掃除できませんでした。
その様子を影から覗き見る者達がいた。
松原重敏と松浦宏。
ジャックをけしかけた張本人である。
植木鉢の影に隠れ、窓を覗き込む体勢のまま、店長の松原が悪態をつく。
「くそ、何やってるんだあいつは」
少年だけを狙えという指示を無視されて、松原は若干不機嫌になっている。
「いや、でも戦略的にはありだと思いますけどね」
「ん? どうしてだ?」
「見たところあの少年には物理的な攻撃は効かない。
ならば戦う気力を失わせるか、物理的に拘束するしか、あの少年に勝利する方法は無いわけです。
あの滅茶苦茶振りを見るに、拘束の方は氷漬けにでもしない限りは不可能でしょう。
もちろんそんな準備は無い。
となれば、精神攻撃をするしか無いわけですが、少年が身を挺して庇おうとしたあの少女を殺すのは、攻撃としては非常に有用な手段かと…」
「お前……こっちよりも戦闘要員の方が向いてるんじゃないか?」
「勘弁して下さいよ。
まだ暫くは人間として生きていたいです」
…………。
二人は同時に溜息をつくと、重い腰をゆっくりと上げて、トボトボとアレクサンドロス家の庭から去って行った。
「…どうすればいいんだよ、あんなの」
「……次は液体窒素でも用意しましょうか?」
「そうだな。
確かうちの店に消火器余ってたろ。
アレに詰めるか」
「…………」
「…………」
「「はぁ…」」
一方、アレクサンドロス孤児院のリビングでは、家族総出で大掃除が行われていた。
もちろん、ジャックの死体は孤児達を中に入れる前にA太が例の腕を使って片付けた。
気絶状態から回復した麗花も、今は戦闘で荒れた部屋の掃除を手伝っている。
幸い首に少し痣が残った程度で、後遺症は残らなかった。
「いやぁファンタスティックだったぞ瑛太君は!
千切っては直し千切っては直し、最後にはインファイトに持ち込んでドーンだ!!」
「すごーい、かっこいい!!」
「それでそれで?」
「…しんだの? そいつ」
「どうせまた嘘だろ。
そいつの死体も無いし」
バースはA太の武勇伝を孤児達に熱く語っていた。
そこに芽衣の飛び膝蹴りが入り込む。
「こらっ、アンタも遊んで無いで手伝いな!」
「………母様の言うとおり。
それに父様、彼が迷惑そう」
麗花の言うところである彼が手を振る。
どこからとも無くひゅーっと鳴る口笛の音。
この孤児院に来てから一時間足らず、彼は既にアレクサンドロス家にとって、子供達と麗花を救った英雄であった。
「おや、こんなところに。
ハッハッハッ!
瑛太君、棚の裏に無限プチプチが落ちていたぞ!
潰すかい?」
「今この手で押すと、二度と押せなくなっちゃいそうなんで遠慮しときます」
芽衣の蹴りが再びバースを襲う。
バースの呻き声を聞きながら、A太は鈍く輝く自分の腕に視線を落として、一人呟いた。
「どうしよう、これ」