新たな依頼
布団の中から嗚咽が聞こえる。
荘司郎が乾ききった口を開いた。
「おい、そのくらいでやめろよ。
良くわからないけど、何かこいつが可哀相だ」
しかし花菱はますます口角を歪める。
「良くわからないなら、尚更良く知っていただかないと。
私達は敵に捕らえられ、目隠しをされた後輸送されました。
車か何かに詰め込まれ、結構な距離を移動しました。
そこから降ろされ目隠しを外された時には、私達は剥き出しのコンクリートが目立つ、薄暗い雰囲気の部屋の中にいました。
私達とは、この私花菱と、香織お嬢様の二名。
大吾様を含む男性の方々は、何処か別の場所に連れて行かれたようでした。
二人の醜い男があらわれ、私達の首元に刃物を突きつけました。
拷問の始まりです。
その後男達は、貴方のようなお子様には、到底具体的に説明することの出来ない行為を、一ヶ月以上に亘って私達の体に行いました。
ですが、貴方様には知って頂きたいのです。
事細かに、具体的に。
まず私達は服を脱がされ……」
「やめろ!」
荘司郎が突然、手を伸ばして花菱の襟元を掴む。
意外なことに、花菱は口をぽっかりと開けて驚いた。
この人を食ったような態度でクスクスと笑う女は、ちょっとやそっとのことでは驚かないと、私は勝手に思い込んでいたのだ。
「……止めさせて頂きます」
荘司郎は尚も食って掛かった。
「お前の狙いはなんだ?
言ってしまえば俺のことを何も知りやしないお前は、同じく俺のことを何も知らないそこのお嬢様の身の上話を俺に聞かせて、一体何をさせたいんだ?
散々なんだよ。
正直きついんだ、こういうの。
人の泣いてるところなんて見たくないし、見られたくも無い。
こいつの痛みを俺は知らない、お前らも俺のことは知らない。
それでいいだろ?
俺はあんたらの家族じゃないんだ。
仕事はこなすよ。
でも、こういうのはごめんだ」
荘司郎は、家族というか、人間に慣れていないのかもしれない。
人間が二人以上いれば、必ずそこには干渉による軋轢が生まれる。
荘司郎には、それに対する対処の仕方を学ぶ機会が与えられてこなかったのだろう。
私が閲覧した荘司郎の記憶データの中には、残念ながら他の人間との会話シーンを見つけることが出来なかった。
>荘司郎、落ち着いて。
>それは着るものや食べ物を貰ってる人に対して言うことじゃない。
荘司郎が手を離した。
花菱が一つ咳払いをする。
「では、仕事という形でなら、私の頼みを引き受けて頂けますか?」
「……報酬によっては」
罪悪感があるのか、荘司郎はうつむいて小さく呟いた。
不器用というか、少し人間として破綻したところがあるが、やっぱり悪い奴ではないのだなと、その時の私は思った。
「それでは改めまして。
前述のようなことがありまして、香織お嬢様は男性の方に触れられると気をやってしまう程の男性恐怖症を患っています。
しかし大吾様の思惑を果たすため、香織お嬢様は自ら申し出て、与那城泥之助様と政略結婚をなさいました。
大吾様は、それは大層お喜びになりました。
それが私は気に入らないのです」
花菱が荘司郎に向かって、深く頭を下げた。
「香織お嬢様と与那城泥之助を離婚させ、香織お嬢様とあなた様が婚約を結ぶ。
それがこの依頼の最終目的地点です。
報酬には……『ラハチビイソウエンクノアトルイ』を。
ご存知、ですよね」
私は荘司郎の耳を疑った。
確かにそう発音したように聞こえたのだ。
およそそれは現存する物質の名前だとは思えないし、tehkritthのシステム上にもそのような名前は無い。
荘司郎は首を縦に振ったあと、花菱に尋ねた。
「お前は誰なんだよ」




