
気がつけば私は、何てこと無い一般家庭の和室に座っていた。
足に触れる畳のでこぼことした感触が面白い。
和室には私以外に二人の人間がいた。
一人は荘司郎。
ちゃんと少年らしい格好をした、いまよりも少し体格の小さな荘司郎だ。
もう一人は……。
私はその少女らしきものから目を背けた。
少女らしい服を着ている、いや、着せられているそれは、まるで子供の落書きをそのまま現実に持ち込んだような、そんな姿をしていた。
荘司郎が少女に問い掛ける。
「父さんと母さんを知らないか?」
それに対して肉塊が、真横に引かれた切込みから返答を返す。
「あたしです」
確かに、聞き取ることのできる、ちゃんとした日本語を、異様な機械音で彼女は再現した。
荘司郎は、それに答えるように溜め息を吐く。
「お前が来てから父さんと母さんがいなくなったんだ」
「それはわたしです」
「お前はおれの父さんでも母さんでもない」
「わたしです」
「あああもう!!
じゃあ、お前はなんなんだよ!?」
発音するのが面倒になったのか何なのかはしらないが、少女の口の辺りの肉がぽとりと落ちて、そこからディスプレイが生えてきた。
『螺8B層苑躯呑@類』
ディスプレイには、確かにそう表示されていた。




