寝室へ
それだけの理由で断るのはあまりにも勿体無いと思い、私は荘司郎の説得にかかった。
その内容は割愛させて頂くが、凄まじい論争の末、結局荘司郎の方が先に折れるという結果に至った。
「では、契約成立で宜しいか」
「……はい」
渋々といった荘司郎の様子に、与那城の父は何故か満足したようだった。
「ブワーッはっはっは!!
目出度いぞ!
なあ、我が娘よ、目出度いと思わんか!?」
「いや、別に……」
「愛でたいとも思わんかね?」
「パパ、酔ってるでしょ。
発言が意味不明よ」
ブワーッはっはっは、という特徴的な笑い声を響かせて、与那城の父は去っていった。
ポツンと残された馬の手綱を、悪態を吐きながらメイドが引っ張る。
>なんか変な人だよね。
『良くアレで、これだけの数のメイドを集められたな』
今日だけで十人以上のメイドを見た。
相当なお金持ちであることは間違い無いだろう。
メイドの中でも、荘司郎のことを笑ったメイドが、こちらに手を差し出す。
「本日はお疲れでしょう。
寝室へと案内いたしますので、ご同行願います」
荘司郎が露骨に表情筋を固める。
丁寧な言葉遣いで話かけられたことが無いから、気味が悪いのだろう。
荘司郎に気質に配慮しているのか、一際小さくて質素な印象の部屋に通された。
「これをお使い下さい」
笑顔で渡されたのは女物のネグリジュだった。
「こんなもの着るくらいだったら、裸で寝てやる!」
突然スカートを脱ぐ荘司郎。
>ちょっと!?
>見られる! 見られてる!!
『どうせ気絶してる間に散々見られていたさ。
今更だろ』
荘司郎が下着に手を掛けたところで、私は重大な事実に気がつき、慌てて視界情報のリンクを遮断した。
「では、そのようにいたして下さいませ。
それではごゆっくり」
クスクスという笑い声が、少しずつ遠ざかっていくのを感じた。
「ふう」
荘司郎が溜め息をつく。
ふわっと体が浮き上がったかと思うと、温かくて柔らかい感触が全身を覆った。
暫くして、荘司郎が唐突に呟く。
「なあ、ちょっと見てくれよ」
>絶対見ない。
「いや、そうじゃなくて……俺、あんまりこういうの知らないからさ、明かりの消し方がわからないんだ」
>じゃあ……絶対に自分の、その、下半身は視界に入れないこと。
「やっぱ女の子だったんだな、お前。
わかった、努力するよ」
荘司郎との視界共有を再開する。
丸い電灯が見えた。
とりあえず一般家庭の天井についているものはこれといった感じの、至ってオーソドックスなものだ。
>紐がついてない。
>多分枕の近くに、リモコン……えっと、小さくて四角い
「リモコンくらいわかる。
馬鹿にするなよ」
枕元の隣に可愛らしい大きさの木の机があり、その上にクリーム色のリモコンが乗っていた。
程なくして消灯作業は完了し、荘司郎は布団の中に潜りこんだ。
『なあ、アキ』
>うん?
『俺達、今日始めて会ったんだよな』
>そうだね、でも……
『そんな気がしない』
>お互いのこと、知ってるからね。
>そういうものだから。
『俺は、お前のことを信用していいのか?』
>私本人がこういうこと言うのも胡散臭いけれど、そこを疑ってしまったらもうこれからまともに生きていけないと思うよ。
『お前には、何もかもさらけ出してしまいそうで、それが怖い。
他人でいられる自信が無い』
>じゃあ、こう考えればいいよ。
>私は荘司郎の一部。
>解離性同一性障害? 多重人格? 良くわかんないけど、そんな感じ。
『立派な精神病だろ、それ。
なんかやだな』
>……ごめん、私なんかが君にとりついて。
『嫌な気はしないんだよ。
だから困ってる』
突然カチリという音がして、視界が明るくなった。
「どうしてアンタが私の寝室にいるのよ」




